第30話

「あっ、あいつら!」


 闇の向こうに開けた世界で、すぐさま秀平が叫んだ。

 すぐ前方には、逃げ帰ろうとするテロリストの姿が二つ。このまま逃がしては、敵の本隊に僕たちの反撃が報告されてしまう。


 それを食い止めるべく、僕と秀平が駆け出した。しかしその直後、パン! パンパン! と銃声が響き、テロリストの背中は向こう側に倒れ込んだ。


「血気盛んなのは大いに結構! だが、人様の決め台詞を最後まで聞かないのは感心せんな、秀平少年!」

「先輩、止めてもらえます? 『しゅーへーしょーねん』って響きが間抜けなんすけど」

「細かいことを気にするな! ぶわっはっは!」


 いかにもマッドサイエンティスト風の笑い声を上げる先輩。

 そんなことを思いつつ、僕は周囲を見渡した。


「ここって……」


 驚いた。何と、ここは桜滝高校の校舎だったのだ。僕たちは、思いがけない展開に目を丸くした。


「地の利はこちらにありそうね」

「いや、そうとも限らないよ、愛奈。敵の隊長の戸沢って人、ここの卒業生だって言ってたし。それにここは部室棟、比較的古い建物だ。もしかして、あの人が在学中に見つけた秘密の出入り口とかで待ち伏せされるかも」

「げっ、マジかよ」


 狼狽える秀平に、無言で頷く僕。すると、岳人先輩が倒れたテロリスト二人に近づいて行った。


「先輩、どうしたんです?」

「ぎくっ!」


 いや、驚いたからって『ぎくっ!』はないだろう。口で言うなよ。

 と、ツッコミを入れようとしたまさにその時、先輩は振り返って拳銃を取り出した。シリンダーを回転させ、チリチリと空薬莢を落とす。


「すまない、皆の衆。我輩の武器は拳銃だが、弾切れだ」

「はあ⁉」

「ま、まあ話を聞きたまえ、愛奈くん。このリボルバーは、八発装填型に改造されたものなんだ。普通は六発なんだがな。だから、ここまで発砲できたのが奇跡というか何というか……。と、とにかく! 次の武器を手にする必要があるのだよ!」


 テロリストの一人から、自動小銃を取り上げようとする先輩。だが、『きゃわっ!』という珍妙な悲鳴を上げて手を引っ込めた。


「ど、どうしたんです?」

「痺れるぞ、これ!」

「もしかして……」


 僕は考えた。

 前回も今回も、精神世界で武器が授けられていた。ということは、それ以外、すなわち他人に与えられた武器を扱うことはできないということも考えられる。つまり、先輩は得物なし、極論すれば役立たず。

 同じ考えに至ったのか、秀平と愛奈もシラッ、とした視線を先輩に向けた。


「どうかしたのかね、諸君?」

「取り敢えず岳人先輩は、後方警戒をお願いします」


 僕が淡々と語って聞かせると、先輩は『我輩に任せたまえ! ぶわっはっは!』と満足気だった。空気が読めないのも、時として強さになるらしい。


         ※


 ここで、僕たちは臨時作戦会議を行うことにした。残る敵は、十人。

 

「ここで凛々子とハネコを守りましょう。時間を稼げれば、こちらが有利になる」

「待てよ愛奈、一ヶ所に留まっているのはマズいんじゃないか? どこから銃撃されるか分からねえぞ、ここに居座っていたら」

「それもそうね……」

「全員を倒そう」


 その僕の言葉に、残りの三人が顔を上げた。


「相手は犯罪者なんだ。私的制裁はいけないことだけれど、彼らを打ち倒さないと、僕たちの安全は保証されない。戦うしかないと思う」


 しばしの沈黙が、廊下に漂う。それを破ったのは秀平だった。


「そ、そうだな! 確実に全員で生きて帰るには、そうするしかねえな!」

「あたしも賛成。先輩の使っていた拳銃から察するに、あたしたちの武器は、人を殺せるほどの威力はない。つまり思いっきり戦えるってことよね」


 僕が愛奈に向かって頷き、立ち上がろうとした、その時だった。

 バゴン! と廊下の木造の扉が、内側から蹴り開けられた。現実世界では何の部も登録されていない空き教室だ。僕と愛奈は竹刀を、秀平はグローブを構える。


「わっ、わわわ我輩はどうしたら⁉」

「先輩は後ろの化学部室の扉を守ってください!」

「じゃ、じゃあ、我輩の後ろは⁉」

「僕たちが守ります!」


 そう言い終えると同時。破砕されたドアの向こうから倒れ込むように、自動小銃を構えた敵が飛び出してきた。ばら撒かれる無数の弾丸。


「全員伏せろ!」


 すっかり荒事に慣れてしまった秀平が指示を出す。弾丸は天井を割り、壁を削り、窓ガラスを貫通した。


「って、あの武器、殺傷力高いじゃない!」


 叫びながら不平を訴える愛奈。


「愛奈、伏せろ!」


 一旦伏せていた僕は、膝立ちになって愛奈にタックルをしかけた。倒れた愛奈の頭部を貫通する予定だった弾丸は、ちょうど僕の脇腹を射抜く軌道で迫る。そして、当たった。


「ッ!」


 飛び上がるほどの激痛が、僕を襲う。

 きっと今頃、甲冑の内側では、大量出血が起こっているに違いない。僕はこの場で死ぬのか――?


 しかし、いつまで経っても死の瞬間は訪れなかった。それどころか、鋭い痛みは鈍痛に変わり、やがて身動きできる程度には痛みが和らいだ。


「こ、これは、一体……?」


 そう言えば、さっきの先輩の銃撃でも、気絶者は出ても死者は出なかった。弾丸の威力が弱いのか? しかしだとしたら、この廊下を穴だらけにしたことの説明がつかない。

 いや、待てよ。まさか。


「過度に傷つけないように、人に当たった時は自動的に威力が下がるのか?」

(その通りだ、優孝!)

「ハ、ハネコ?」

(お前の読み通りだ、遠慮なく暴れてやれ! 回復の妨げになるから、もうテレパシーはなしだ!)

「了解!」


 自動小銃を構えた敵は、一人ではない。さらに奥の空き教室の扉を破り、敵がどんどん湧き出してくる。

 だが、この廊下は狭い。銃撃戦ができるのは、一度に一人きりだ。一人目が弾切れを起こし、格闘戦に移行する際に生まれる隙。それを埋めるべく、二人目が銃撃を開始する。


「よし、愛奈、あの作戦で行こう!」

「あの作戦? ってまさか!」

「お、おい、何の話だ?」


 あれは、僕が幼い頃、近所の公園で軽いいじめに遭っていた時のことだ。

 愛奈が僕の味方についてくれたのだが、条件が一つあった。それは、僕が勇気を奮い立たせ、前衛に出ていじめっ子に突撃すること。

 滅茶苦茶な作戦だが、闇雲に突っ込んでいった僕の背後から飛び出した愛奈が、いじめっ子を見事にとっちめてくれた。

 この逸話は、未だに近所では語り継がれているという。その作戦名は――。


「ジェットストリーム・アタックだ!」

「はあ? 何言って……あ、いや、了解した」


 秀平の理解は早かった。


「俺が先陣を切ればいいんだな? その後ぶっ倒れるかもしれないが、後は優孝と愛奈に任せていいんだろ?」

「もちろんだ。僕と愛奈でテロリストたちを打ち負かす!」

「分かった、タイミングは俺が勝手に決めるぞ、いいな?」

「任せるわ、秀平!」


 そう言って、伏せたまま秀平の背後に回り込む愛奈。その後方で、僕も待機する。

 敵のうち、二人目の銃撃が止んだ。がしゃり、と金属音を立てながら、秀平が立ち上がる。


「行くぞ!」


 秀平は、あの重い甲冑を着込んでいるとは思えない速度で敵陣に突っ込んだ。

 

「ふっ!」


 突き上げるようなアッパーカットが、一人目の敵の顎に直撃。一瞬で昏倒させる。突然の事態に、敵はまだまともな迎撃態勢を取れないでいる。


「遅い!」


 敵のど真ん中に突撃しながら、秀平は二人目の敵に掴みかかり、強烈な頭突きを見舞った。僅かな鼻血が宙を舞う。

 しかし、秀平を待ち構えていたのは、三人目の自動小銃の射手だった。秀平目がけて、凄まじい勢いで銃弾が吐き出される。


「ぐあっ!」

「秀平!」

「まだだ、まだ終わらんよ!」


 そう言って、僕と愛奈を守るように引き連れながら、秀平は三人目の眼前で跳躍。


「おんどりゃああああああ!」


 そのままドロップキックを蹴り込んだ。


「行け、二人共!」


 そう言って、秀平はゆっくり倒れ込んだ。だが、ここで彼を心配し、足を止めてしまっては、彼の頑張りが無駄になる。

 見えたかどうかは分からないが、僕はぐっと秀平に頷いてみせた。


 愛奈が右に跳んだのを見て、僕は左に跳躍し、敵に狙いを定める。残る敵は七人。

 自動小銃の射手は三人だけだったようで、拳銃の弾丸を回避するのは容易だった。ナイフに至っては、こちらの竹刀の方が圧倒的にリーチが長い。

 僕と愛奈は、我ながら息の合ったコンビネーションで三人ずつ、六人を打ち倒した。


「幼馴染は伊達じゃないッ!」


 そう叫び、肩で息をしながら、僕は残る一人の姿を探した。

 そうだ。隊長である戸沢の姿が見えない。どこだ? 奴はどこに行った?

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