第43話 第三魔臣ベルフェゴール
テネブリスは掲げた右手に魔力を凝縮させる。
黒く、重く――見る者を畏怖させるような魔力だ。強大な魔力が
その
この大鎌こそ、ベルフェゴールが古くから愛用する武器であり、唯一の攻撃手段でもある。
その効果とは――――魔力を刈る。
魔力を帯びた攻撃、さらには魔法そのものを刈る事ができる。
そしてこの大鎌に刈られた魔力は、全てベルフェゴールの糧となる。いわば、魔力に対する絶対的な攻撃性能を持っているのだ。
それこそがベルフェゴールの持つ
そのベルフェゴールの
剣とは違って攻撃が大振りであるため、その太刀筋は比較的読みやすい。故に、テネブリスにとっても回避する事は容易い。
「ちぃっ」
ベルフェゴールは舌を鳴らす。
魔法を放つ間際を的確に狙って攻撃をしたにも関わらず、相手は魔法を撃たなかった。まるでこちらの狙いが読まれていたかのように。
(せっかく可愛がってあげようと思ったのに……! あぁぁぁぁ、ムカつく! ムカつく! ムカつく!!)
ベルフェゴールは歯ぎしりする。艶やかな表情が悔しさと怒りで次第に歪んでいく。
その怒りに任せ、
だが、その怒りに任せた雑な攻撃が、逆に回避を困難にさせた。
息もつかせぬ迫力ある
しかし、受けたのは肉体ではなく漆黒の小剣だ。
その名も退魔の剣――
(さすが
テネブリスは微笑する。
七魔臣といえども魔族が魔王に敵う訳がない。魔の頂点、その王。それこそが凄惨たる魔王でありテネブリスなのだ。
そしてテネブリスは、彼のみが使える王たる魔法を発動する。一定の範囲内にいる者全てを対象とする霊位魔法。極黒な魔力による不可侵の魔力障壁に閉じ込め、枷を課すかのように一定時間、身体機能を低下させる。
魔力耐性の低い者は意識を失い、やがて跪くようにその場に倒れる事になるその姿から名付けられた魔法。その名は――――
「霊位魔法――
魔法の詠唱と共に、淀んだどす黒い魔力がベルフェゴールを囲う。あらゆるものを拒絶する不可侵の障壁。それはベルフェゴールの
(こ、これは…………!?)
突如として四方を暗黒の壁で覆われたベルフェゴールは、愕然とする。
この魔力、その正体に心当たりがあるからだ。
心から敬愛するあの御方の魔力の残滓。身体中を刺すような至高の魔力の気配に、ベルフェゴールは恍惚な表情を浮かべ身を歪ませる。
「あ、あぁぁ…………テネ、ブリス様ぁぁあ………………!!」
気がつけば暗黒の壁は消失し、ベルフェゴールは地面に項垂れていた。
立とうとしても全身に力が入らない。脚はがくがくと震え、艶美な口元からは今にも涎が垂れそうになっている。それはテネブリスの魔法の効果でもあり、ベルフェゴールが快感に身を悶えさせているからでもある。
そんなだらしない配下の姿をテネブリスは冷ややかな視線で見下ろす。
「立て、ベルフェゴール」
「はっ……はい…………!」
聞き覚えのある荘厳な口調の命令に、ベルフェゴールの身体と心は素直に従う。
すらりと伸びる脚は未だに震えているが、立てと言われて立たない訳にいかない。七魔臣として、テネブリス様を世界で一番愛している者として、かの御方の命令は絶対であり全てなのだ。
やっとの思いで立ち上がると、テネブリスはベルフェゴールの華奢な首を、片手で掴むように握る。だが、力はそれほど込められていない。
「貴様の眼なら、私の正体に気づけたはずだが?」
「ひっ……ひぃ…………申し訳、あり、ません……!」
ベルフェゴールは苦しみながらも心から謝罪した。
そして意識が遠くなりそうになりながらも黄金色のその眼で、テネブリスを見つめる。
その眼は魔力の流れや潜在量、ひいては魔法の効果までをも見透かす事ができる。
そうして、ベルフェゴールが視たものは――――
何故か姿こそ勇者ルクルースだが、そんな事は今はどうだっていい。
心より敬愛する御方が健在だった。その事実がベルフェゴールの心を悦びで支配する。
今思えば、刺すような視線、荘厳な言葉遣い。畏怖すべき魔力。そのどれもがあの御方にしか視えないではないか。
それに気付かなかったなんて、自分はなんと愚かなのだろう――と、ベルフェゴールは歓喜と懺悔が混じった大粒の涙を頬に伝わせる。
「あ、あぁぁ…………テネ、ブリス様ぁ…………ひっく……」
首を掴まれた挙げ句、笑いながら号泣する配下を目にしてテネブリスは困惑する。
よく見れば、どこか快感に満ちた表情に見える。小さく膨らんだ唇からは涎がだらだらと溢れ出し、目が虚ろになっている。
「ああぁぁぁ……テネブリス、様ぁ。これ、以上…………お続けになられると、ワタクシ…………おかしくなっちゃい、ますぅぅ…………!!」
これ以上は色んな意味でまずい、と危惧したテネブリスは即座に首を掴んでいた手を離した。
愛する御方からの戒めから開放されたベルフェゴールは、ごほんっと
はちきれんばかりの存在感溢れる胸をこれでもかと見せつけながら、下半身がむず痒く感じている事を微塵も隠さずベルフェゴールは改めてテネブリスに謝罪する。
「ゴホンっ……テネブリス様、大変失礼致しました。それと……ありがとうございました」
「あ、あぁ……」
テネブリスは引いていた。
こいつ、こんな奴だったか? と眉をひそめる。だがすぐに、こんな奴だったな、と腑に落ちた。
「ところで、テネブリス様。何故、勇者の姿を……?」
「それは私の方が聞きたいところだ」
「つまり……不明、だと?」
「あぁ。勇者との戦闘の後、気がつけばこの姿となっていたのだ」
改めて言うと、全くおかしな話だ。
魔王としての肉体を失い、気がつけば勇者の姿に意識が宿っている。果たしてそんな事が偶然に起こるのか。もしや、何者かによって仕組まれているのではないか――。
一向に解決しない事態に、そんな邪推すらしてしまう。
「……御身の力になれず申し訳ありませんでした」
「構わぬ。これから私の為に力を尽くせ」
「はっ!!」
ベルフェゴールは深く頭を下げた。これまで全身全霊でテネブリスのために尽くしてきたのだ。これからも、未来永劫それは変わる事はない。
「して……マルバスは何処だ?」
「……恐らく人間の相手をしているかと」
テネブリスは推察する。
奴の事だ。見込みのある者を見定めて戦いを楽しんでいる事だろう、と。だがそれはテネブリスにとっては無意味で無駄な行いにしか思えない。それに今、フェルム達を殺されるのは本意にする所ではない。
「ふん、世話の焼ける……。来い、ベルフェゴール」
「はっ!!」
細長い二本の尾を高速で左右に振りながら、ベルフェゴールは愛しの主に追従していく。夢にまで見た二人きり時間。その時間はごく僅かではあるが、一歩一歩噛みしめるように歩いていくのだった。
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