第22話 近況報告(表版)
昼休みも終わり、午後の授業が始まる時間だが、
後のことは放課後に回そうとは、とてもじゃないが思えない。
授業をサボってでも決着をつけなくてはならない。
……そんな覚悟をしたが、裏面に入れば表面にいる俺たちはこれまでのパターンに沿って動くため、問題なく授業を受けてくれるだろう。
せっかく腹をくくったのに……無駄骨だったようだ。
「せいは、生徒会室の掃除、大丈夫だったか?」
「雑巾で拭いておいたけど、細かく飛び散った血痕までは分かんないよ」
向かった先はボクシング部の部室。
鍵を持っていたせいはのおかげで、部室に入ることができた。
昼休みももう終わるため、部員は他にいない。
弱小とは言わないものの、創設されたばかりの部室にはボクシング部らしいリングはなく、あるのは吊すのではなく立てる方のサンドバッグがいくつか置いてあるだけだった。
「細かい血は見逃しても仕方ない。
部屋に入った誰かが一目見て気付かなければ、おおごとにはならないだろうな」
「ならいいけど。おれが掃除したからって犯人と勘違いされるのはごめんだぞ」
「誤解されたら俺が解くって。ま、被害者は俺だしな。犯人を特定したり問題にする気がなければ、たとえ血が見つかったとしても先生たちは動けないだろうな」
俺の怪我だけを見れば、ただの兄妹喧嘩。
着目するべきはそこではなく、かなたとイリスの関係性の方だ。
二人の争いは学校側に露見していない。
つまり、他人を巻き込まなければかなたもイリスも処罰されることはないわけだ。
「かなた、怒る気はないから暴れるなよ」
んーっ!?
と、ガムテープで口を塞がれたかなたが、
せいはに両手を掴まれ身動きが取れずにいた。
それでも身を捻って逃げだそうと試みているが、
せいはの拘束はいくらやっても解ける様子がなかった。
「口まで塞がなくても良かったんじゃ……?」
「うるさかったから」
「……ちなみにこれはどっちのかなただ?」
「口を塞いだ時はいつものかなただったけど」
つまり表のかなただった……。
なるほど、捕まった後に裏のかなたは元いた裏面に逃げたか。
自由に行き来できるらしい。
訳も分からず拘束されている表のかなたは。
確かに、理由が分からず抗議するからうるさいだろう……。
説明するにも、かなたでなくともすんなりとはいかない。
だったら口を塞いでしまった方が早い。
「どうせ兄ちゃんは裏にいくんだろ? かなたと話をつけに」
「まあな。それにステイシアにも……俺が聞き逃したのかあいつがわざと言わなかったのか、知らなかったのは分からないけど……悩むくらいなら手っ取り早く聞いた方がいい」
裏から表を見ているステイシアは、
かなたとイリスの対立も、
俺たちがこうして集まっていることも把握しているだろう。
説明を一切しない、というわけにはいかないが、
ある程度の事情はステイシアも分かっているはずだ。
「ステイシア、そっちに連れていってくれ。イリスとかなたをそっちで集めておいてくれると助かるが……いや、やっぱりいい。まだ早いか。とにかく、聞きたいことがある」
二人の存在は答え合わせをするには必要だが、一方で口裏を合わされる可能性もある。
真実が歪まされるのは困るな……。
魔法少女は赤魔人討伐のため、常に働き続けている。
そのため、表のかなたとイリスがこの場にいるからと言って、
裏面にいった時に隣にいるわけではない。
だから二人が散っているなら、好都合と考える。
いないなら、今はそれでいい。
今頃、昨日のように偶然ばったり出会って喧嘩をしていなければ、いつも通りに赤魔人を討伐している頃だろう。
寝る間も惜しんで、赤魔人を救済し続けている――終わりのない労働だ。
精神体とは言え、動き続けているとなると、疲労は溜まるばかりだと思うが……。
イリスもかなたも、それをおくびにも出さない。
やがて――まばたき一つで、景色は変わらないが、空気が変わる。
体感でほんの少しだけ気温が低くなった気がするが、気のせいとも言える……。
人の密度が単純に減ったからだろうか。
「兄ちゃん」
近くにはせいはが一人だけ。
予想通り、イリスとかなたは消えていた。
学校の屋上へ顔を出すと、遅れてステイシアが上空から下りてきた。
「二人は?」
聞くと、ステイシアがむくれる。
「……まだ連れてこなくていいって、おまえが言ったんだぞ……」
「そうじゃなくて。今、あの二人はどこでなにをしてるのかってこと」
「あ……なんだ。そんなの、赤魔人の討伐だよ。
もちろん、二人の距離は離れてる。
昨日みたいに間違っても会わないようにはしてるつもりだけど……」
それも赤魔人次第とも言える。
前に聞いたことがあるが、ステイシアが赤魔人になりかけている裏の人たちの溜まっている感情を吐き出させることで、赤魔人化を阻止、もしくは遅らせているらしい。
それでもぽんぽんと赤魔人化する現状を考えれば、どれだけ悪感情によって攻撃されているかが分かる。
赤魔人化した人でも、それ以前に他者を非難している場合もあるのでどっちもどっちって話ではあるが……。
魔法少女が生み出されたのは、
ステイシアだけでは多くの赤魔人の対処に手が回らないからだ。
そう、ステイシアはこの姿で魔法少女よりも強い。
イリスやかなたが苦労して、やっと討伐できる赤魔人も、ステイシアの手にかかれば遠方からスナイパーのように、光の弾丸で撃ち抜くことで討伐ができる。
二人の魔法少女では、世界中はカバーできないが、
日本の一つの町を守るには充分な人数だった。
だから担当地区で言えば、イリスとかなたが「ここ」で、ステイシアがそれ以外。
本当に、海を越えて世界を飛んでいる。
それでも俺たちの呼び出しに一瞬で応えてくれるあたり、神、様々ってところだ。
「なんであの二人だったんだ?」
これまで一度も聞いてこなかったこと。
心の片隅にはあったものの、別のことを優先していて興味が薄れていった質問だ。
ステイシアが神となり、赤魔人の討伐の手足が欲しくて、
魔法少女というシステムを作り出したのは分かった。
なぜ魔法少女なのかは、年齢からして近いイメージを利用したのだろうと予想できる。
その相手が男の子ではなく女の子なのも、
同姓だから話しやすいと思ったのだろう。
忘れそうになるが、ステイシアはまだ小学生だ。
じゃあどうしてイリスと、かなたなんだ?
こなたを避けるのは当然としても、クラスメイトでもいいだろう。
巻き込むことに抵抗があるなら、どうしてイリスとかなたは違う?
「誰でもいいってわけじゃない」
「信用の話か?」
魔法少女の力を得て、赤魔人を討伐もせずにステイシアと対立したら意味がない。
ステイシアから聞いた、魔法少女として活動することで得られる報酬。
それを表の世界で悪用しないことも重要だろう。
その点で言えば、表のかなたは最適とも言える。
いや、だからって、イリスが不適合って言うわけじゃなく。
「信用もあるな……それに――魔法少女の魔法の源をまえに説明したよな?」
された。
だからこそ、
ステイシアの説明と実際に表で起きていることの違いに、疑惑が膨らんでいる。
「魔法少女の魔法は、当人の精神体から生み出すには力が弱すぎるし、使ったとしたらすぐにガス欠になってしまう……だから考えたのは、未来から引っ張ってくることだ」
前に説明された通りだ。
「未来の力を一時的に引っ張ってきたことによって、表に影響を与えてしまった結果、
表のイリスやかなたは、短い間だけど未来を見ることができる。
望む未来が見えるわけじゃないし、見える時間もごくわずかで、
万がいち、二人がそれを悪用しようとしてもできないような短さだと思ってる」
短いと言っても、悪用のされ方は人による。
未来視の使い方が、テストのカンニング程度なら可愛いものだろう。
まあ確かに、イリスもかなたも、人間性を考えればそういうことはしない。
ステイシアは神として、二人の人間性を見抜いていたようだ。
「見抜いていたというか、ここで話している時に、居心地が良かったから……」
赤魔人化しないように適度に裏面の人たちの発散を手伝ってあげているステイシア。
難しいことではない。
単に、世間話をしているだけに過ぎない。
それだけでと思うかもしれないが、何万人と会話している中で、ステイシアはイリスとかなたに惹かれたのだ。
それが同じ生徒会の副会長と庶務だというのだから、凄い確率だ。
ステイシアの心に残るほど、二人の優しさが力になり、
魔法少女の運用に踏み切る勇気になったのだと言う。
年齢差の通り、ステイシアからすれば二人はお姉ちゃんなのだ。
「二人に手伝ってほしかった。まだ慣れていない内に、頼っちゃったんだよな……。巻き込んじゃったのはアタシの弱さだ……どうにかしないといけないって思ってる……!
当然、このままずっと手伝わせるつもりはまったくない! いつかは魔法少女のシステムも廃止して、アタシ一人でやっていかなくちゃならないんだ……。
アタシの前の神様は、誰の手も借りていなかったんだ、だったらアタシだって……っ」
「それだけなのか? ……本当に? 報酬は、前に聞いたな。じゃあ、代償は? 魔法少女として魔法を使う代償。未来から力を一時的に引っ張ってきているなら、なにか体に異変が起こってもおかしくはないんじゃないか?」
ステイシアは表面のことを基本的に把握しているが、ただそれは、俯瞰して見ているだけであって、スマホのように二本指で画面を左右に引っ張ってズームさせ、俺たちに焦点を合わせていないと細かいことは分からない。
かなたがイリスを刺そうとした、という行動は知っていても、
その動機までは分かっていないのだろう。
つまり、ステイシアは二人の裏の人格がここ最近、表に出てきていることを知らない。
イリスとかなた。
表と裏の両方で起こっている異変を、察知できていないのだ。
表の人格が裏に出ていないため、気付きにくいのも分かるが……、
知らないなら神としてどうなんだと思うし、
知っていて見逃しているとしたら、どんな意図がある……?
「代償……? それは、ないと思うけど……」
「本当か?」
しつこいようだが繰り返す。
「……確認するってことは、ある……ってことなんだな?」
さすが、話が早い。
そして、ステイシアの目の色が変わった。
「二人の身に、なにが起きてる?」
……嘘を吐いてる様子はない。
かなたの一連の行動に、ステイシアが関わっているわけでもなさそうだ。
「……さっきの出来事、見てたか?」
かなたがイリスを襲ったことだ。
「俯瞰だから、なにか揉めてるなって、くらいは……」
なるほど、真上からのアングルだと真下に向けられた刃は見えないわけか。
二人を全面的に信用しているからこそ、注意深くは見ないのかもしれない。
二人への信頼が仇となったと言える。
「正直なところは、どういうつもりだったのかは分からない。
ただ……状況だけを見るならだ、多分、全員が同じことを思うだろうな――」
気を遣って言葉を選んでも仕方ない。
ステイシアは小学生だけど、今は世界を管理する神なのだから。
事実をそのまま脚色なく伝える。
「かなたがイリスを殺そうとした。
俺には、そうとしか思えなかったんだ」
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