第25話 元凶ふたり
「兄さん……」
「それは本当にイリスを始末することでしか解決できないのか? 未来のことだ、俺が事情を知ることで変わってしまうかもしれないだろう。
でも、お前が一番分かってるだろ。
俺はこうして裏面の世界や赤魔人と関わってしまった。イリスがいなくなれば、その理由にきっと気付く。俺が無事でいられたのはイリスの犠牲があったから……。
それで? 俺がそれを聞いて、めでたしめでたしって納得すると思うか?」
その場に居合わせようが後で知ろうが関係ない。
俺は絶対に取り戻そうとする。
すぐ傍に神(ステイシア)がいるのだ、
解決できなくても手段の模索はできる。
「……そんな兄さんの状況で、意識だけが過去に戻ったら?」
そんな都合のいいことはあり得ない――こともないか……。
つまりそういうことだ。
未来のかなたからすれば、渡りに船の状況だった。
「取り戻したいってだけで、過去を変えようとは思っていなかったけど……でもこれは最後のチャンスなんだと思った。ここを逃せばあたしはもう一生……兄さんには会えないんだって思ったら……生きてる兄さんを見てしまえば、もう、止まれなかった」
手段を選ばないところまで、追い詰められていたのだろう。
なにがなんでも失ったものを取り戻すために……、
もしも俺が同じ状況なら確かに、かなたと同じことをするかもしれない。
もちろん、人殺しを選択肢に入れることはないだろうし、それは一番に避ける。
考えもしない。
だけど一度ちらついてしまうと咄嗟に出てきてしまう。
追い詰められた状況で最も確実な方法がぽんと出てきたら、行動してしまう。
よほど堅い意思がない限りは、堪えるのは難しいと思う……。
これはもう、かなたを責められない。
だからと言って、俺もイリスを奪わせるわけにはいかない。
かなただって、失う気持ちは充分に痛感しているはずだろう。
「それで、俺はなんで死んだんだ?」
「……っ」
「かなた? 今更、思い出したくもないって? でも俺を助けてくれるために、ここにいるんだろ? それって、俺の死と常に向き合い続けてるってことじゃないか」
「でも……分かって、思っているのと、実際に言葉にされるのは違うよ……っ」
「分かるけどな、避けては通れないよ」
目を伏せるなら忘れろ。
俺を救おうとなんてしなくていい。
どうせ未来の俺が死んだのも、多分、不注意だろうから。
「違うっ、兄さんは、あたしたちを助けようとして――」
「じゃあ不注意じゃん」
誰かを助けるなら自分を含めて生き残らなければ、相手に押しつけることになる。
助けたつもりが責任で縛り付けて、生き地獄を味わわせていたら、助けたのか呪いをかけたのか分からなくなる。
人によっては罪悪感に付きまとわれるくらいなら、あの場で死んでおけば良かったと思うかもしれない。
「未来の俺の失敗、自業自得だ。でも、お前らからしたら関係ないのか……。
取り戻したいって、思ってくれてるんだよな……」
原因は、俺だ。
そうなると、俺がかなたを助けようとして動かなければ、死ぬことはない。
でも、かなたを見捨てることにもなるしな……ん?
魔法少女であるならかなたへのダメージは心に向かう。
場合によっては廃人化するかもしれないが、俺たちみたいにすぐに命を落とすことはない。
だったらいくらでもフォローのしようがある。
裏ではステイシアが、表では俺が、かなたの心を癒すことで回避できる。
俺が助けずとも、かなたの危険は低かったと言えた。
未来の俺は、咄嗟に体が動いたタイプか……。
ともあれ、これではっきりした。
「かなた、お前がイリスを始末することはない。多分それでも俺は助かるよ」
「かもしれない。でも、原因というか、元凶はいるの。あれは事故なんかじゃない。
もしも意図的なものだったら……その時だけを回避しても意味がない」
元凶……?
視線は落とさない。
かなたを見ることで、見ようとしないように。
「兄さんは、どうやって裏面に入ってきたの?」
「どうやって……? 確か、ステイシアに許可を――」
「アタシは許可した覚えはないぞ。一番最初はな」
一番最初。
ステイシアと、裏のイリスと、初めて会った時のことだ。
そう言えば、そうだ……、
ステイシアと出会っていないのだ、裏からこっちを見ていることも知らなければ、許可を取ろうと語りかけもしない。
裏面の世界があることだって想像もしなかったのだから。
なのに、どうして俺たちは裏面に入れたのだろう……?
きっかけはなんだったっけ?
気付いたら背後に赤魔人がいたことは覚えてる――。
でもその直前で、なにか……。
聞こえた気がする。
助けを呼ぶ声。
『助けて、せんぱい』
……そんな、声が。
思えばそれが、きっかけだった。
それを境に、赤魔人が背後に現れ、俺たちは裏面に迷い込んだ。
そして都合良く、俺たちを助けたのが裏のイリスであり、ステイシアだった。
「――確かにその声がきっかけだった……とは言えだ!
その声を聞いたからって裏面に入れるのか!? ステイシアじゃあるまいし!」
「アタシの呼びかけは強制召還だ。でも、可能か不可能で言えば、可能だよ……。
その呼びかけに、おまえがこたえる気があれば、裏面に召還されるはず……」
たとえステイシアでなくとも、
別の裏面の人間でも、表の人間を裏面の世界へ呼ぶことができる。
ステイシアとは違って、誰でも彼でも呼べるわけではなく、
呼びかけに応えてくれることが条件となるが。
「兄さんは、普通に過ごしていれば裏面に巻き込まれることもなかった。赤魔人に襲われて、死ぬこともなかった……なのに、どこの誰かがわざと兄さんを裏面に呼び出し、巻き込んだ。
……どうして? 未来を知っているなら兄さんを殺そうとしているとしか思えない。兄さんを殺すのが目的でないなら、兄さんを殺したその先に、なにかがあると思う」
「なにか、って……?」
「聞いてみればいいよ、どうせすぐ傍にいるんだから」
心音が跳ねる。
これは俺の方。
かなたのこの推測が正しくても間違っていても、俺がなによりもおかしいと思ったのは腕にしがみつく後輩の女の子から、一つも動揺が見られなかったことだ。
密着しているのに相手の鼓動も感じられない。
見破られたにしても冤罪にしても、小さくても反応を示すはずが、なにもない。
落ち着いている。
それがなによりも、異常に思えた。
「ここで兄さんを殺したりはしないでしょ。まあ、しようとすればあたしの雷があなたを貫くけど。それでもやりたければどうぞ」
「……そっか、そーいう……」
イリスが呟いた。
初めて見せた反応だったが……どっちだ?
言いがかりなのか、言い当てられたのか、読めない。
「イリス……?」
見下ろすと、イリスが笑っていた。
いつも見せる邪気のない笑顔のはずなのに。
言いがかりでもなんでも、知ってしまうとその笑顔が真逆の意味に見えてしまう。
……イリスが、元凶……?
「せんぱい。巻き込んだことはすみません。せんぱいが死んじゃうってことも、わたしは知ってました。それでも、わたしはせんぱいと『また』一緒に過ごしたかったんです」
「一緒にって……そんなの、巻き込まなくても俺はずっとお前と一緒に――」
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど……でも結局、それが叶うのは表のわたしなんですよね……表のわたしで、過去のわたし」
過去……の?
「独り占めなんて……ずるい」
「イリス……お前、も……?」
思えば、かなたがこんな状態なのに、同じ環境下にいたイリスに同じことが起こっていないとなぜ言える?
未来のイリスが今のイリスの中にいる確率の方が、そうでない場合よりも高いと言うのに。
考えが及ばなかった……?
わざと目を逸らしていたわけじゃない。
単純に、思い至らなかっただけだ。
くそ……っ、俺も俺で、かなたのことで手一杯だったってことか!?
「せんぱいが誰でも彼でも面倒を見る必要なんかないですけどね……」
隣にいるイリスは、だから――未来のイリス。
ただ、かなたと違って俺を救おうとしているわけではないようだ。
なにを目的に……って、イリスはもう言っている。
俺と一緒に過ごすために。
「せんぱいを失ったらその目的も達成させられませんから、もちろん、助けるつもりでいましたよ? こっちのかなたが未来のせんぱいを殺したとばかり思っていましたけど……どうやら違うみたいですね」
二人のすれ違い。
互いに相手が俺を殺したと思い込んでいたからこその対立だったのだ。
しかし実際に、俺を殺してはいない。
となると単なる事故……俺の自業自得。
イリスもかなたも、糾弾される立場にはいない。
「でも……っ!」
かなたはまだイリスを疑っているようで――でも、指摘する穴がない。
お互いに俺を生かす理由があっても、殺す理由がないと分かってしまっているのだ。
「あのさ、かなた。俺が殺されるのは裏面で、なんだろ? だったらしばらくは裏面にいかなければいい。いったとしても、赤魔人には近づかない……それで対応できると思うけど……」
あ、でもそうなると裏のイリスの『一緒に過ごす』という目的が達成できないのか。
「それは大丈夫です。
前々から表には顔を出していますし、いずれはずっとあっちにいられるようになりますから」
「なんだ、そうなのか――」
ならいいか……。
いいか?
「ずっとって言うのは、今までよりも長い時間ってことだよな?」
表から裏、裏から表へ交代までの間が長くなる、そう思っていたが。
「えっと……? ずっと、ですよ? あの子にはもう話してありますから、無理やり居場所を奪ったわけじゃないです。表でも裏でも、これからはずっとわたしがいますから」
「……どういうことだ?」
分かってる。
分かっていながら、俺は聞き返していた。
「表のわたし……この時代の神酒下イリスは、もう少しでいなくなるんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます