第19話 イリスの計画

(神酒下イリス)


 周辺一帯を包む炎の前に、わたしとせんぱいがいる……え、火事?


 緊急ニュースで番組途中でも割り込んでもいいくらいの大事件に思える。


 でも、どうしてそこにわたしがいるのだろう……、

 じゃあ、これを見ているわたしはなに?


 確かめたくても体は動かない。

 声が出ない。


 視界は固定されている。


 目の前にいる二人は、わたしの存在にまったく気付いていない様子だった。


「炎が……消えていく……?」


 周辺の炎とは別。

 小さな炎の塊があった。

 中には黒い影が見える。


 人……?

 人が、燃えてる……?


 だけどその炎も、せんぱいの言う通り、次第に消えていった。

 消防隊員もおらずホースで水を撒いたわけでもない……。

 自然と鎮火したのだろうか……?


 炎が消え、丸まって出てきたのは墨汁で塗り潰したような真っ黒な塊だった。


 人、には見えなかった。

 人じゃ、なかった……?


「なんですか、あれ……?」


 わたしが呟いた。


 ちゃんと見ると、その格好はセーラー服かと思ったけど、

 目の前のわたしが着ている服は似ているけど違う。


 制服よりも肌が多く出ていて……、

 そんな姿で外を出歩くなんてとてもじゃないけどできない……っ。


 あんなのもうコスプレだよ!?


 ステッキでも手に持って悪者と戦いそうな仮装をするわたしが手に持つのは、ステッキの方がまだ可愛らしいけど、実際は槍だった。


 切っ先が三つに割れている……物騒なもの。


 わたし、あんなの持ってないけど、どこにあったんだろ……?


「お前が知らないのに俺が知るわけないだろっ」


 すると、真っ黒な塊にひびが入り始めた。


 小さな破片を集めて球体を作ったような見た目になったけど、

 その欠片が完全に剥がれることはない。


 やがて、鼓動するように、ひびの隙間から見える赤色が点滅し始めた。

 そして、つぼみが花開くように、丸まっていたそれが人の形を取り戻す。


 仰向けになったそれが起き上がる。


 女性か男性かも分からない二足歩行のフォルム。

 全身が真っ黒なのは、炎に燃やされ続けた末の炭の塊だったからなのかもしれない。

 肌色の面影はもうどこにもなくて、かろうじて人として分かるのは不気味に開いた口元のその奥……、黒とは真逆に輝いて見える真っ白な歯だった。


 にぃ、と。

 それが笑った。


 瞬間、


 周囲を覆っていた炎が一斉に消えた。


 崩れた建物の瓦礫が吹き飛んだのを見ると、突風が吹いたのだと分かる。


「きゃあっ!?」


 わたしが吹き飛ばされた。


 せんぱいも…………え?


 しかし、せんぱいは吹き飛ばされていない。

 でも、踏ん張っていたわけではなかった。

 

 せんぱいの背中から、


 


「げげ、ぐげげげげぇッ!!」


 と、不快な笑い声が響き渡る。


 ずぼっ、と引き抜いた腕には、

 炎よりも濃い赤色がべったりと付着していた。


 支えを失ったせんぱいが倒れる。

 あっという間に、溢れ出てくる血に沈んでしまった。


「せん、ぱい…………?」


 目の当たりにしたわたしが、膝を落としていた。

 自由に動けないわたしも、そんな気分だった。


 これは夢だ。

 夢だけど、でも――、


『い、や……いやぁ!? せんぱいっっ!?!?』


 駆け寄るわたしを追いかけたかったけど、視界は固定されていて近づけなかった。

 やがて、わたしの意思とは反対に、遠ざかっていく。


 まぶたが閉じられ、暗転していく。



「はっ!?」


 部屋のベッドで目を覚ましたわたしは、せんぱいの死をはっきりと覚えている。

 夢なんていつもすぐに忘れてしまうものなのに、細部まで思い出せる、出せてしまう。


 あっさりと息絶える瞬間がまぶたの裏にこびりついたように忘れられない。

 まるで、忘れるなと言わんばかりだった。


 手が震えている。

 びっしょりと背中に汗をかいていた。


 ……怖い。


「せんぱい、大丈夫、だよね……?」



 タチの悪い夢だったようで、せんぱいは無事だった。

 でも、夢だったから安心、とは思えないリアリティがあった。


 一週間以上経っても忘れられないのがその証拠だ。


 それ以来、逐一ニュースをチェックしていたけど、大きな火事はなかった。

 小火程度ならあったけど、ここ周辺ではないし、夢で見た火事はもっと大規模な火災だった。


 念のため家を探してみたけど、

 夢の中でわたしが持っていた槍もコスプレ衣装もあるわけがない。


 ただの夢で、わたしの思い込みや勘違いならそれでいい……でも。


 それからよく夢を見るようになった。


 大規模な火災ではなく、もっと身近な学校でのことだったり。

 夢だけでなく、日常生活で意識をすると、覚えのない映像を見ることができた。


 繰り返していると、それが後々に起こることなのだと分かった。

 未来を見ている……と思う。


 思い当たる節もなく、目覚めてしまったわたしの超能力(?)……最初こそ無断で使っていいものか怖くて悩んだものだけど、もしかしたらこれこそが、わたしに与えられた役目なのかもしれないと思った。


 未来が見えるというのは何度も体験して分かっている。

 最近は近い未来を見ることが多かったけど、わたしがある程度、制御できるようになったおかげだろう。

 たとえば、まだ制御する前なら、無作為に未来を見てしまっていた可能性もある……だから、あの夢は見過ごしてはならないものだ。


 ……せんぱいが、死ぬ……?


 化け物に殺されて……?


「……………………………………いやだ」


 わたしを救ってくれた恩人だ。

 それに、なによりも、わたしはせんぱいのことが――、


 好き、なんだって、あの時に思い知らされた。


 夢の中とは言え、一度失った体験をした時の心の痛みは、もう誤魔化せない。

 ああ、わたしはせんぱいのことがどうしようもなく、好きなんだって――。


 だから。


 思い出したくもないって逃げて、

 わたしの思い込みや勘違いだって言い張って見て見ぬ振りなんてできない。


 見てしまった以上はいつかは分からないけどいずれは起きること。


 何日後か何年後かは分からない。

 でも、それは確実にやってくる。


 ……どうしたら先輩を救えるのだろう。


 夢の中では一緒にいたけど、知ってしまったわたしが下手に干渉することで未来が変わってしまうと予測もできなくなる。

 それでせんぱいの死を回避できるならいいけど、確証はない。


 下手に干渉するよりも、せんぱいに降りかかりそうな危険を誰よりも早く知ることができれば、助けられる可能性も上がる気がする……そんな位置にいられれば。


 理想は警察だけど、たとえこれから先、就職できてもその頃にはもう手遅れだ。


 だったら学生の中で、最も上に立てる場所にいれば――あ。


「……うん。確実とは言えないけど、でも、それしかなさそうだよね……」


 だからわたしは強引にでも、無様でも無礼でも、

 ただひたすらにお願いをして、生徒会に入れさせてもらったのだ。

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