第28話

「ハネコっ!」


 駆け出そうとした僕は、暗闇からずいっと出てきた腕に突き飛ばされた。堪らずに尻餅をつく。


「動かない方がいいぞ、小僧」


 クロコとも異なる、図太い男性の声。腕も人間のものだった。


「クロコ、灯りを点けてくれ」

(いいのかい、隊長さん?)

「構わん。もう彼らに対抗手段はない」

(りょーかい)


 三度指を鳴らすクロコ。すると、視界がいっぺんに晴れた。しかし、その真っ白い空間にいたのは、暗い想像を駆り立てる者たちだった。

 拳銃。ナイフ。自動小銃。そんな物騒なものを手にした男たちが、ざっと十五人。ちょうど円を描くように、僕たちに得物の矛先を向けていた。


「我々は、皆が言うところのテロリスト、武装犯罪集団だ。未確認飛行物体の後を追って日本に、そしてこの街にやってきた」


 流暢な日本語である。思いの外、隊長とやらの口調は柔らかだったが、その左目(右目には眼帯をしていた)には冷酷な光が宿っている。

 僕は尻餅をついたまま、彼を観察した。最新型の防弾ベストを身につけ、左腰にホルスターを提げている。部下たちの落ち着きぶりを見るに、きっと全員が同じくらい最先端の武装をしているに違いない。


「諸君らには、我々の人質になってもらう。ここは精神世界であるから、物理現実での諸君らの身体も存在するわけだが、どちらにも危害を加えるつもりはない。ここでじっとしていてもらえば、それでいいんだ。我々の目的が達せられ次第、諸君らの精神を身体に戻し、意識を回復させる。後遺症は出ない。そうだな、クロコ?」

(もっちろ~ん! ボクがそんなヘマをするわけないじゃんか!)


 ドヤ顔で胸を張るクロコ。その子供っぽい所作と、ギャングのような服装がミスマッチして、逆に不気味さを生じさせている。


「では、人質の見張りを頼む。通信士! 日本政府への通告はまだか?」

「はッ、現在警察組織の高官たちに、テレパシーを送っています」

「よし。反応があるまで繰り返せ。向こうに用意ができたら、私が話す」

「了解」


 ううむ、テロリストというより軍隊みたいだな。すると、僕たちを包囲していた男たちはゆっくりと引き下がり、周囲は再び闇に包まれた。スポットライト状態である。


 僕たちが状況の把握に努めていると、クロコが一言。


(ま、皆座ったら?)

「んだとこの野郎!」


 秀平がぶんぶん腕を振り回し、クロコに掴みかかろうとする。しかし、クロコは差し出される腕を、ことごとく回避した。


(落ち着きなって! 彼らとボクの関係については、ちゃんと説明するからさ!)

「説明……?」

 

 動きを止めた秀平を前にして、再び『座ったら?』とクロコ。


(ボクにもボクなりの任務があるからね。大したことじゃないんだ、まあ聞いておくれよ)


 憮然とした様子で腰かける秀平。愛奈と凛々子もそれに続く。


「じゃあ、話してもらおうか。お前たち宇宙人と、あの男たちの目的を」


 僕の言葉に、クロコは人懐っこい笑みを浮かべて『いいとも!』と一言。


(まずは、あの武装集団の目的から話そうか)


 クロコは右手を掲げ、ぴんと人差し指を立てた。


(彼らの狙いは一つ。この学校の保持している研究データを盗み出したいのさ)

「この、僕らの桜滝高校が狙われてた、ってこと?」

(そう。だから君たちを人質にしたのは偶然じゃない。学校を脅かすにはうってつけだろう?)

「んだと? ざけんな!」

(まあまあ、ボクに向かってカッカしないでよ、秀平くん。ここからが重要なんだ。大学や研究所は数あれど、どうしてこの高校が狙われたと思う?)


 僕たちは黙り込んだ。

 確かに、この桜滝高校は、高校にしては珍しい取り組みを行っている。先進的な研究内容を授業に組み込んだり、勉強以外でも何らかに秀でた生徒を募集したり。

 しかし、それは大学に進めば自然と行われることだ。それに、研究機関を狙うんだったら、アメリカやドイツなどでもいい。日本に限らない。


 そこまで考えた時、黙考している僕たちの頭蓋を震わせるような言葉がクロコから発せられた。


(あのテロリストの隊長、ここの卒業生なんだ)

「なっ!」


 短い悲鳴は愛奈のもの。僕、秀平、凛々子の三人は、息を飲むので精一杯だった。


(この学校、セキュリティは進歩してるし、パスワードもとっくに変わってるけど、地の利はこちらにあるからね。侵入経路と逃走経路、それにこの街全体の危機管理体制を把握するのはお手の物ってことなんだろうな)

「そ、そんな……」


 呆けたように呟く僕。クロコの会話に斬り込んだのは、意外なことに凛々子だった。


「どんな人だったんですの、隊長さんは? 教えてくださるんでしょう?」

(気になるかい? まあ、ボクの知ってる限りのことでよければ教えてあげられるけど)

「頼むわ、クロコ」


 愛奈も加勢する。クロコは承知したように頷き、おどけたようにひらひら舞い始めた。


(彼の名前は、戸沢隆一。年齢までは聞いてないけど、この星の軍事関係者の間では、名の知れた殺し屋だって聞いてるよ)


 こ、殺し屋? そんな怖い存在がこの街に忍び込んでいたのか? そんなこと、俄かには信じ難い。

 だが、クロコの裏表のなさそうな表情からは、嘘の気配は感じられない。やはりこの街、この学校が狙われていたことは間違いなさそうだ。


「ふざけやがって、畜生……。なあ、その戸沢って野郎、この学校に恨みでもあんのか?」

(さあ? 個人的なことはねー、ボクも積極的に読もうとは思わないんだ。でも、確かに怒りの色はあったねえ)


 あぐらをかいて悪態をつく秀平に、おどけた様子で答えるクロコ。

 今更ながら、ここ最近この街で報じられていたニュースを思い返した。監視カメラが潰されたとか何とか……。それは、このテロリスト連中の仕業だったのか。


「じゃあクロコ、君の目的は何なんだ?」


 一呼吸置いて僕が尋ねると、クロコは空中で静止し、自分の前で両手を振った。


(そんな怖い顔しないでよ、優孝くん! ボクの目的は、この星、地球で行われている戦闘行為、及びそれに使われている武器のデータを収集することなんだ)

「目的は?」

(残念だけど、ボクたちはいつ現れるとも知れない精神捕食生物に怯えながら暮らしているんだ。何せ、君たち地球人とは比較にならないほど、寿命が長いからね。この前倒してもらった怪物――ヤマタノオロチ、だっけ? あいつみたいな怪物の親玉が、いつ現れるか分からない。そこで、争いを続けている知的生命体がいないか探し回ったら、この星にいたわけさ)

「僕たち地球人を野蛮だとでもいいたいのか?」

(滅相もない! 争いは、時に新たな思想や技術を生み出す土壌となる。ボクたちからしたら、君たちは十分上手くやっているよ)


 全く嬉しくない褒め方をされ、僕は俯いた。

 すると、今度は愛奈が質問役を買って出た。


「クロコ、あんたはさっき、あんたとテロリストの関係を話す、って言ったわよね? 一体それは、どういうことなの?」

(ボクが先輩、あ、ハネコさんのことだけど、彼女の救出の任務に就いた時、この星の戦いや争いに関わるデータを、できるだけ集めてくるよう指示されたんだ。もちろん、得た情報は自衛のため、ボクたち種族の存続のためにのみ使うつもりだよ。それを考えたら、やはり直接争いに携わっている現地人とコンタクトを取るのが定石だ。だけど、この星の社会構造はややこしくてね! あんまり騒ぎを大きくしたくないボクとしては、ひっそり活動する『テロリスト』という集団に目を付けた。そうしたら、とんとん拍子に戸沢たちのグループに合流できた、ってわけ)


 愛奈は立ったまま、じっとクロコと目を合わせていた。


「でも、人質事件なんて起こしたら、大変な騒ぎになるわよ?」

(だからこっそり精神世界だけにとどまっているんだよ、ボクは。騒ぎになったら、その責任は全部テロリスト側が取る。ボクは言わば、彼らに便乗してデータの収集に明け暮れている寄生虫みたいなもの。それだけさ)

「じゃあ、さっさとあんたの目的を果たしなさいよ。早く地球から出てって」

(そうしたいのは山々なんだけれどねえ。戸沢が言ってたよ、この作戦が上手く行ったら、ボクにこの星の最新兵器のデータを寄越す、って。だから今は、ボクは彼らと共闘関係を続けるしかないのさ)

「それが理由なんだな? 俺たちをこんなシケた精神世界に閉じ込めて、ハネコの意識を奪った理由は」

 

 秀平の言葉に、頷くクロコ。


(そうだねえ、ハネコ先輩は任務に忠実というか、人情深いところがあるからねえ)


 ちなみに、クロコはハネコを装って、秀平、愛奈、凛々子にテレパシーを送ったのだという。三人がまだテレパシーの受信に慣れていないからだ。

 僕なら、クロコがいくら偽っても、テレパシーの主がハネコでないことを察しただろう。


 そんなことを考えていると、ふっと脳に馴染んだテレパシーの波動が、僕の脳裏に鋭く突き刺さった。

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