第14話 ステイシアの物語
(宍戸ステイシア)
『せんえつながら神様へ』
お名前を存じ上げませんでしたので、すぐに本題に入らせていただきますね。
頭の中で想像したらそれが文字になる……ですか? 少し難しいかもしれません。
一応、試し書き……って言うんでしょうかこれは。
ですので、読みづらいところがあるかもしれませんがご容赦願います。
母がイギリス人で父が日本人。
生まれは日本で、小学生に上がるまではイギリスで暮らしていました。
金髪碧眼の日本人離れした容姿は目を引くようで、ランドセルを背負って登校し始めてからしばらくは、多くの好奇の視線に耐える毎日でした。
半年もすればみんなも慣れてくれたようで、珍しくもなくなりました。
……でも、相変わらず男の子からはよく話しかけられましたけど。
低学年の頃はまだ良かったです。
男の子も女の子もみんな混ざって遊ぶことが多かったですから。
ただ、高学年になってくると、
男の子と女の子は、はっきりと分かれて遊ぶようになりました。
それでも、わたしだけは男の子に何度も誘われるようになりましたし、悪意はないんだろうなあって分かりますけど、されると嫌な気持ちになることも多くされるようになりました。
苦手な虫を見せられたり、運動音痴なのにリレーでアンカーを任されたり。
そんなことが続いていた頃、わたしはよく遊ぶ女の子のグループから仲間はずれにされるようになりました。
最初は、どうしてなんだろう? と思いましたけど、よくよく思えば、男の子に人気があるわたしが除けものにされるのは当然でした。
グループにいる女の子が好きな男の子が、わたしにちょっかいをかけていれば良く思わないのも分かります。
わたしにとっていじめは二回あります。
この時が、生まれて初めて体験した、一回目のいじめだったのでしょう。
無視されるだけならまだ良かったです……いえ、良くはないです。
寂しかったし、悲しかったです。
それでもまだ、無視されるだけならマシでした。
わたしが仲間はずれになっても、男の子はわたしにちょっかいをかけ続けました。
その時のわたしからすれば、ちょっかいをかけ続けてくれた、と前向きに感じていました。
男の子たちが、わたしが仲間はずれになっていることを知っているかは分かりませんでしたけど、あのちょっかいがなければ、わたしは塞ぎ込んでいたかもしれません。
でもそれがいけなかったのでしょう。
男の子と楽しく話すわたしを見た女の子たちが、無視だけでは気が済まなくなり、直接、わたしに危害を加えるようになりました。
わたしだけじゃなく、お父様に買ってもらった大切な服や文房具や教科書まで、壊されることが多くなりました。
でも、それをお父様に言うことはできませんでした。
お母様にはもってのほかです。
なぜなら、女の子のいじめの理由は嫉妬でしょう。
嫉妬の理由は男の子がわたしを、その……可愛い、と、思ってくれているからでしょうか……?
その理由もきっと、金髪碧眼という容姿のおかげです。
今に限れば、おかげではなく、「せい」になってしまうんでしょうね。
金髪碧眼「だから」いじめられている。
たとえわたしが違う理由を言ったところで、お父様とお母様はきっとそう誤解します。
実際は、誤解ではないと思いますが……。
心配をかけたくない。
ただでさえこの見た目で仲間はずれにされないか、心配をかけてしまっていますから。
だからわたしはがまんを続けました。
そして五年生に進級しました。
クラス替えです。
期待していましたが、
わたしをいじめていた女の子たちとはまとめて同じクラスになりました。
もしも先生に相談していたらクラスを分けてくれていたかもしれません……、
でも、そんなことを言ってもあとの祭りです。
それに、先生に言えば同時にお父様とお母様にも伝わってしまいます。
がまんすると決めたのですから、こんなことで落ち込んではいられません。
わたしは気合いを入れ直して、この一年を乗り切ろうとしました。
でも……、
いじめは次第にエスカレートしていきました。
お母様もお父様も、わたしがなにかを隠していることに気付き始めています。
だから、わたしをいじめてくる女の子に言いました。
「こんなことをされてるってことがお父様に伝われば、わたしのお父様があなたたちの両親に圧力をかけることになってしまいます! だから、もうやめてくださいっ!」
そんな風に。
明らかに失敗です。
だってこれは、親を人質におどしているようなものでしたから。
「やってみなさいよ、自分の力でなにもしないお嬢様がさあ!!」
自慢の金髪をがしっと掴まれた時は涙が出そうになりました。
バケツの水を被った時は、もうどれが自分が流した涙か分からなくて……、
だけど泣いているところを相手に見られなかったのは良かったと思います。
一人で何度も泣いていても、決して人前では泣かなかったのですから。
それがわたしの中で、最後の糸だったんだと思います。
「チクったら、その可愛い顔を歪めてあげるから」
水浸しになったトイレにわたしを残して、女の子たちが去っていきます。
いつも通りでした。
わざわざ教室から一番遠いトイレを使ってわたしを痛めつけるその計画性には、嫌悪と呆れと同時に、その執着心には少しだけ感心しました。
わたしじゃなくて好きな男の子にその執着心を向けていれば。
その男の子だって、振り向いてくれたのではないかと思ってしまいます。
「……あれ? 掃除中?」
トイレの扉が開いて、女の子が入ってきました。
教室の近くのトイレが満員だったのでしょうか。
でも、こっちのトイレには近づかないようにと命令があったはずです。
命令、というのは比喩でもなんでもなく、わたしをいじめる女の子はクラスを掌握しているリーダーなのです。
ですから、お願いではなく、命令。
入ってきた女の子はクラスメイト……ですが、あまり目立たないおとなしい女の子だと記憶しています。
その子が、命令を破ってこっちのトイレに……?
それほど緊急なのでしょうか。
だとしたら追い返すわけにもいきません。
水浸しになっていますが、開いている個室は使えるでしょう。
「使えますよ……大丈夫です」
「そう、じゃあ遠慮なく」
水浸しの状況にいっさい疑問を抱くことなく、花を摘み終えて手を洗って出ていこうとする女の子も、やはり関与することを許されているわけではないのでしょう。
本当に緊急だったから、こっちのトイレを利用しただけ。
まったくわたしは、なにを期待しているんでしょうか……?
「宍戸ステイシアだっけ?」
女の子が話しかけてくれました。
「え……、は、はいっ! 初めて、ですよね、同じクラスになったのは……?」
「そうだっけ? 覚えてないけどー」
女の子は、
「でさー」と、話題を変え、
「あいつら、調子に乗ってるよね?」
「の、乗ってるん、でしょうか……?」
「うん? ああ、そっか、大丈夫だって。別に繋がりなんかないから。どっちかってゆーと、対立? わたしたちグループにもさ、縄張りみたいなものがあるの。
同級生だけど、上下関係がね。
で、あいつらはつい最近までわたしたちの下だったんだけど、なんだか最近、態度が偉そうになってきててさ。
なんでかなって思っていたら、どうやらあんたをいじめてる自信からのものらしくてね」
わたしをいじめてなんの自信になるんでしょうか。
「あんたをいじめてなんの自信になるんだかね」
思っていることが被ってしまいました。
「あんたもそう思わない?」
「それは、はい……。わたしにそんな価値なんてありません……」
「ふうん。自分でどう思っているかはどうでもいいけど。わたしはあんたには価値があると思ってるよ。いじめて自信に繋がるようなことじゃなくてね。男子に好かれているなら人の輪の中心に立てる素質が充分にあるってこと。これ、言ってること、分かる?」
分かります、分かりますけど、やっぱりわたしに価値なんて……。
「顔じゃないよ? それもないわけじゃないけど。容姿も立派な武器だしね。でもそれだけじゃなくて、いじめられ続けても誰にも助けを求めない意地の張り方や、他人を巻き込まない頑固さが、わたしはすっごく好きだなって思ったの」
女の子が近づいてきて、わたしの体をぎゅっと抱きしめました。
「よくがんばったね、ステイシアは」
「あ、の、わたし、制服が、濡れてて……」
「いいよそんなの。一緒に体操着に着替えればお揃いじゃん?」
言って、わたしの頭を優しく撫でてくれました。
限界でした。
……がまん、していたのに。
その時に、わたしは、がまんしていた感情を吐き出すように、大声で泣きました。
しばらくしてからです。
「すっきりした?」
「ごめん、なさい……こんな、子供みたいなこと……」
「わたしらぜんぜん子供だけど」
女の子が微笑みました。
「じゃあそうだなー……とりあえずステイシアはわたしたちのグループに入りなよ。何人かはクラスが違うけどね。たぶん、みんな仲良くしてくれるはず。というかわたしが仲良くさせる」
「そんな、無理やりなんて……」
「わたしが好きな子を嫌うやつなら、必要ないもの」
好きな子、という言葉に気を取られて、後半の薄情な言葉をスルーしてしまいました。
思えばこの時から、女の子は自分の性格を隠そうとはしていませんでした。
「でも、わたしを仲間に入れたら、迷惑がかかってしまいますよ……?」
「いじめのこと? 大丈夫。わたしたちであいつら潰すから」
不穏な言葉です。
小学生の力なので大したことはできないと思いますが、この女の子が言うと恐ろしく感じてしまいます。
そういう力があるんでしょうか。
人を畏怖させる力が。
「あ、あの!」
「うん?」
わたしの手を引き、トイレから出ようとした女の子に声をかけます。
「……ありがとうございます……天条さん……」
「こなたでいいよ。
あと、敬語もなし。
わたし、仲間内での上下関係って嫌いだから」
これが、後に親友となる、こなたとの出会いでした。
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