第28話 未来、現在、過去
「せんぱい……わたしじゃ、だめですか……?」
声がした方に反射的に振り向くと――、
風を切る音に咄嗟に首を倒す。
後ろからせいはの拳が通り抜け、冷や汗が背中を伝う。
足がもつれ、倒れながらも転がり、距離を離す。
顔を上げると、ステイシアの前に出て、顎近くに拳を置き腕を構えるせいは。
そしてその隣に立つのは、魔法少女姿のイリスだ。
これでもう、後に退けない敵対関係の出来上がりだ。
あれだけ啖呵を切っておいて、いまさら謝って済むことでもないしな……。
俺はこの形を望んでいたはずだ。
ステイシアを敵に回した時点で、魔法少女の二人も同時に敵に回ることも理解していたことだし……ただ、分かっていてもやはり悲観してしまう。
俺から仕掛けたことだが、こんなのもうリンチだろ……。
「あ、おい――神酒下!」
「せんぱいっ、どうして!!」
弟の制止の声も聞かずに、イリスが近づいてくる。
……違う。
イリスだ。
でも――、やっぱり俺はお前を、イリスとは認められない。
「どうしてあの子なんですかっ! どうしてわたしじゃダメなんですか!? 一緒にいたい気持ちなら同じなはずです……いえ、わたしの方が積み重ねた月日が違います。
あの子よりもせんぱいを想う気持ちは強いんですっっ!」
「……それは、分かるよ」
俺に拒絶されて歪む表情を見ていれば。
俺を想ってくれていたんだなって気持ちは痛いほど伝わってくる。
「だったらっっ」
「お前が求めているのは、今ここにいる俺じゃないだろ」
俺が未来のお前を求めていないように、お前にはお前が生きるべき時代がある。
「確かに、少し違うかもしれません……でもせんぱいはせんぱいですっ。わたしにとっては今のせんぱいはわたしが過去にお喋りしたせんぱいとなにも変わらないんです。わたしが知っていてせんぱいが知らない思い出はありますけど、これから一緒にやり直していけば、わたしが知るせんぱいとなにも変わらなくなりますっ。
だからわたしが会いたいせんぱいで間違いないんですっ!!」
「お前はな」
冷たい言葉だと自覚した。
それでも、ここで言っておかないとどうせ後で食い違う。
「お前にとっては、今の俺が代替物でも違和感はないんだろうな。足りないだけなんだから。でも俺にとっては、お前は代替物にはならないんだよ。月日の差ってのは大きいんだから。
最初こそ気付かなかったよ。未来のイリスだなんて思いもしなかったから、少し大人びて見えるなくらいにしか思わなかった……でもさ、未来だって言われたら嫌でも分かっちまうもんなんだ。イリスはイリスでも、ああ、別人なんだなって……」
俺が知らない思い出を知るイリスは、
俺にとっては、「こいつ誰だ?」になる。
そんな相手と同じテンションで接することなんかできない。
ましてや俺が知るイリスを奪って、何事もなかったかのようにその椅子に座っている別人からの好意を、俺が嬉しいと思うとでも?
口に出しては言わないが……まあ、良くは思わない。
「ムカつくんだよなあ」
「せんぱい、口からもれちゃってます……」
やべっ、と口を押さえたが、もう遅い。
塞いだところで後の祭りだ。
冷たい以上に酷いことを言った自覚があったが、
しかしイリスはショックを受けた様子もなかった。
「ふふっ、やっぱりそういうところは未来のわたしを見ても変わりませんね」
「……どうして隠してたんだ? イリスを……この時代のイリスを犠牲にしなければ、俺はお前とだって上手くやられてたと思うぞ……表のイリスも、裏のイリスも未来のイリスも、みんな一緒に! 仲良くやれたはずなんだ!!」
「それは無理ですよ。せんぱいだけではどうにもなりません」
「なんでだよ!? 誰かを犠牲にしなくちゃいけなかったのか!? 俺は全員平等に仲良くする! 誰かを贔屓したりしない! その自信があったんだ!! ――なのに!!」
「だって、女の子は好きな人を独占したいものなんですよ?」
ぴちょん、と、どこからか水滴が落ちた音が鮮明に聞こえ、
次の瞬間、イリスが身の丈以上の槍を握っていた。
「……じゃあどうしたらいいんですか……? 未来からやってきて、この世界のわたしの居場所を奪ってまで、そうまでして手に入れたのにせんぱいから拒絶されたわたしはどんな顔をして過ごせばいいんですか……せんぱいに、会えばいいんですか……?」
「ステイシアの代わりに俺が神になる。そして全部を元に戻すんだよ。だからお前も元の時代に帰る……お前は未来で、いや、自分の時代でやり直したことをやればいいんだ」
「やです」
「嫌ですって、お前な……!」
「あの時代に戻るのだけは……っ、絶対に……っ!!」
槍の先端が、かつん、と地面に触れた。
それだけで。
ど、どどどどどどど!!
と、足から伝う震動と、
何重にも隔たれた壁の先から聞こえてくるようなくぐもった音が届く。
「なんだ……?」
カタカタカタカタッッ!?
とマンホールの蓋が開いたり閉じたりを繰り返す。
やがて。
水柱と共に、真上へ吹き飛んだ。
「な……ッ!?」
金属の円盤が十メートル以上の高さから落下してくる。
一度避けたが、バウンドした金属の塊が再び俺を追ってくる。
身を捻ってなんとか避け、転がるマンホールの蓋を見送っていると、
「こうなったら拒絶されてもいいです。
生きて、わたしの傍にいてくれるのであれば……。
せんぱいの気持ちまでは望みません」
「イリス……ッ!」
「ステイシアの邪魔はさせない。
一応、未来からきたわたしはせんぱいよりも年上なんだからねっ」
「そうか……だとしたら、まだまだガキだよ、お前」
ぷくーと頬を膨らませたイリスが槍を振るうと、
周囲から大量の水が、津波のように押し寄せてきた。
上下左右が分からない状態で必死に手繰り寄せたそれに、力強く握られる。
呼吸が限界に到達したまさにその瞬間に、浮遊感と共に、長く感じたが実際は短い間の水中から顔を出して、欲しかった酸素を吸うことができた。
何度か嘔吐いた後、地に足をついていないことに気付く。
浮いてる……。
……ぶら下がってる?
上を見上げると、俺の腕を掴んでいたのは……、
「かなた……?」
「油断しないでね、兄さん。イリスが操る水は厄介だから」
「うおっ!?」
かなたに抱えられ、八方から蛇の頭のような水の塊が襲いかかってくる。
かなたはそれらを最低限の動きで避け、緑色の雷撃で一つずつ蒸発させていく。
追撃を避けながら、民家の屋根を飛び移り、五階建てのビルの屋上へ着地した。
蒸発した水の塊はあっという間に同じ形を取り戻す。
……液体だからすぐに補充できるのか。
しかもマンホール下の下水を使っているとなれば、イリスの弾数はほぼ無限だ。
下水だけでなく空気中の水分を集めれば、それよりも海の水を操ってしまえば。
槍を使わずとも数の暴力で、俺たちを上から力で押さえつけられるだろう。
いくらかなたの雷撃でも、町を飲み込むような大きな津波を一発で、全て蒸発させられるとは思えなかった。
「イリスにそこまでできる魔力はないと思うよ」
抱えていた俺を下ろし、かなたが周囲を見渡した。
水の塊を見つけたら片手で拳銃の形を作り、
「ばあん」というかけ声と共に雷撃を放ち、水の塊を蒸発させる。
西部劇のように銃口に見せた指先にふっと息を吹きかける。
見えるのは、バチッ、と瞬いた緑色の火花だけだ。
「無尽蔵に魔力があると思ったら大間違い。
魔力を得るには未来から引っ張ってきた力を変換しないといけないんだよね」
「そう言えば、そんなこと言ってたな……」
「最初こそ未来の力で足りるけど、使えば使うほどもちろんなくなっていくの。いずれは未来だけじゃなくて、『現在』『過去』の力を使わざるを得なくなる……兄さんも知ってるでしょ。
この時代のあたしが、出来ていたはずの料理が急にできなくなったこと」
確かにあった。
あれはそういうことだったのか……。
「未来の力を使いすぎればあの子の……この時代のあたしね。表のあたしが将来できるようになっていたはずの技術だったり人との縁だったりがなくなっていく。現在の力を使えばできていたことができなくなっていくし、過去の力を使えば思い出が消え、そこにいたという事実さえもなくなっていく……最悪、産まれた事実さえもね」
つまり魔法を使えば使うほど、身を滅ぼしていく――と?
なんて欠陥システムなんだ。
なんだよそれ……このことをステイシアは……多分、知らないんだろう。
知っていて放置するわけがない。
ここまで悪化していればさすがに世界よりも魔法少女を取るはずだ。
「あたしは兄さんを守るために人殺しを覚悟していたから、あの子に罪を背負わせないために魔法を使い続けていたけど……って、これもあたしの身勝手だよね。
罪を背負わせないために――あの子を助けたいがためなんて言っても、兄さんを救うために、あたしが兄さんを取り戻したい目的のために利用していることに変わりないんだから」
魔法を使い、未来現在過去から可能性を奪うことで、表のかなたは空白が多くなっていく。
そこに割り込むことで、未来の人格がこの時代の人格を乗っ取れる仕組みらしい。
魔法を使えば使うほど乗っ取りやすくはなるが、しかし乗っ取った後のことを考えるとあらゆる可能性がない容れ物はこれから生活する上ではかなり不便を強いられることになる。
だから魔法も使いすぎれば自分の首を絞めることに繋がるのだが……、
かなたの場合はそういう制限を気にしていなかったようだ。
最後の手段に手を染めるその時までは。
かなたにとっては今頃、刑務所にでも入ってるつもりだったのだろうか。
入れ替わった先のことなんて考えてもいないと言わんばかりに。
それでもこの時代のかなたの居場所を奪ったことは許せないが……。
未来のかなたにとっては、殺人という罪を背負わない現状において、かなたの居場所を奪ったことは不本意になる。
苦肉の策と言っていた。
イリスを殺す気がなければ、元々、かなたの人格を乗っ取るつもりはなかったのだ。
つまり、だ。
「お前は、俺の味方でいいんだな?」
「うん。じゃなきゃこうして助けないよ」
チッ、とかなたの指先が瞬き、視界を遮る津波に大穴を開けた。
「あたしは兄さんに、全てをリセットしてほしい。確かに、こうして兄さんに会えたことは嬉しいし、できることならずっと一緒にいたいけど……でも、今のあたしを消してまでしたいことじゃないよ。
それに、こうして一度会えたらすっきりした。兄さん、言わなくても目で分かるもん。せいは兄さんとこなたのことをよろしくって。……いつまでも引きずっていられない。
だから――あたしは元の時代に戻って、家族を守らないと」
「……そっか。未来では、こなたは大丈夫なのか?」
さすがにもう塞ぎ込んではいないだろうけど。
「どうだろーね。あまり未来ことは教えられないかなー」
「……散々、俺が死ぬだのどうこう言ってたくせにか?」
「それは必要最低限のことと言うか……あれはいーの!
とにかくほらっ、あたしがイリスを足止めしておくから、兄さんは今の内にステイシアのところにいって、さっさと神の権利を奪ってきてよっ!」
簡単に言うが、意固地になってるステイシアを説得できるはずもないし、その前にせいはが黙っていないだろう。
仮に表に戻ることができても、ステイシアの命を奪うのは……、
俺から仕掛けておいてなんだが、あり得ない。
苦肉の策としても禁じ手だ。
やっぱり、そうだよな……ステイシアを説得するしかない。
ただ、説得材料がないんだよなあ……。
「兄さん、ここまできたら言葉じゃ無理だよ」
「……殴り合いでもしろって?」
「説得材料の一つにはなるんじゃない?」
かなたからのアドバイス。
殴り合いを解決方法にするのではなく、
説得の材料として、殴り合いを使えばどうか?
ふうん。
かなたにしては、良いアドバイスだ。
「ふふん。だってあたし、今は兄さんよりも年上だしね」
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