第32話
唐突な事態の展開についていけなかったのだろう、戸沢は呆気なく脱力し、ばったりと大の字を描くように倒れ込んだ。
「あっ!」
兎にも角にも、相手から武器を遠ざけなければ。僕は戸沢に駆け寄り、拳銃を蹴っ飛ばした。
それから振り返り、ぽかんとしている三人――秀平、愛奈、岳人先輩――と目を合わせた。
「三人共、どうしてここに?」
「どうしてって……普通に通れたぞ」
「普通に?」
「先輩が『先ほどは不覚を取った、今度こそ敵を討つ!』って言うもんだから、先陣を切ってもらったのよ。それだけ、だけど?」
首を傾げる愛奈。その時、僕にはピンときた。
戸沢がこの精神空間を創った時、そこには抜け穴があった。『臆病者なら通過できる』と本人は言っていたが、なるほど、確かに岳人先輩は勇敢だとは言えない。
きっと後輩たちの手前、見栄を張りたかっただけで、内心は戦々恐々としていたのだろう。
僕の頭がそこまで回った、まさにその時。
(ぶわはっ!)
空中でぷかぷか浮かんでいたハネコが、急に飛び回り出した。そのそばでは、逆に凛々子ががっくりと膝を着いた。
「凛々子!」
真っ先に駆け出したのは秀平だ。
「おい凛々子、大丈夫か? どこも痛くないか?」
「秀平……さん……。皆さんは……」
「ああ、無事だ。もちろん優孝もな」
「ありがとう……」
すると、ハネコがそっと秀平に耳打ちするような姿勢を取った。
(いいムードのところ悪いな、秀平。今は、早くこの空間から、皆を現実世界に戻したいんだ)
「ああ、分かった。立てるか、凛々子?」
「ええ、大丈夫ですわ」
そっと凛々子と手を携え、腰を上げる秀平。なんだ、僕よりもよっぽど凛々子のことを想ってあげているじゃないか。凛々子にもそれが伝わればいいのに。
(よーし、じゃあてめぇらを現実世界に帰してやるからな! せーのっ!)
ハネコの合図と共に、白い光に溢れていた空間は崩壊し、クロコや戸沢、テロリストを含めた僕たちは、視覚、聴覚、体感を失って、それぞれの身体に意識を引き戻された。
※
「うーん……」
「ぐっ、頭が痛い……」
「凛々子、大丈夫か?」
「え、ええ……」
僕、愛奈、秀平、凛々子は、それぞれに目を覚ました。以前と同様に、化学部室の長テーブルに突っ伏する形。
ただし岳人先輩だけは、背もたれのついた椅子にだらしなく背中を預け、いびきをかいていた。メンタルが強靭なんだか貧弱なんだか分からない。
ため息をつくと、ひらり、と何かが僕の眼前を横切った。
「あっ、ハネコ、どこ行くんだ?」
(クロコの馬鹿をとっちめてやらぁ。あの馬鹿、どうせ『地球の武器を偵察しろ』って命令を拡大解釈して、母星に持って帰ろうとしてたんだ。そんな必要ねえっての)
「あ、そ、そうか」
(テロリスト共は、今もクロコと一緒に伸びてるはずだ。あたいが場所を特定したらテレパシーで送るから、警察に通報しといてくれ。匿名でいい。念のため、機動隊にも出てもらった方がいいかもしれねえな)
「分かった。ありがとう、ハネコ。ところで――」
僕はゆっくりと視線を先輩の方に遣った。すると、ハネコは一刀両断。
(ほっとけ)
僕たちは視線を合わせ、互いに頷き合って、化学部室を辞した。その後、帰路で何を話していたかは、よく覚えていない。
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