第8話 とあるニュース

 ステイシアによって表面に帰された俺たちは、かなり夜遅い時間になってしまい(それでも母さんが仕事から帰ってくる深夜にはならなかった)、かなたにこっぴどく叱られた。


 作ってくれていた料理も冷めてしまっていたが、それでも待っていてくれたことにせいはと二人で土下座をして謝りながらも、同時に感謝もしている。


「それにしてもよく待ってくれてたよな。かなたならもう食ってると思ってたし」


 せいはが言う。

 それは俺も思っていた。

 部屋の隅っこでスマホをいじっている下の妹のこなたなら、時間と一緒に寝食すら忘れることもあるから可能性はあるけど、かなたは全部ではないにしろ、つまみ食いくらいしてそうなものだったけど……。


「あたしだって、兄妹、水入らずの時間を台無しにしたりしないよーだ」

「……、そう言えばお前、夕方にお菓子を食ってたよな? イリスにお金をもらってさ」


「ぎくう!?」

「なーるほど……さてはお前、お菓子の食い過ぎで夕飯が入らなかっただけか」

「そ、そんなことないもん! 二人を待ってただけ! ねっ、こなた!?」


 そう妹に同意を求めるも、下の妹は見向きもしない。


「お前が嘘ついてるってさ」

「言ってないじゃん! こなたはずっとスマホでゲームしてたじゃん!」

「なんだよ嘘かよっ、じゃあ謝ることなかったじゃんかこのやろ!」

「遅くなったのは謝りなさいよっ! あたしがどれだけ心配したと思ってんの!?」


 それに関してはぐうの音も出なかった。

 言葉に詰まったせいはがかなたに責められ、再び土下座をしていた。

 あいつは相変わらずかなたに兄として見られていないなあ……。

 年が近いからこその距離感なのだろう。


「…………」


 年が近いから、なんて簡単なことなら、悩まなくてもいいのにな。

 下の妹……こなた。

 一つしか違わないかなたにさえ心を開かない。


 もちろん、昔からこんな風じゃなかった。

 家族とさえまともに話さないほど関係を断絶して塞ぎ込んでしまう性格でもない……真逆だ。


 俺とせいはを兄とも思わず、

 かなたのことも姉とも思わず、

 顎で使って話術でころころ転がすような、そんな末っ子だった。


 母親以外、誰も勝てない。

 俺たちに限らず、こなたを前にすれば誰もがあいつを天敵だと思うような性格だ。


 それが今や、学校には通っているものの、淡々と授業をこなして誰とも喋らずに帰ってきて、家でひたすらスマホか読書をしているおとなしい女の子になってしまった。


 これを前進と見るか後退と見るかは人によるかもしれない。

 丸くなった、とも言えるかもしれないが、兄としては今のこなたは間違っていると言える。


 こなたのこれは停滞だ。

 変わろうと挑戦さえもしない。

 失敗を反省さえもしない――いや、できない。


 だからこそ、こなたは前に進めないでいる。

 こなただけの問題ではなかった。


 だから俺たちも、母さんも、手が出せない状況になっている。


 こなたが主犯になり、いじめていた同級生の女の子が、自殺未遂の意識不明状態になり、もう半年も続いている。


 目を覚ます兆しはなく、このまま心臓が止まる可能性は低いらしいが、逆に目を覚ます可能性も低い容態なのだと言う。

 関係者ではないので細かいことは知らない。

 こなたが知ろうにも聞きづらい。


 なにせ主犯だ。

 実行犯でなくとも、主犯であれば全ての責任がこなたに降りかかる。


 たとえこなたの手を離れたいじめの延長線で起きたことが原因だったとしても――、

 自責と罪悪感を抱え続けるのは、こなた自身なのだから。


 だから、ゆっくりでいいと、俺たち家族は決断した。


「さっ、食おうぜ。こなたもな」


 言って、肩まで伸ばした黒髪を撫でる。

 表情は一切変わらなかったが、スマホの電源を切って、ゆっくりと動き出した。



 翌日、登校しながら普段は見ないニュースサイトを見る。


 兄妹共有のスマホは基本的に俺が持ち歩いている。

 母さんと連絡を取るのは長男の俺の役目だ。


 せいはやかなたとの連絡は、こっちからはできないが、公衆電話を利用して緊急時には向こうからくるようになっている。

 そのため家族専用機になっているので、個人的な友人の連絡先は登録していない。

 そんな相手もいないしな。


 ただ、番号だけは伝えている相手もいるため、たまにかかってくることもある。


 ともあれ、ほとんど連絡専用(俺が使う時は)になっているスマホで久しぶりに(初期設定以来か?)ネットに繋いでみた。

 ニュースサイト。

 最近の事件。


 中学生の飛び降り自殺。

 三十から四十代の相次ぐ孤独死。


 行方不明の後に水死体が発見されるなど、様々な事件が起きているが、確かにステイシアの言う通りだ。


 ここ一年くらいを遡って見ても見当たらない。

 細かく探せばもしかしたらあるのかもしれないが、しかし大手ニュースサイトに上がっていないだけで信憑性はかなり高い。


 本当に。


「ない」


 そう、が一つもない。


 それは喜ぶべきことなのだろうけど、

 でも、なくなった分を補うように、自殺が増えてしまっている。


 人が人を殺すことはなくなっても、

 人が死ぬことは変わらない。


「これが、ステイシアの言う世界平和だって……?」


 徹底的に争いごとを消したと言った。

 大きなことを言えば世界各地の戦争が。


 小さなことを言えば、人が人に抱く嫉妬、嫌悪、それらも全て消した――いや違う。


 消したわけじゃない。

 消したと言うなら、


 その悪感情は全て、裏面に押し込まれただけに過ぎない。


「…………赤魔人」


 人の悪感情が裏面に押し込まれたことで、表面で実際にされるはずだった非難が裏面の精神体に炎としてまとわりつく。

 つまりは、そういうことだろう。


「ふうん。だからこそ、炎上、ね」


 赤魔人となった被害者は、炎から加害者を読み取り復讐をしにいく。

 復讐を果たした後は昨日みたいに近くにいた精神体を手当たり次第に襲う、ってことか。


 被害者が加害者になり、

 加害者が被害者になる。


 無関係な人が巻き込まれることを除けば勝手にやっていればいいと思うが……、

 そうも言っていられないか。


 どちらにしても炎に焼かれたダメージは表面の心に影響し、やがて人を廃人化させる。

 その末が、自殺……。


 自殺の多さはつまり、非難の多さにも直結する。


 人が悪感情を抱けば抱くほど、自殺する人数が増えていく、と。

 ……悪趣味な実験みたいだな。


 だが、ステイシアがそれを狙った、わけではないだろう。

 だからこそ、魔法少女がいる。


 廃人化を止めるために魔法少女が赤魔人を討伐し、救済しているのだ。

 ――と、ここまでが昨日ステイシアから聞いた裏面の事情というやつだ。


「システムは分かった。だとすると、分からないことがある」


 ステイシアのことはとりあえず理解した。

 昨日は時間の懸念もあって途中で切り上げたが、気になるのはもう一人。


 イリスの方。


 魔法少女になる契約と引き替えに、


 あいつは一体、なにを受け取った?

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