4章 兄vs弟(理想こそ弱点)

第27話 夢見た世界

「だめだ……おまえに世界を預けたら、世界は平和にならないっ。おまえの言うことだって分からないわけじゃないけど……でも! 

 上っ面で仲良くしているだけでもいいじゃないかっ、それで救われる人がいて、傷つく人がいないなら、このままでいいっ!!」


「……誰も傷つかない平和な世界を作りたいくせに、お前が巻き込んだ魔法少女の不幸には目を瞑るのかよ……っ、イリスと、かなたを、見捨てるのかっ!?」


「アタシはイリスの意見に賛成だよ。イリスもかなたもそこにいる。アタシたちが過ごすこの世界を一度体験しているんだから、まったくの別人ってわけでもない。アタシたちよりも少しだけ経験豊富ってだけじゃないか。そのイリスじゃ満足できないのか?」


「……本気で言ってんのか?」


 ステイシアが口をつぐんだ。

 心からの言葉ではない。

 だが、俺の選択とは真逆なのだ。


 イリス一人よりも、天秤に乗せた『世界』の方を取った。


「……少なくとも、イリスはむりやり居場所を奪われたわけではないだろ。

 彼女だって納得してたんだ……アタシたちがここでどうこう言い合うのも、イリスにとっては望んだことじゃないはずだ」


「それも、本気で言ってるのかよ」


 心配をかけまいとがまんして、親にも先生にも友達にも大丈夫だと言いながらも心の底では助けを求めていたなんてありふれた人の闇を、お前が知らないはずがない。


 ステイシアがそうだったかは知らない。


 助けを求める間もなく過度なショックで意識不明の状態になったら、やせがまんだってできないからな。

 だけど、世界中でいじめられている子は、助けを求めたくても求められないやつだってたくさんいる。


 嫌なことを嫌と言えず、

 助けを求めることを弱さだと嫌悪し、

 強がることが美徳されている風潮。


 世間に流されたその意思の弱さが、いじめられる一因になっているのでは?

 と、俺は思ってしまう。


 ステイシアの世界で庇護下に置かれてしまえば、その弱さの克服は一生できない。

 そもそもいじめなんて、いじめられている方にも問題があるものだ。


 嫌なら嫌と言う。


 もうダメだと思ったら助けを求める。

 なにも恥ずかしいことなんてない、当たり前のことができる世界がないと、

 結局、人が幸せに暮らせる世界なんて作れない。


 根本的なことだけど、

 世界平和を一人の女の子が『作る』と言っている時点で異常だ。


 大人も子供も、

 老若男女全員で作り上げていくのが、世界平和じゃないのか?


 作るだなんておこがましい、お前はなんだ、神にでもなったつもりか?


 れっきとした神なんだろうけど、元々は人間だったはずだ。


 俺たちと同じ。

 俺たち側であり、同じように考えることができる女の子だ。


「ステイシア。なにもお前が全員を救わなくてもいい。そもそもそんなの不可能だ。魔法少女がいなければ、いたとしても、お前には救えない一人や二人、いるはずだろ」


「それは……」


「なんでお前が身を粉にして動かなければならない? 自分の身は自分で守ればいいと言ったが、中にはどうしても自分ではどうにもできない時があるだろうよ。

 そんな時はお前が助けてやればいいし、お前が動かずとも、近くにいる誰かに助けを求めればそれで解決することもあるんだよ。

 一人が大勢を救うんじゃない。周りで支え、助け合えばいい。

 誰一人犠牲にならない世界にしたいなら、この方法でも充分に効果があるだろ」


「でも……、人は人を見捨てる! 手を貸しても途中で手をはなすこともある! 悪意を持って近づいてきたかもしれない……そんな疑惑があったら、助け合いも機能しない!」


「そういうやつも、中にはいるかもなあ……でもさ」


 単純に。

 世界は広いんだからさ。


「そうじゃないやつも、いるよ」


「……そういうことをする人がいる時点で、アタシが作った方がいいはずだ」


「助け合いが当たり前になれば、悪意を持ってた人だってきっと……なんてのは、甘い考えか。どうしようもないクズ野郎ってのは一定数、必ずいるもんな。処理しても処理しても補充されるように元の数に戻るし……仕方のないことだとは思うけどさ」


 不完全を受け入れることも必要だ。

 悪人がいなければ、その人が善人だとは分からない。


 たとえ善人だらけの世界になったところで、同じ行動をしていない人はやがて悪人と呼ばれ、人々に弾かれていくだろう。

 働きものを集めても、二割の人がサボるように。

 そういう人たちが集まり、対立していく……。

 なにをどうしたってこの対立構造はきっと、一生消えてはなくならないのだろう。


 ステイシアの世界はみんな仲良しだ――表面上は。


 全ての悪意が裏で処理されている――これも結局、対立構造となって消えていない。


 俺が支持する世界も、

 ステイシアが望む世界も、大して変わらないのだろう。


 犠牲が見えるか、見えないかだけで、さ。


「お前も潔癖だよな。少しくらいの汚いところも良いもんだって受け入れたらいいのに」

「受け入られるわけがない。だってアタシは……」


「いじめられたから?」


「……だから、気持ちが分かる。苦しくて、だけど、どうしようもなかったアタシと一緒で……同じようにいじめられている子に、これ以上苦しんでほしくないし、これからもいじめられる子が生まれることを阻止したい。そのために、この世界は譲れないんだ――」


 堅い意思があるなら結構。

 これより先は話し合いを重ねても平行線だろう。


 だったら……、


「俺も、かなたみたいに腹をくくるしかないな……」

「……なにをするつもりだ……?」


 疑念を抱いた様子のステイシアだったが、俺がなにをしようとしているのかは、まだ思い当たっていない様子だった。


「なにも。とりあえず表に戻してくれよ。どうするかはこれから考える」

「…………なんだろう、すっごく戻したくないな……」


「ここにずっと俺を閉じ込めるつもりかよ。

 それはそれで、誰一人傷つけたくないお前の願いからずれていくことになるぞ」


 仮に、俺がつらいと訴えて泣いて頼めば、なんでも言うことを聞いてくれそうな気もするが……まあ、誰も傷つかない世界を作りたいだけで、人に楽させるための世界ではないだろう。

 これがまかり通れば、神であるステイシアが召使いのごとく、馬車馬のように働くことになってしまう。


 だからそうではなく、弱いものを理不尽な悪意から守るだけだ。


「…………わかったよ」


 誰一人傷つけないと言いながら、俺を閉じ込めようとする矛盾。

 ステイシアは自覚していたようだ。


 逡巡したものの、一貫性がないことを嫌ったのか、ステイシアが頷く。


「じゃあ――」


「やめとけステイシア。兄ちゃんを戻したら、取り返しのつかないことになるぞ」


 振り向く。

 背後に立っていたのは、せいはだ。


 なんでここに……? 

 と聞くのは野暮だ。


 ステイシアが呼んだのだろう。


 どのタイミングで助けを求めたのかは分からない。

 それとも俺を裏面に入れるよりも早く準備して、控えさせていたのかもしれない。


 だとしたらこの登場のタイミングは、なんだ?

 なんだもなにも、俺を引き止めたのだとしか思えないが……。


「……おそい」

「悪い悪い、兄ちゃんがなにをしようとしてるのか見極めてたから」


 せいはとステイシア。

 珍しい組み合わせってわけでもない。


 二人が会話をしているところはあまり見ないが、単にその場に俺がいなかっただけだ。


 せいはも小さな子供じゃない。

 俺とは別に、ステイシアと繋がりがあって、距離を詰めていてもおかしくはないのだから。


 それに、二人が目指す場所は同じだ。


 前々から気が合うだろうと思っていただけに、会話がないことを疑問に思っていたけど……、

 不安の反面、実際はちゃんと交流があったようだ。


「兄ちゃん」


「せいは、は……聞くまでもないか。お前はステイシア側だろ? 

 誰も犠牲にしない、傷つくことのない理想の世界を目指す……、

 お前、昔からそうだったもんな」


「兄ちゃんの背中を見てただけだ」


「……俺はもう、違うよ。理想はあくまでも理想。妥協しなければ実現はできないんだ。お前もいつか気付くよ。どこかで現実的な判断をしないと、一番大切なものを守れないってことがな」


「それが、ステイシアを殺すことに繋がるって?」

「え」


 ステイシアが思わず声に出す。

 そりゃそうだ。

 殺されると聞かされて冷静でいられるはずもない。


 冗談だと決めつけていても、笑ってしまったりするだろう。

 動揺は隠せないはずだ。


「表に戻って、病院で寝たきりのステイシアを殺せば、ステイシアが作った世界は消えて元の世界に戻る……だろうけど。思いついても兄ちゃんならやらないと思ってた」


 ステイシアの顔が真っ青になる。

 もしも俺を表面に戻していたらと思うと、ゾッとしたのだろう。


 まあ、俺も本当に殺すつもりはなく、脅しに使うだけだった。

 平行線の話し合いを力尽くで無理やり交渉の場にまで引き下げるつもりだったが……、

 弟にこうも全貌をばらされてしまうと、俺はこの裏面から出られなくなるだろう。


 幸い、表面で普段通りに生活している俺のパターン人格がいるため、ここでいくら時間を潰そうとも表にはなんの影響もないのが安心だが……。


「だとしたらどうする?」

「兄ちゃんはどっかで道を踏み外して歪んだんだ……昔を思い出してくれ。忘れたって言うなら、思い出せないって言うなら仕方ないよ――ぶん殴ってでも目を覚まさせる」


 せいはからすると、俺は催眠術にでもかかっている状態だと思っているのか。


 目を覚まさせるって……俺はこれで目を覚ましている。


 覚めたからこそ、せいはには歪んで見えているのだろう。


「ったく、目を覚ますのはお前だよ」


 いつまで夢見てんだ、バカ。

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