第29話 夢物語を諦めない
(宍戸ステイシア)
アタシは、間違っていないけど、でも、正しくもない。
もぐらの言うとおりだった。
誰も傷つかない世界を作りたいと言っておきながら、イリスとかなたのことを犠牲にしてしまっている……。
それは一時的なものだけど、じゃあ二人の力を借りないでいられる世界にするための目処が立っているかと言えば、ぜんぜんまったく。
あと何年後の話になるか分からない。
二人はもう、限界なんてとっくのとうに越えていたんだ。
イリスもかなたも、なにも知らない表の人格はいつの間にかアタシが与えた力によって、未来の人格に乗っ取られてしまった。
……取り返しのつかないことに……。
本当は、犠牲者が一人でも出た時点で引き返すべきだった。
アタシには荷が重かったんだって……。
結局、アタシのわがままだ。
神様からもらった以上、みっともない失敗はできないからと無理やり続けたら――これだ。
上っ面だけの世界平和なんだって、本当はわかってた。
きっとここから二転三転して思い通りにいくんだろう……なんて、甘い考えだった。
アタシはただ世界中のみんなにがまんをさせて、二人の女の子を巻き込んだ挙げ句に不幸にしただけだった……。
信じていた親友に裏切られて、それと向き合うことから逃げて……、
向き『合わない』理由を向き『合えない』理由にして、
世界を平和にする大義を利用していただけだった。
魔法少女に頼ったのがいい証拠だ。
本当に誰もが傷つかない世界平和を目指しているなら、
アタシは一人で全部をやるべきだったんだ。
物理的に不可能だ、なんて弱音を吐く前に動くべきだし、間に合わなければそのタイミングでやめるべきだった……。
でもアタシはこの力と立場を放棄しなかった。
居場所が心地良くて、手放したくなかったんだ……。
結局、
世界平和なんて口先だけで。
本当はどうでも良かったんだと思う……。
アタシはいま目標に向かって頑張っているんだって、アピールしたかったんだ。
……誰に?
じぶんに。
逃げている自分を見ないようにするために、覆い隠すために。
「さいてーだよ……」
善意を盾に振り回した力で世界中のみんなを巻き込んで。
……得られたものは一つもなかった。
「アタシじゃ、ダメなんだ……」
荷が重かった、向いていなかった――、
そんな言葉を吐いて逃げられるとは思っていなかったけど……、
弱音を吐く口は止まらなかった。
誰かアタシを糾弾してくれれば――。
でも誰も……そっか、アタシが、そういう世界にしたんだよね……。
アタシこそ、非難されるべきなのに。
表では寝たきりだから誰もアタシに悪感情を抱いてくれない。
自分が作った仕組みのせいで誰もアタシの首を絞めてくれない――。
ある意味、望んだ結果になっていないから首を絞めているとも言えるけど……。
「いっそのこと、もぐらを表に帰せば……アタシのことを殺してくれるよね……?」
もぐらはやると決めたらやる。
あの男は、世界中の人間がこれからたくさん死ぬとしても、たった一人の女の子の人格を取り戻すために迷うことなく判断できる男だから。
アタシのことも目的のために殺してくれるはずだ。
……アタシは神じゃない。
神様の真似事だった。
でも、もぐらなら……きっと。
真似事じゃなく、本当の神になってくれるかもしれない。
「理想なんか、夢物語だ」
「そうか? おれはそうは思わない」
ぽんっ、とアタシの頭の上に乗せられた手の平。
ごつごつしてて、大きくて、温かい……。
「……触るな。同情なんか、いらない……っ」
「揺れるなよ、ステイシア。世界平和を利用したって言うけど、世界平和を願ったこと自体はお前の内側から出た本音だろ? だったら利用はしても、それは嘘じゃない」
それは……確かに最初こそ、アタシみたいないじめられっ子を助けたいって気持ちがあったけど……でも……、
今はもう、もぐらの言い分が正しいって思ってしまう。
助ける、だなんて言っていたら、
いじめられっ子はいつまで経っても、どこでもいじめられっ子のまま。
自分で立ち上がろうとしない限り、抜け出すことはできない。
助けるどころか、
本当は自分の足で立ち上がれたはずの子たちを無理やり押しとどめてしまった。
アタシがしたことはただの邪魔だった。
……ねえ、世界平和って、なに?
人が死なないこと?
怪我をしないこと?
誰とも喧嘩をしないこと?
一度の衝突もなく、はいはい頷くだけ、人の言うことを肯定し続ける日々が、平和?
「少なくとも、人がぽんぽん死ぬ、前の世界よりは平和だろ」
せいははアタシみたいに揺れていなかった。
「どうして……そんなにも強くいられるの?」
決して曲がらない。
夢物語だって言われても、それを実現させるために行動し続ける。
絶対に叶えられるのだと信じて、突き進むことができる。
「せいは一体、なにを信じているの?」
「自分と――兄ちゃんだ」
もぐらの背中を見続けてきた、とせいはは言った。
「今は変わっちまったけど、昔の兄ちゃんは本当にみんなを救ってたんだ。みんなが笑ってた……あれが間違いだったとは思えない。それがおっきく、世界規模になっただけだ。だってさ、間違っていないなら、迷うことなく進んでいけるだろ?」
せいはは純粋な目でアタシを見つめた。
「ステイシアに足りなかったのは単純に力だな。それと、仲間だ。取引きをして力を貸してくれる魔法少女じゃない。おれを選んでくれれば、おれは世界平和を望むお前のためにどんな無茶にでも応えたんだよ」
「けど、それはせいはを犠牲にしてることになる――」
「そう思うのか? 犠牲になる気もないし、なってるとも思わないけどな。夢を叶えるために何年も努力し続けることを夢のために犠牲になったとは言わないようにな。いくらでもおれのことを使えばいいよ。おれがそう望んでる。
逆にさ、おれは神様になったステイシアのことを、どうやって手伝えばいいんだ?」
「なんで、そこまで……」
「だって、おれとお前は同志だ。同じものを見ようとしている。だったら協力するのは当たり前だろ。ほんとは兄ちゃんもここにいたはずなんだけどな……まあ兄ちゃんも年頃だしふわふわしてるだけだろ。殴れば元に戻るはずだ」
せいはが、ぱんっ、と拳を手の平に叩きつけた。
「兄ちゃんを殴るのとは関係なくてさ。魔法少女の二人は解放してあげよう。その代わりにおれを魔法少女にしてくれ。男だけど、できるのかな? かなたみたいな格好ならおれでもぎりぎりいける……かなあ。スカートじゃなければマシに見えると思うけど……。
まあ、赤魔人と戦える力がもらえるなら、なんでもいいけどさ。おれはいつでも、二十四時間三百六十五日寿命が尽きるまで、お前と一緒に夢物語を見続けるよ。
って、違うか。夢物語で終わらせないために……それを実現するために、さ。
おれは最後まで、ステイシアに付き合うよ」
せいはが手を伸ばしてくる。
アタシは自然と、その手を握っていた。
「ステイシアは殺させないし、兄ちゃんの目も覚まさせる。世界中にいる赤魔人を救済して誰も傷つかないようにする。そのためだけにおれはお前の手足になる!
だから信じろよっ、おれを! 口先だけじゃねえ、全てをお前にやるから好きに使え。失敗してもいいじゃん、間違えてもいいじゃん、そのたびにおれがお前を連れ戻してやる!!」
「お前は間違ってなんかない! お前は誰よりも、正しいんだ!!」
その言葉に。
一番欲しかった言葉をかけられて、アタシはがまんできなかった。
泣き叫ぶ。
でもそれは悲しいからじゃない。
嬉しかったから。
仲間がいたから。
……アタシは神だけど、でも、頼ってもいいんだって、教えてくれたから。
せいはの胸に顔を埋めながら、どうしようもなく顔がにやけてしまう。
ずっと、ゆるみっぱなし。
ぜんぜん、引き締まってくれない。
まったくもう……。
「……こんなの、惚れるに決まってるよ……ばぁか」
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