第6話 討伐か救済か

「……え?」


「だからっ、助ける方法だよ! あんな風に化け物みたいになっても人間なら、兄ちゃんもおれも、助けるために動くぞ。当たり前だろ!」


「おまっ、えら! 話を聞いてたか!? 表の肉体のおまえらはけがをしたらそのまま傷になって残るんだぞ!! いっぽ間違えて死んだらなかったことにはできないんだ!!」


 ぱぁんっ、とせいはが拳を自分の手の平に叩きつけた。


「だってさ、兄ちゃん。どうする」

「お前、諦めろって言われて頷くか?」


「ぜってぇしねえ」

「じゃあ同じだ。……で、どうすれば助けられる? ええっと……じゃあイリス」


 黒い外套の少女の名前が分からなかったので、とりあえずイリスに聞いてみた。


「せんぱいらしいね。でも、あの人は助けてって一言も言ってないですよ? 基本的にせんぱいは手を差し伸べられなければその手を取ろうとしないのに……どうして今日は?」


「初めて出会った時、お前は俺に『助けて』って言ったか?」


 考える素振りを見せたイリスが、


「いえ、勝手に助けられました。それで……救われました」


「実際、助けてって言われる方が少ないんだよ。本当に困ってるならそんな言葉も言えないはずだからな。よほど上手く隠していない限りは、そういうの、分かるんだ」


 それでも、誰でも彼でも救うわけではない。

 結局、イリスの件にしたって俺はあいつの拠り所になっただけで、いじめ自体に干渉したわけではない。

 イリスが自分で嫌だと言ったのかは分からないけど、あいつが自分で解決したのだ。


 あくまでも手助けだ。

 一から十まで全てを背負って助けるわけじゃない。


 ただ、弟はそういうところ、自分で全部をやり過ぎる傾向があるが……、

 それも悪いこととも言えないからなあ。

 助けた相手がせいはに依存しなければそういうやり方もありだ。


 ようは人それぞれになる。

 で、今回のこれはどうするべきか、まだ見えない。


 ひとまず助ける意思がないとどうしようもないので宣言してみたが、この世界に詳しい彼女たち頼みになってしまうのが少し心苦しいが、仕方ない。


 気合いで炎の中に突っ込むほど、せいははともかく、俺はバカじゃない。


「……バカだよ」

「なんの策もなく突っ込むつもりはないって。せいはじゃないんだから」


「兄ちゃんっ、おれだってあれに突っ込む気はないぞ!?」

「勇気もないか?」

「そうやって煽るなら、突っ込んでもいいぜ」


 単純な弟が挑発に乗ってきた。

 やっぱり馬鹿だよ。


「それ以前の問題だよ……バカだ、やっぱりバカじゃんかっ」


 呆れたような、だけど笑いをこらえているようにも見えた。

 少女が、細い指で黒い外套のフードをはずす。


 すると、満月のような、長い金髪が溢れてきた。

 日本人離れした碧眼。

 そのまま黒い外套も脱ぐと、赤いセーラー服が見えた。


 デザインは俺たちが通う中学校の制服と同じで、色だけが違う……。


 探せば別の中学の制服なのかもしれないが、今はともかくとしてだ……、

 それよりもこの子、中学生だったのか……? 

 小柄な体型からもう少し下かと思っていた。


 小学四年生とか、五年生あたりかと。


「失礼なことを考えてるだろ、わかるぞ、そういうの」


 高圧的な視線に睨まれ思わず両手を上げる。


「ごめんって、睨むなよ……じゃあどこ中……は言いたくないか。学年……」


 聞くと、さらに強く睨まれた。

 年齢はどうやら禁句のようだ。


「じゃあ、名前は?」

「……ステイシア」


「偽名?」


「本名だ! 宍戸ししどステイシア! 

 お母さんがイギリス人でお父さんが日本人のハーフだけど文句あるか!?」


「いいやなにも。じゃあステイシア。どうすればあの人を助けられる?」


 見上げ、俺たちを見つめる炎に包まれた人間との距離は二百メートルくらいだろう。

 相手からしたら充分に炎の射程範囲のはずだ。


「このビルの消化器を持っていっても大して効果はなさそうだけど……」

「ビルの中に誘き出してスプリンクラーで濡らすとか?」


 せいはと一緒に考えるも、その程度の案しか出てこない。


 火災と一緒にしたらダメだと思うけど、

 俺たちの中の基準がそれなのでそれ以上となると思いつかない。


 そもそも水をかければいいという発想からして違う気がする。


 炎だから弱点が水というのも安易も安易。

 固定概念に囚われてしまっている。


 だったら土で生き埋めに……いや、同じか。

 結局、消火に偏っているだけだ。


 ふうむ、と考えていると、ステイシアが溜息を吐いた。

 額に手をやりながら、


「おまえらができることなんかなにもないよ」

「なにかしらあるだろ。お前らだけでどうにかでき」

「できるんだよ。イリス一人で充分に」


 かつ、という音がして振り向くと、イリスが屋上の鉄柵の上に飛び乗っていた。


「見ててせんぱい。わたしたち魔法少女は、赤魔人を討伐するためにいるの!」

「討伐……? 違うイリスッ、俺たちはあの人を助けたくて――」


 制止の声も聞かずにイリスがビルから飛び降りてしまった。

 真下にまで迫っていた炎に包まれた人間が、落下してくるイリスを見て吠える。



 瞬間、


 炎の柱が雲を突き破る。


 その途中にいたイリスの体が、火柱に飲み込まれてしまった。



「イリスッッ!!」


 振り向いてステイシアを見るも、彼女に焦った様子は見られなかった。


「イリスは強いよ。これまでに何人も赤魔人を討伐してきたから」

「討伐……でも、あれは化け物じゃないって……被害者なんだろ!?」


「……! アタシ、赤魔人が被害者って、言ったか?」


「知るか! どうでもいいだろそんなこと! 望んであんな姿になって自分の意思で攻撃してるわけじゃないなら、誰だろうと被害者だ! 

 だからあの人を討伐して終わりじゃ、後味が悪いだろうがッッ!!」


「安心していい、討伐って言っているけど、実際は救済だから。イリスはあの人を助けるために槍をふるう。あの炎はあの人の心をいまも燃やしつづけてる。赤魔人でいればいるほど、自傷行為はつづいていく……だから倒すことが助けることになる」


 ぱしゅっ、という水風船を割ったような音と共に火柱が消えた。

 真下を見下ろすと、炎が消え、炭のように半身が黒く染まっていた人間の胸に、深々と槍が刺さっていた。


 やがて、ぼろぼろと炭が剥がれていく。

 中から出てきたのは、どこにでもいる、スーツを着た会社員の女性だった。


 槍が引き抜かれると、女性がイリスに体重を預ける。

 女性の体に、貫かれた傷はなく、血も出ていなかった。


 彼女も精神体。

 だから肉体的なダメージはなく、心の方に向かう……でも。


「虚無感とかトラウマとかが、今度はあの人を襲うことになるんだろ……?」


「それに関して助けるひつようはないだろ。あの人は被害者だ。でも、おまえら二人を襲おうとした。いっぽ間違えれば死者が出ていたんだ……それくらいがまんして受け入れるべきだとアタシは思うけどな」


「それであの人が不幸になったらどうする?」


 せいはが噛みついた。

 だけどステイシアは相手にしなかった。


「これから先のことはあの人しだい。少なくとも、今より不幸なことにはならないな。赤魔人になるほど責められて、でもその憎しみは今回で発散できたはず。積み重ねたストレスで自殺することが当たり前にあっても、たった一つの嫌なことがあっただけで命を投げ出すような人が、こんな大人まで成長できたとは思えないよ。だから大丈夫」


 ステイシアが自信を持って言った。


「あの人はね、きっと強いと思う。

 それでも悩むなら、アタシがこの世界で愚痴でもなんでも聞いてやるから」

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