第4話 ようこそ
保健室で目を覚ました時は既に日が落ち、外が真っ暗だった。
首元にまだ違和感が残っているが、部屋の中を何往復かして問題ないことを証明する。
帰宅の許可を出してくれた保健の先生に挨拶をしてから校門を出ると、ちょうど部活終わりの弟と合流した。
「兄ちゃん、倒れたって聞いたけどもういいのかよ」
隣に並ぶ坊主頭。
イリスの同級生。
一年前にボクシング部に入部したため、日に日に筋肉量が増えて見える。
制服の上からだと分かりにくいが、大きめに買ったはずの制服が既にきつそうに見えてしまうくらいには増えているのだろう。
「せいは、か。……俺のことは、倒れたって聞いてるのか?」
「って、かなたが言ってたけど……違うのか?」
あいつ、自分のせいなのに正直に言わなかったな……気持ちは分かるけど。
それに関しては家に帰ってからたっぷりと、だ。
「いや、貧血かなにかだろ、気を付ける」
弟と並んで帰路につく。
久しぶりだ。
部活があるせいはは、いつも今くらいの時間帯になってしまう。
俺は部活をしないですぐに家に帰るので、こんな機会は滅多にないのだ。
「せいはってさ、部の中でどれくらい強いんだ?」
「副部長の次くらいかな」
部長と副部長は確か三年のはずだ……元々ボクシング部は在籍人数が少ないとは言え、それでも上から三番目というのは凄いだろう。
一年前はまったくの初心者だったはずだ。
「兄ちゃんが言ったんだぞ、力がないと守りたいものも守れないって。おれ、兄ちゃんみたいに頭が良くないからな、それをカバーする力がないと、兄ちゃんみたいになれねえ」
「俺みたいに?」
「目につく困っている人、誰にでも手を差し伸べて助けちまうヒーローだよ」
「俺のことをそんな風に思ってたのか? 買い被りだ。守れないものだってある」
「でも守ろうとするだろ? 守れなかったとしてもどうにかする、それが兄ちゃんだ」
しッ、とせいはが拳を突き出した。
かなりの早さで目で追えなかった。
「おれの理想が、兄ちゃんなんだよ」
「もう充分、俺なんか越えてると思うけど……まあ、頑張れ」
「おう!」
俺が倒れたことを知っているかなたなら、
買い物をして今頃、夕飯も作ってくれているだろう。
家に連絡しようとしたが、持っていた兄妹共有のスマホがなくなっていたので公衆電話からかけるしかないが、不運にも小銭もなかった。
別にいいか……せいはと同じ時間帯に帰れたのなら問題はないはず。
母さんは確か深夜まで仕事……となると、妹二人が今、家で二人きりなのか……心配だなあ……かなたが余計なことをしないか、それだけが。
そんなことを考えていると、ふと。
『助けて、せんぱい』
そんな声が聞こえた。
「待て、せいは」
咄嗟にせいはの腕を掴む。
「どうした兄――」
俺の方を振り向いたせいはの顔色が変わった。
カバンを投げ捨て腰を落とし、警戒を前方に向ける。
「兄ちゃん……あれはなんだ?」
「……あれ、ってのは……?」
振り向けば分かる。
振り向けば分かるのだが、そんな簡単なことができない。
パチパチと弾ける音。
夜なのに街灯よりも明るい光源が真後ろにある。
そして、熱い。
背中に突き刺さる熱気が非常事態を証明していた。
火事ならいい……いや、よくはないがそれでもまだ現実的だろう。
だけど、足音。
それが嫌なんだ。
ゆっくりと――意を決して振り向くと。
そこには、炎に包まれた人間が立っていた。
焼け焦げ、全身が黒く染まりつつある人間は髪が抜け落ち男性か女性かも分からない。
黒いボールのようになっている顔は、しかし、口角が吊り上がって見えた歯は白く、黒い背景によく映えている。
それが一段と不気味さを醸し出していた。
あんぐりと、開くはずがない可動域を越えて、大きな口が開いた。
そして、俺とせいはを交互に見て、人間が言った。
『いーただーきまーす』
瞬間、爆発するように膨らんだドーム状の炎が、俺たちを飲み込んだ。
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