第29話
(優孝、秀平を思いっきり引っ叩け!)
「⁉」
(いいからさっさとしろ! 女子に暴力振るっちゃいけねぇだろうが!)
切羽詰まったハネコのテレパシー。戸惑っている暇はない。
「秀平、ごめん!」
「ん? 何言ってんだ、ゆた――」
バシッ! っと、我ながら強烈な一撃が、秀平の頬を見舞った。
「なっ、何しやがんだ、てめぇ!」
「ぶふっ!」
今度は秀平の拳が、僕の顎を直撃した。手加減はしてくれたようだが、頭がぐわんぐわんと揺さぶられる。
「ちょっと! 突然どうしたのよ、二人共!」
「きゃああ! 優孝様も秀平さんも、お止めになって!」
(待った! ストップストップ! ボクは君たちを無傷で現実世界に帰したいんだ、仲間割れは――)
慌てふためく愛奈、凛々子、そしてクロコ。しかしその狼狽は、一瞬の眩しさによって消し飛ばされることになった。
りりん、と鈴を鳴らしたような音。それと共に、僕たちの視界は真っ白に染まった。
反射的にぎゅっと目を瞑る僕たち四人、それとクロコ。光は一瞬で消え去り、後には派手にぶち破られた鳥籠が残されていた。
「あ、あれ? ハネコとクロコは――」
(馬鹿! 伏せてろ優孝!)
慌ててしゃがみ込むと、僕の顔があったところを何かが通過していくところだった。凄まじいスピードだ。僕は遅ればせながら、『ひっ!』短い悲鳴を上げた。
目だけ上げて見てみると、ハネコとクロコがドッグファイトを展開していた。
(先輩! まだ気絶してるはずじゃ……?)
(詰めが甘いんだよ、このタコ!)
言うが早いか、再びハネコの姿が光に包まれた。
(ちょ、待って、ハネコ先輩! ボクは母星からの命令に従おうと――)
(問答無用ッ!)
次の瞬間、ハネコはぴたりと滞空した。カッと目を見開く。直後、何本もの光の筋が、不規則な軌道を描きながら放たれた。
(うわわわわわわっ!)
あるものはカクカクと折れ曲がり、またあるものはグニャグニャと曲線を描き、クロコを猛追する。やがて、
(そこだッ!)
というハネコの声(?)と共に、白一色の爆光がクロコを包み込んだ。
僕はゆっくりと目を開く。すると、そこではとんだパワハラが展開されていた。
煤だらけになって気を失ったクロコを、ハネコがげしげしと蹴りつけていたのだ。
(ったく、これだから最近の若いのは使えねえ)
「あー、ハネコ?」
(てめぇの任務はあたいの回収だろうに! 余計な真似すんじゃねえ!)
「ハ、ハネコ、今のは一体……?」
(あぁん⁉)
怒鳴りつけられ、身を引く僕。それに代わって、愛奈が問い直した。
「あんたは何したの、ハネコ?」
(この馬鹿の気を逸らして、その隙に結界を破ったんだ。そうでないと、あんたらに武器を授けられないからね)
「武器……?」
(首を傾げてる場合じゃねえぞ、優孝。お前らは一度、精神世界での戦いを経験している)
「い、いや、ちょっと待て」
(何だ、秀平?)
「俺たちはあの時、怪物の首をばっさばっさと斬ったんだぜ? そんな物騒なもんで、人間の相手をするのか? 相手がテロリストだといっても、人殺しは勘弁だぜ」
(心配すんな。誰にどんな武器を授けるか、ちゃーんと準備してある)
足元で呻きながら完全ダウンしているクロコ。彼をよそに、ハネコは短い呪文を詠唱した。
すると、僕の姿が足元から白い光に包まれ、気づいた時にはいつかの甲冑姿になっていた。
同じ現象は他の皆にも起こっており、秀平は西洋甲冑、愛奈はプロテクターを纏った女性騎士、凛々子は魔導士っぽい格好だ。
しかし、それぞれの武装が違う。
「あー、ハネコ? どうして僕と愛奈の武器が竹刀なの?」
「そうだぜハネコ! 俺なんかメリケンじゃなくてグローブだぞ! これで拳銃に立ち向かえってか?」
「わたくしの魔導書にも、大規模な破壊魔法は載っていませんわね……」
(まあまあ落ち着きやがれ、皆の衆!)
ハネコはぞんざいに腕を振った。
(精神世界で死ぬと、精神を身体に戻した時に、致命的な脳機能障害が起こる可能性があるんだ。テロリストの連中はそれを知っているから、お前らを人質として扱う以上、致命傷を負わせることはねえ。だったらこっちも、手加減するしかないわな)
ふと、気になることが一つ。
「ハネコ、今の僕たちの現実世界での身体はどうなってるんだ?」
(無事だよ。テロリストはお前らの精神を人質に取ったんだ。お前らの居場所も、明確には掴めていない)
「じゃ、じゃあさ! 僕たちの精神を身体に戻してくれよ! それで警察に通報すれば――」
すると、ハネコはいつになくしょんぼりとした様子で項垂れた。
(すまねえ、クロコの結界を破るのに力を使っちまってな……。いっぺんにお前らを現実に戻す力が残ってなかったんだ。だから、戦って時間稼ぎをしてほしい。凛々子、あたいに回復魔法をかけてくれ。皆はその間、あたいと凛々子を守ってくれ)
僕が状況を鑑みている横で、威勢よく声を上げる人物がいた。秀平だ。
「それならお安い御用だぜ。凛々子、お前を守ってやるよ。命懸けでな」
「し、秀平さん……」
この時の秀平の所作はバッチリ決まっていた。まあ、西洋甲冑で目元しか見えなかったのだけれど。
しかしそれが起爆剤になったのか、凛々子は静かに呪文の詠唱を始めた。薄ぼんやりとした、桃色の光に包まれるハネコ。あれが回復魔法なのだろう。
「で、ハネコ、敵はどこから来るの?」
(えーっと、それは……)
ハネコが言い淀んだ直後、
「全員動くな!」
再び視界が開け、明るくなった。真っ白い空間に、五名のテロリストの姿がある。
三人は至近距離でナイフを構え、二人はやや離れたところで拳銃と自動小銃をこちらに向けている。隊長である戸沢の姿は見えない。警察との交渉に専念しているのか。
敵の武器がナイフだけならまだしも、銃器を持っていられるのが厄介だ。殺されはしないとしても、僕たちが行動不能になる可能性が高い。すなわち、凛々子の呪文詠唱が妨げられる、ということだ。
「全員武器を置け。呪文の詠唱も止めてもらおう」
ジリジリと距離を詰めてくるナイフ男。
しかし、この場にいる全員にとって思いがけないことが発生した。
パンパンパン! と銃声が轟いたのだ。崩れ落ちる、拳銃男。
はっとして振り返ると、そこにいたのは――。
「我輩を忘れてもらっては困るな、諸君!」
岳人先輩がいた。西部劇に出てくるような格好をしている。テンガロンハットの下で葉巻を咥え(ただし火は点いていない)、茶色のベストに色褪せた青のジーンズを穿いている。
元から着用していた眼鏡が恐ろしく似合わない。
「あれ? 先輩、いたんでしたっけ?」
僕の言葉に、先輩はガクッと体勢を崩した。
「酷いな優孝くん! 今度は我輩もやって来たのだ、精神世界とやらに!」
しゅるり、とリボルバー式拳銃をホルスターに仕舞い込み、早撃ちの構えを取る。
あ、ちょっとカッコいいかもしれない。
再び拳銃男の方を振り返ると、呻き声を上げながら伸びていた。眉間には、デコピンでも喰らったような赤い斑点が見られる。
「てっ、てめぇ!」
得物を構える自動小銃男。しかし先輩は、キュッ、とブーツの音を立てて勢いよく振り返り、再び連射。相手に撃たせる間もなく、今度は二発でケリをつけた。
フッ、と銃口に息を吹きかけ、再び拳銃をホルスターへ。
「どうかね、皆の衆! 我輩を見直し――」
「危ない!」
飛び出したのは愛奈である。ナイフ男が、まさに先輩の背に得物を突き立てようとしているところだった。
「はッ!」
「うおっ!」
屈みこんだ姿勢から繰り出された、弾き上げるような斬撃。男は堪らずナイフを取り落とし、後方に突き飛ばされる。
そのまま連続する突き出しが男の鳩尾にめり込み、昏倒させた。
「一旦退くぞ! 戸沢隊長に連絡!」
「あ、ああ!」
残るナイフ男二人は、呆気なく暗闇の方へと退散していった。
さて、ここで問題が一つある。『時間』だ。この前も議題になったことがあったが、今回はシンプルな時間勝負である。
まず、ハネコの回復がすぐに済んでしまえば、僕たちは現実世界に戻ることができる。
しかし、回復に時間がかかってしまうと、数で勝るテロリストたちに呆気なく制圧されてしまう。しかも今度は、ハネコの身に危険が及び、最悪、現実世界に帰れなくなるかもしれない。
戸沢は『お前たちを傷つけるつもりはない』と言っていたが、部下が三人も倒された今、考えを改める可能性も大だろう。
「攻めに出よう」
僕は皆に振り返って、そう告げた。
「攻めるって……。相手は武装してるんだぜ?」
「僕たちの体感は、この前怪物を倒した時と同じように身軽だ。きっとこれは、この甲冑や装備の特典なんだと思う。僕たちは少しだけ、テロリストより有利なんだ。ハネコが復活するまでどのくらいかかるか分からない以上、敵はやっつけた方がいいと思う」
すると、顎に手を遣っていた秀平が一言。
「お前、変わったな。優孝」
「えっ?」
「何でもない。愛奈、先輩、準備は?」
「大丈夫!」
「フッ、我輩の辞書に敗北の文字は――」
「よし、行くぞ!」
先輩の決め台詞をすっ飛ばし、秀平はゆっくりと暗闇に足を踏み込んだ。
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