第15話 これからの物語
こなたはわたしを仲間に入れてくれました。
金髪碧眼だからって贔屓はせず、新しく仲間に入ったからって優遇したりもせず、良くも悪くも他の人と変わらず接してくれました。
それがすごく、嬉しかったんです。
遊園地にいきました。
動物園にいきました。
何度もお泊まりをしました。
わたしの家にあるお洋服で着せ替えごっこをしたりもしました。
生まれて初めて、ゲームセンターにいった時に撮ったプリクラは、自室の壁に今でも貼っています――宝物です。
こなたのおかげで、わたしをいじめてくる人はいませんでした。
わたしをいじめていたあの女の子たちがこなたに敬語で接しているところを見ると、おおやけにできないようなことでもしたんでしょう。
こなたならやりかねません。
それこそがこなたらしいと思います。
そう思えるくらいには距離が近づけたのでしょう。
たまに距離が近すぎてドキドキすることもありますが……。
今、わたしにはなんの力もありませんが、無防備に寝ているこなたの姿は守ってあげたくなる可愛さでした。
守りたい……今のわたしは守られている状況です。
わたしにとっては劣等感です。
これじゃあ対等じゃない。
そんなことを思い続けていました。
対等でないと、こなたが受け入れてくれるはずもありません……。
……って、なにを言っているんでしょうかね……今のは忘れてください。
聞かなかったことにしてくださいね?
ともかく、です。
わたしの居場所はここなんだと、信じて疑いませんでした。
……裏切られました。
二回目のいじめです。
主犯は――こなた。
だから、こなたの隣にいられた時間は半年にも満たなかったです。
短く濃密な時間でした。
まるで十年も一緒にいたような感覚でしたが、それでも半年未満。
それがわたしと、こなたの差だったのでしょう。
どれだけわたしが想っていても、こなたにとっては裏切る程度の存在だった。
……仕方のないことです。
こなたに救われ、こなたに裏切られたのなら――仕方ありませんよね?
焼かれる痛みに耐えて、黒く硬くなった皮膚を掻き毟って剥がすと、焼死体とは思えない綺麗なわたしの姿をもう一度見ることができました。
これは、わたしが特別だからなのでしょうか?
それとも、誰でも、耐えれば取り戻せる姿なのでしょうか?
「……わたしは復讐なんて望みません。こなたを攻撃したって、世界中にいる、いじめられている子が救われるわけではありませんから。……だったら根本から変えてしまえばいいんです……人を傷つけようとする気持ちがあるからいけないんです。
だったら、そんな感情、なくしてしまえばいい――」
だから神様、わたしにチャンスを頂けませんか?
あなたよりも上手くできるとは言いません……ですが。
今、犠牲になっている弱いものを救うことはできます。
これから先、標的になっていたであろう犠牲者を出すこともありません。
誰も、攻撃され、傷つくことは決してありません。
そんな世界をわたしは望みますっ!
――だから、神様っっ!
傲岸不遜でも慇懃無礼でも構いません。
この身を犠牲に、期待に応えてみせますっ。
「――あなたの世界を、わたしに預けてくださいッッ!!」
(天条もぐら)
……話を聞き終えて。
こなたとステイシアの関係性。
ステイシアがどうして意識不明の状態になっているのか。
それがはっきりした。
「表のアタシが目を覚まさないのは、
アタシが裏面で神の役目をになっているからだ」
表のステイシアはただの容れ物であり、今は空っぽなのだと言う。
なぜなら裏面のステイシアに、
表も裏の人格も、一緒くたにまとめられているから。
意識が戻らないはずだ。
だって、戻るべき意識がそこにないのだから。
表も裏もない俺とせいはとは違い、ステイシアの場合は表も裏もある二つの人格を一つの容れ物に同居させている……だけど、思えばそれが普通なんじゃないかと思う。
表も裏も持っていて、それを使い分けているのが人間だと。
状況によって気持ちを押し殺してがまんするのか、
感情に任せて行動するかは人によるだろう。
空気を読むために人に合わせる。
空気を読まずに反射的に行動する。
それが個性になるはずなのに。
今の世界では、全員の行動と感情が一律に操作されてしまっている。
みんながみんな、良い子ちゃんのフリをしている。
……確かに、悪感情がなければいじめは起きないだろう……表では。
結局、裏面で赤魔人が暴れているなら、同じことに感じてしまう。
弱いものは非難を浴び続け、苦しむ。
そして、廃人化の末に自殺――。
加害者に一矢報いるという点で言えば、被害者の気も紛れるだろうけどさ。
ステイシアの世界は、譲り受ける前と比べて生きやすいかと言えば、そうでもない。
「最初はアタシがなんとかするつもりだった。先代の神様から受け取った力があるから、赤魔人の救済くらい一人でできると思ってた……でも」
「その二本の腕じゃ間に合わない数だった……か?」
ステイシアが頷いた。
そりゃそうだ。
どんなに強大な矛と盾を持っていようが、一人の人間にできることには限界がある……。
今のステイシアは、神、だっけ?
――だとしても同じだ。
高性能な機械でも、操るのが人なら気付けない死角がある。
届かない距離もある。
赤魔人となった人間全員を救済することは土台、不可能なのだ。
地球全体。
そんなの、カバー範囲が広すぎる。
いじめられっ子が傷つかない世界なら、ステイシアの作り方は失敗だ。
だけど。
いじめられっ子がやり返せる世界というのなら、これは成功だろう。
ただもちろん、ステイシアが望んだ形でないのは聞かずとも分かる。
「なるほどな、死角を埋めるために、魔法少女を利用したのか」
「……利用したなんて……っ、アタシはきちんとイリスたちに相談して、みんなを無理やり働かせるようなことはしていないっっ!」
戦ってくれる代わりに、ステイシアが渡しているものがあるのだろう。
これがお金なら、安心できる方だけど……多分、違う。
魔法。
……感じ続けている嫌な予感は、そういうことか……?
「まあ、それはイリスに聞けばいいか……あと、これだけは確認しておきたいんだが、イリスが魔法少女として活動することで、あいつ自身が破滅するなんてことはないよな?」
「……? どういう意味で言ってるか知らないけど、イリスに危険はない。
たとえ赤魔人に攻撃されても、アタシが助けるから大丈夫だ」
「そっか。……そしたら、じゃあ、俺は帰るよ」
「…………え、はっ!? ここまできておいて話を聞いただけで帰るのか!?」
「なんだよ、先生や親みたいに干渉してほしいのか? 構ってちゃん? 俺がお前を呼んだのはこなたが謝りたいから一度、表に顔を出してくれってお願いだけだ。でも、神になってそれができないなら仕方ないだろ。できないことをやれって言うほど鬼じゃない」
それに、
「お前の話だけじゃ一方的だからよく分からないし。裏切られたって簡単に言ったけど、こなたがどういうつもりで裏切ったのか分からないだろ。だからそのへんを聞いておく。真面目に答えるか分からないけどな。
あいつのことだ、自分の立場を脅かしそうになったステイシアを切り捨てたって理由でも充分に納得できる。あいつってそういうやつだ。それでも俺にとっては可愛い妹なんだ、許してやってくれとは言わないけど、縁を切るならきちんと面と向かって切ってやってくれ。
罵詈雑言を言うならこっちからお願いしたいくらいだな……オーバーキルくらいが、あいつにはちょうど良い罰になるだろうよ」
「……兄貴にしては冷たいよな……」
「飴は誰だってあげられる。鞭を打てるのは家族くらいなもんだよ」
夕日が沈み始めていた。
次第に空が黒く染められていく。
「アタシは、こなたのことは恨んでない。こなたに救われて、よくしてもらったからな、こなたの都合で振り回されて、最後に捨てられても文句はないよ。アタシはこなたのことが、結局のところさ、好きだから……仲直りできるなら、したいと思ってる」
ステイシアが表で目を覚ます時は、神をやめる時だろう。
世界を譲ってくれた神に今の世界を返すか、新しい人間に譲るか。
どちらにせよ、ステイシアが自ら望んだ世界平和という使命を捨てない限りは、こなたとの仲直りは実現できない。
「思ってるけど……好きなのと同じくらいさ……怖いんだ」
「怖い?」
「味方になると頼もしいけど、こなたが敵に回ると……えげつない」
学校でのこなたのことはよく知らない。
あいつは上手く隠していたらしいから。
家でも俺たちを手の平で転がすことはあるけど、それは家族に向けて、優しい方だろう。
野放しになったこなたがどういう手を使っているのかは見当もつかない。
「想像もしたくないなあ……」
「想像したくもないことを平然とやるくらいには、頭のネジが飛んでるだろ、あれ」
ステイシアが嬉しそうに話す。
内容だけを聞けば悪口にも聞こえるが、表情が全てを帳消しにしていた。
「お前、よっぽど好きなんだな、こなたのことが」
「は!? え、まあ、そりゃ……この世界を預かった時から、アタシは強くならないといけないって思って……とりあえずできる範囲で真似をしたモデルが、こなただから……」
昔のこなたを見ているような口調なのはそのためか。
口調が似ているから意気投合したわけではなかったんだな。
類は友を呼んだわけではないようだ。
「仲直りはしたいけど、怖い……こなたのことを考えると、体が勝手に震えて……」
「いいよ無理しなくて。どうせ今のままじゃどうせ会えないんだし」
今のところは。
それをどうにかするのが、兄の役目でもある。
ステイシアに頼んで表に戻ると、
「…………」
すー、と寝息を立てるこなたが、ステイシアの隣で眠っていた。
添い寝だ。
……大胆というか、剛胆というか。
ちゃっかり手も繋いでるし。
「……ケーブル下敷きにしてんじゃん。バカ」
大事な機械なんだからさ。
……それと。
「理由がどうあれ、いじめてんじゃねえよ……アホ妹」
自責に苦しむこなたには、なにも言わないことこそが罰だと思っていたが、やっぱりそれは間違いだった。
徹底的に責めてやるべきだった。
鞭を打っていたつもりでも、あれは結局、飴だったのだ。
塞ぎ込むことに干渉しなかったことで、甘やかしていたのだろう。
苦しみは罰としてはありだ……だから、たとえば他人ならこれでも良かったのだ。
でも、妹だ。
罰を与えるだけじゃ、あいつの心は救われない。
反省をした後に前に進まなくちゃ、意味がないんだ。
「ふう……、どうするかな」
俺が神になると言うのは簡単だ。
代わることも。
でもステイシアの重荷を肩代わりしただけではなんの解決にもならない。
ステイシアの願いは世界平和だ――これが難しい。
誰もが望む理想。
だけど誰もが途中で諦め、妥協していく。
大人になったというよりも、視野が広がり可能と不可能が分かるようになった。
不可能なことに膨大な時間をかけて糸口を見つけるよりも、今すぐできることに視野を狭めて、理想に近づける現実的な着地点を求めるようになった。
ステイシアは着地点を見つけかけていた。
それが魔法少女。
まあ、ステイシア自身も今は模索している段階で、問題を先送りにしているため、誰も被害者にならない世界平和を諦めてはいないんだろうけど……。
ステイシアが神になったことで、こうして後悔を抱え込んでいる誰かがいる。
意識不明のこの体を維持するために、どれだけのお金がかけられているのか、
両親がどれだけ心配しているのか、あいつは知らないわけではないのに――。
自身の犠牲という現実的な着地点に落ち着くというのであれば、だ。
「徹底して壊すのもありだな」
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