第20話 思惑が衝突する
二年生の五月下旬。
せんぱいと出会ってから丸一年。
せんぱいの死を夢で見てからは半年くらいかな……?
まだ、せんぱいの死に関わる事件は起こっていなかった。
昼休みのこと。
まだ一人だけの生徒会室で、わたしは大あくびをする。
最近、充分に眠っているはずなのに寝不足のように体が気怠い。
そのせいか、
抜き打ちテストであまり良くない点数を取ってしまい、担任の先生に心配をされた。
副会長なんだから生徒の見本になるように自覚を持て、とも。
その通りなのでぐうの音も出なかった。
せんぱいなら、
「寝不足ならぐうぐうとは言ってそうだけどな」
とバカにしてきそうな気がする。
たまに記憶が飛んでいるのはそういう姿をせんぱいに見られていたからなのかな……?
知らない間にせんぱいと腕を組んでいたり、
キ、キスをしていたり――、
ほんと、なにやってんだかなあ……って後悔。
どうせやるなら意識がある内にしたかった。
せんぱいは二重人格と言っていた。
――もう一人のわたし。
たぶん、実際にいるんだろう。
たぶんというか、いる。
もう分かってる。
認めたくなかっただけで。
そう、彼女に任せた方が確実なんだろうと思えた。
だって、わたしとあの子では、住んでいる世界が違う。
わたしにとってできないことも、あの子ならできてしまう。
ここで意地を張って取り合いをして、せんぱいを失ったら――、
考えれば考えるほど、わたしはいらない子だった。
ほんの少し、見ただけで。
違いというものを分からされたから。
「はぁ……せんぱいを突き放すのも、もう限界かなぁ……」
良心が痛む。
好きなのに嫌いって、言うのもつらい……。
それに、どうせせんぱいはもう引く気がないだろうし、関わってしまったならもういっそのこと、あの子に明け渡してしまう方がいいだろう。
……本当は嫌だけど。
でも、せんぱいを助けられるなら……。
思わず大きな溜息が出る。
「なーに溜息吐いてんですかー、ふーくかーいちょー」
「かなたさん……どうして目を塞ぐの?」
「だーれだーって、まだやってないのに。よく分かりましたね」
「こんなことをするのはかなたさんくらいだから」
視界が光を取り戻す。
後ろにいたのは天条かなたさん……生徒会で唯一の一年生。
庶務で、せんぱいの妹。
人懐っこくて接しやすい、可愛げのある後輩だ。
明るくて、軽率に人の懐に踏み込んでくるけど、嫌な感じがしない。
悩みを打ち明けやすく、この子が示す解決策は主に気持ちの問題であることが多いけど、実際に原因がそれであることが多い。
気持ち一つで長く悩んでいたものが一瞬でなくなることも多々あった。
かなたさんは深く考えているわけではないんだろうけど。
直感で言うからこそ、この子の人柄や本音が分かるから、嫌いになれない。
「副会長? 悩んでます?」
「え。そう、かな……?」
「目の前で溜息を吐かれたら、そりゃ誰でも気付きますよー」
悩みは、ある。
いやどうだろう、もう心の中では答えが出ている。
でもわたしの最後の足掻きというか、
欲が出ているだけで、
きっとそれは正しくない選択なんだろう。
相談したって正解が変わるわけじゃない。
正解が同じなら、答えを変えても意味がない。
「ううん、大丈夫。解決するって、目処が立ってるから……。
それよりもかなたさんの方こそ、最近は不調みたいって聞くわよ? 運動部の助っ人、たまにしてたみたいだけど、噂になってるのを聞いたわ。えっと……体力が落ちた、って」
「使えなくなった、ですよ」
気を遣ったつもりだけど、噂になっていればかなたさんの耳にも入るよね。
それにしても、勝手なことを言う人が多い。
助っ人を頼んでおいて、乱暴な言い方だ。
かなたさんは道具じゃないのに。
「前はできてたことができなくなってきたんです……たとえば、料理とか。
盛大に失敗しちゃって……兄ちゃんが助けてくれましたけど」
「優しい……」
「そう思うかもしれないですけど、過保護ですよ。鬱陶しい時もあります」
「羨ましい……」
「ふくかいちょー? 欲望が漏れてますよ。付き合ってないって言ってましたけど、副会長の方は満更でもなさそうですねー」
「そ、そんなことはないわよ!?」
「ふーん」
疑惑の視線。
追及をさせないためにすぐさま話題を変える。
「そ、それで、前はできてたことができなかった、だっけ?
それ、わたしも同じようなことが最近あって……」
「え、そうなんですか?」
「人の名前が覚えられなくって……あと、人の顔を思い出せないことが何度もあったの」
「え……老化……?」
「かなたさん?」
名前を呼んだだけで、かなたさんがびしっと背筋を伸ばした。
「いえ、なんでもありませんっ」
「……聞かなかったことにするから。でも、かなたさんの言うことは認めないけど、最近、疲れてることが多いからそれが原因、ってこともあるかもしれない。かなたさんの方もよく眠ってるのに疲れが抜けていなかったりしない? それが原因かもしれないね」
「そうですね、早く寝てるはずなのに寝不足なことが多いです」
「うーん……ま、心当たりがないこともないけど……」
だからって、覚えられない、思い出せないことに繋がるかな?
疲れているから、で、繋げてしまえばなんでもありになってしまうけど。
「心当たりですか?」
「いえ、思い違いだったみたい」
二重人格について話すことはできれば避けたい。
かなたさんなら笑い飛ばしそうだけど本気で心配してくれる可能性もある。
そうなったらかなたさんまで巻き込みかねない。
「疲れてるなら、リラックスするためにマッサージでもしますか? あっ、じゃあじゃあ副会長、後ろ向いてください。肩を揉んであげますから。
これでもお母さんから上手だって褒められたことがあるんですよー」
「え? いや、そんなことさせられないよ。
……それにしても、さっきからわたしのことをおばちゃん扱いしてないかな?」
「そんなことないですよー」
なんだか棒読みでかなたさんが背後に回り、わたしの肩を揉み出した。
最初はくすぐったいだけだったけど、硬い肩がほぐれていくように段々と気持ちよくなってくる……え、本当にわたし、おばちゃんみたい……?
疲れが溜まっていたと思えば、解消されていくのは喜ぶべきことだけど……複雑だ。
「あ……」
ふっ、と肩から手が離され、名残惜しくなる。
「そんな残念そうな声、出さなくても。安心してください、終わりじゃないです。ちょっと待っててください。ちょうどツボ押しの道具を持ってるのでカバンから取ってきます」
「そうなの? そんなの持ち歩いてるんだ……」
「念のためですよ。実際、こうして役に立ったじゃないですか」
後ろでチャックが開く音。
がさごそとカバンの中を探した後、かなたさんが近づいてくる足音が聞こえてきた。
「じゃあ再開しますねー」
「ごめんね、なんかこんなことさせて」
「いえいえ。こちらこそ」
「?」
……こちらこそ?
「こんな形になってしまって、ごめんね?」
バゴォンッッ!
と、掃除用具入れのロッカーの扉が、力尽くではずされる。
内側からの衝撃だった。
そして、中から出てきた人影が、一目散にわたしに近づいてきて――、
「なにを、やってんだよッ――かなたァ!?」
わたしを片腕で抱きしめるせんぱいの片手には、
べったりと、付着する血があった。
付着したんじゃない……、
せんぱいの手から、今も続けて、滴っている。
せんぱいの手には、刃が剥き出しの包丁が――。
握っているのは、かなたさん。
ほんの一瞬前に、かなたさんが、
包丁をわたしに、振り下ろしていた。
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