第7話 小さな管理者

 意識を取り戻したスーツ姿の女性は、きょろきょろと周囲を見渡した後、俺たちに気付きもしないで何事もなかったように去っていった。


 ありがとうの一言くらい、あってもいいんじゃないか?


「こっちから声をかけなきゃ、あの人は表面の本体と同じ行動をするんだよ。

 ちがう行動をしたらそれが問題の証明になる」


「声をかけて反応したら心にダメージがあるってことです。

 無反応ならなにもない……でもそんな人、滅多にませんけどね。

 大なり小なり、みんな悩みごとの一つや二つ持ってるものですから」


 屋上から地上まで降りた俺たちはイリスと合流している。


 上から見渡した時は見間違いかとも思ったが、間近で見れば分かりやすい。

 女性が立っていた地面がさっきまで黒焦げだったのだが、今、元通りに修復されていった。


 人が精神体だと言うのなら、建物や地面もそうなのだろう……。

 世界そのものが、破壊されないものだと推測できる。


 俺たちが例外。

 ……入ってきたらダメな場所だったんじゃ……?


「そもそもアタシの許可なしに入ってこられないはずなんだが……、

 どうやって入ってきたんだよ」


「って、言われてもな……気付いたらここにいた。

 急に俺の真後ろに、さっきの燃えた人間がいて……なんだっけ? 赤魔人だっけ?」


「うん、赤魔人」


「その赤魔人がいたんだよ。で、せいはと一緒に倒すか逃げるか考えている内に、あいつの爆発に飲み込まれそうになったところで――二人に助けられたんだ」


「なんで戦うか逃げるかの二択なんだよ……」

「あ、そうか、救うか諦めるかの二択だったな」


「そうじゃない! 逃げろっ! 二択もいらない、すぐに逃げろ! 

 情けないとか男らしくないとか、誰も言わないんだからっ!!」


 そういう問題じゃない。

 これに関しては他人がどうこうではなく。


 目の前で苦しんでいる人がいて、助けない選択をした自分を許せるかどうかになる。


 ただ、あの時点で見た赤魔人は化け物にしか見えなかったから、逃げるという選択肢も充分に選ぶ余地はあったが……、

 それさえもできず仕留められそうになり、タイミング良く助けられたから選べなかった――と言える。


 あのまま悩んでいれば、逃げた可能性もあった。

 ただ、逃げ切れた可能性はゼロだっただろうけどな。


「さて、と。俺たちはここでもいいけど、場所を変えるか? 

 落ち着いた場所の方が話しやすいと思うけど……」


「……話す? なにが……」


「お前こそバカだなー」

 とせいは。


 すると、ステイシアがぷるぷると肩を小刻みに震わせていた。


「こいつに言われるとか……くつじょく以外のなにものでもないな……っ!」


「まあ、バカまではいかないけど、察しは悪いと思うぞ。

 まさかここまで巻き込んでおいて、はいさよならで俺たちが納得すると思うか?」


 ステイシアがイリスと目配せをする。

 イリスは苦笑して、ステイシアが大きな溜息を吐いた。


「……わかったよ、話すよ。近くの公園でいいよな?」




「なあイリス、この世界って裏面なんだよな?」


「そうですよ。

 表面……赤魔人がいない普通の世界とそっくりな世界って認識でいいと思います」


「似て非なる世界ってことか……」


 公園の近くの自販機の前でイリスと一緒に飲み物を選ぶ。

 ボタンを押しても出てこない……二度繰り返してもだ。

 まあ当然だ。


「裏面でも金は取るんだなーって」


 すると、押してもいないのに飲み物が四本連続で出てきた。

 背後を見ると、ブランコに乗りながらこちらを指差すステイシアの姿が。


「いいから、それ持ってはやくこっちこい」




 ステイシアに合わせてブランコの周りに集まる。

 周りの柵に座る俺とイリス。

 ブランコに乗るせいはと、二人ずつ対面で、だ。


「奢ってもらって悪いな」

「奢ったつもりはないからいい」


 プルタブを開けて、ぷしゅっ、という音を久しぶりに聞く。

 俺たちにとっては滅多に飲めない飲み物だからな。


「兄ちゃん、一日一口で飲めば何日もつかな」

「一ヶ月は伸ばせるだろ」


「二本でも三本でも渡してやるから好きなだけ飲めバカっ!」

「マジで!?」


 バカ呼ばわりされたことよりも、

 もう一本もらえることに反応したせいはが一気に飲み干した。


 勿体ないとは思いつつも、俺も遠慮なく飲み干してしまう。

 そして俺たちは慣れない炭酸飲料に同時に咽せてしまう。


『ぷげふう……し、死ぬかと思った……』

「なんでこんなやつらを助けちゃったのかなあ……」


 助けなかったら俺たち死んでたんだけど……まあ自業自得か。

 仮に見殺しにしていたとして、ステイシアが罪悪感を抱く必要はない。


 背中を擦ってくれているイリスが優しい声で、


「なにから聞きたいですか、せんぱい」

「そうだなあ……じゃあ、とりあえずステイシアのことから」


「……アタシのことか? 赤魔人とか、この世界のことじゃなくて?」


「じゃなくて、だ。そっちも気になるけどその前に、ステイシア、お前はイリスとは違うだろ? イリスは従ってるって感じがする。でもお前は自分の意思で世界を操っているように見える。それは言い過ぎだけど……管理してるように、かな」


「……なんでそう思った」


「自販機のジュース。もちろんこれだけじゃ理由としては弱いと思うけど。ステイシアを見たんじゃなくてイリスを見てそう思っただけだ。関係性は対等じゃない。ステイシアが下でないって分かったから、じゃあ上かなって。イリスより上、じゃなくて、赤魔人と戦う魔法少女よりも上。そうなると魔法少女を統括する管理者とか……?」


 もしくは。


 かなたがよく見ていた魔法少女のアニメの知識になってしまうけど――大体の魔法少女ものには少女が魔法を得る過程で、契約する別の誰かが必要になっている。


 ステイシアはそれなんじゃないかと思った。


「管理者、契約者……ってところ?」

「はずれだ」


 しかし、彼女がすぐさま否定する。


「……いや見当違いってわけではないが……似たようなものか。アタシはもっと万能だ」

「……まさか」


 首を傾げるせいはと俺を見比べて、ステイシアがぼそっとこぼす。


「極端なやつら……。そう、察しがいいな、兄貴の方は」


 ステイシアが人差し指で地面を差し、その意はこの世界という意味だろう。


 裏面の。


 管理者。


 となればだ。



「アタシは――神だ」



 敬えバカども、と乱暴な口調で、


 彼女が可愛らしく、にぃっと笑った。

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