第10話 不在のデート
放課後、待ち合わせをした裏のイリスと、彼女がしたがっていたデートをするため町に出かけたのだが、現在、状況は一変してしまっている。
デートをしたいと言うのだから決めつけてしまっていたが、思えばあいつの口から保証されているわけではなかった。
どういう手口なのか聞いてもいなかったし、もしかしたら俺とせいはが意識的に裏へいけないように、イリスもそうなのではないかと思うと、このデートは危険なのではないか、と今更ながら気付いてしまった。
デートは、そうは言っても建前なので、ようは一緒に歩いているだけとも言えるが。
裏のイリスが、俺の腕にしがみつくように密着しているこの状況のまま、
たとえば、唐突に表のイリスに切り替わった場合、さて、状況は地獄に変わる。
表のイリスからすればな。
「ひっ――」
「バカっ! お前こんなとこで悲鳴なんか上げるなよ!?」
咄嗟にイリスの口を塞ぐ。
頼むからっ、謝るからっ、なんでも奢るからっ!
と懇願すると、こくんこくんとイリスが頷いてくれた。
落ち着いたイリスが、恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「……どうして、せんぱいと……?」
「なにも聞いてないのか?」
イリスがゆっくりと頷いた。
あいつ……伝えとくって言ってたのに……。
「もしかして、わたしの手帳に予定を書いたのって、せんぱいですか……?」
「…………なるほど。そりゃ手段は限られるか……」
面と向かって話せないため、裏のイリスから表のイリスへの書き置きらしい。
「せーんぱい?」
非難というよりも、叱るような視線と口調だった。
俺がイリスの手帳に勝手に書いたと勘違いしてる……?
「違う違う、俺じゃないよ」
「うそですよ、なるほどって言ってましたしっ」
逃がさないですと言わんばかりに俺をきつく睨む。
でも、腕にはしがみついたままなんだよな……。
「……今日の朝のこと、覚えてるか?」
「ええっと……」
イリスが目を伏せた。
思い出さないようにしていたことを思い出してしまったように、じんわりと広がる恐怖に身をすくませた。
「覚えて、ないんです……今日だけじゃなくて、少し前から……気が付いたら知らない場所でしたこともないことをしていて……まるで別の誰かに、知らない間に操られていたみたいな……」
裏のイリスことを知らなければ、まあそう思うだろうな。
そして、俺が思っているよりも本人は遙かに怖いはず。
答え合わせがされないのだから、尚更だ。
すると、しがみつかれていた腕に、ぎゅっと力が込められた。
……反射的に離れなかったのは、嫌悪よりも恐怖が勝っていたからか。
しがみつくことで、知らない間にこんな状況になっていた怖さを誤魔化していたのか。
「せんぱいは、なにか知っているんですか……?」
「二重人格、とかかもな」
口外禁止とは言われていないが、もしも裏の存在を認識したことが裏面に入れる条件になっていたら、表のイリスを巻き込むことになってしまう。
例外と言われた俺たちみたいに、一つのミスであっさりと焼死体になりかねない世界へ、この子を連れていくわけにはいかなかった。
だから本当のような嘘を……、
嘘とも言い切れない本当のことを伝えておくべきだ。
「こんな風にしがみついているのも、俺と、放課後に会う約束をしたのも、もう一人のお前だったんだよ……俺からしたら情緒不安定な一人のイリスって認識だったけど……」
違うみたいだな、と言うと、当たり前です! とイリス。
「わたし、こんな風に、腕を組んだりしないですもん……」
「じゃあ、今のこれはなんなんだ?」
「せんぱいが誤魔化してもすぐに分かるように。せんぱいを逃がさないように、です」
「逃がさないようにって、逃げないよ……」
「じゃあ、もう一人のわたしとしたことを全部、包み隠さずに話せますか?」
「もち――」
いや。
思い出したあれを考えると、ろん、とは続かない。
「……歩きづらいから一回、離れてくれるか」
「わたしの意識がない内になにをしたんです!?」
したというかされたというか、でもそれを言ったところでイリスにとっては関係なく俺が悪者になるんだろうなあ、と。
視線を逸らすと、イリスからの視線が突き刺さる。
そんな感覚に身震いした。
「……せーんーぱーいー」
とんとんと肩を叩かれ見ると、拳銃を突きつけるように防犯ブザーがあった。
毎回毎回……さあ。
「自分の首も絞めるぞ、それ。言っておくけど、もう一人のお前はかなり積極的に俺に迫ってきてるからな? もしもそれを鳴らして、おおごとになって、警察でもきて、事情聴取ってことになったら、全部を話すことになるぞ。場所によっては監視カメラとかあるし。知らない間の自分の行動に赤面するのはお前なんだけど、それでも鳴らすのならどうぞ」
「うぅ……」
イリスが逡巡した後、
「……今日は許してあげます」
と、防犯ブザーをしまってくれた。
安堵したが、そもそも俺はなにもしていないはずなんだよな。
怯える必要も実はない。
「え、と……」
一度会話が止まったことで、見えてくる状況と見えてこない展望が足を止めた。
一応、イリスの要望通りのデートの最中であるんだけど、それは裏であって表ではないため、目の前のイリスとこのままどこにいけばいいのか見えてこなかった。
考えればないわけじゃないが、俺を嫌っているイリスを連れ回すのもどうかと思う。
かと言って帰すとそれはそれでこうして会った意味がない。
デートは建前で、目的は裏のイリスに聞きたいことがあったからだ。
できれば今日中に聞いておきたいこと。
手遅れになったら絶対に後悔するだろうからな。
だから――イリスを帰すわけにはいかないが、連れ回すにも気が引ける状況。
ほんとにどうしよう……。
そう思っていると――、
「あっ!!」
突然の大きな声に、周囲の通行人が声の主を見る。
ただ別段、有名人でもないようで、集まった視線もすぐに散っていったようだ。
この声。
無駄に大きな声量。
そして近づいてくる駆け足の音。
振り向く前に俺の背中に衝撃が走る。
「うぐ!?」
「――兄ちゃんっ、やるじゃん!!」
腕にしがみつくイリスがいるため、倒れるわけにはいかない。
咄嗟に足を前に出し、地面を叩くように踏ん張る。
「っ、とと――危ねえ……っ、だろ! かなたっ!!」
挨拶代わりに俺にドロップキックをしたかなたは、いつも通りゆえに反省の色もなく。
興味津々にイリスに詰め寄った。
「兄ちゃんとイリス副会長って付き合ってるの!?」
「かなたさん!? な、急になにを言って……せんぱいとはそんな関係じゃないの!!」
「えー、そうなの? 兄ちゃんは?」
「イリスとはそういう関係じゃないよ」
「ふーん」
どうせなにも考えてないくせに腕を組んでうんうんと考えているかなたが、
「じゃあさー」
「なんだよ」
「朝、なんでキスしてたの?」
――予兆もなく爆弾を投下していった。
「……見間違いだろ」
「そうかなー。しっかりと、べったりしてたじゃん」
かなたの方が早く登校しているので見ていても不思議ではないが、校庭にいたとは思いにくい……、生徒会室か教室……どちらにせよ遠巻きに見ていたに過ぎない。
いくら視力が良くても、遠くにいる二人組の唇と唇が接触したかどうかなんて分かるはずもない……とは思うが。
「んー、そう言われると、してなかった気もする……んー、じゃあ見間違い?」
「見間違いだって。俺とイリスはそんな関係じゃない。キスするわけないだろ」
「でも、イリス副会長が自分で言ってたけど……」
……それはあれだな、裏のイリスが言ったんだな……。
そうか、恥ずかしげもなくあいつは言っちゃうのかー。
「せんぱい。それとかなたさん」
目が据わったイリスが、俺たち兄妹の肩をがしっと掴んで。
「そのことについて、洗いざらい吐いてもらうから、家にいってもいいかな?」
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