第24話
※
その日、僕は完全に上の空だった。昼休みにまた凛々子に『お昼ご飯、是非ご一緒に!』というお誘いを受けたが、何と返答したのかすら覚えていない。
愛奈や秀平が怪訝な顔でこちらを見ていたが、だからどうしたというのだ。嫌うなら嫌えばいい。どうせお前らのことなんて、理解しきれないのだから。
そして、放課後。流石に空腹を感じる程度には回復した僕は、さっさと帰って夕飯の準備にでも、などと思っていた。
そんな僕に、声を駆けてくる人物が一人。
「あの、優孝様?」
「んあ、凛々子か……」
昼休み以来、四時間ぶりである。
「もしよろしければ、わたくしのことも占ってほしいんですの。あなたとハネコさんに」
「ああ、そうか。凛々子は僕がどうやって他人の心理を読むか、知ってるんだもんね。いいよ」
「ありがとうございます、優孝様」
「でも、どこで話そうか? 空き教室も、今は放課後の清掃が入ってるだろうし」
「屋上が空いてますわ。今日は天気もいいですし」
ちょっと寒いが、まあいいか。
「うん。それじゃ、行こうか」
「はい!」
威勢よく返事をする凛々子。
また不吉な話を聞かされるのだろうか? 勘弁願いたい。でも、凛々子にはお世話になっているし、断りづらいことこの上ない。
僕は彼女から半歩遅れるようにして、階段を上って行った。
「よいしょっと」
凛々子が屋上への扉を開錠し、押し開ける。僅かに冷気が吹き込んできたが、朝よりはだいぶマシだった。見上げれば、凛々子の言った通り晴天である。
僕が屋上に出ると、背後で音がした。がちゃり。
「ん?」
「申し訳ございませんわ、優孝様。あなた様とハネコさん以外の方々には聞かれたくないことですの」
そう言うと、凛々子はぽっと顔を赤らめた――とでも言えればよかったのだが、その表情はなかなか優れない。この晴天下、明るさ故に影が濃く見えてしまう。
しかし、凛々子は果敢にも顔を上げ、僕と目を合わせた。
「わたくしが、あなた様をお慕い申しているいることは、ご存知ですわね?」
「う、うん」
「問題はそのことなんですの……。昨日、わたくしたちが宇宙人の方々の代わりに怪物をやっつけましたわよね? その時、悟りましたの。ああ、優孝様には愛奈さんが相応しいのだと。わたくしの出る幕などないのだと」
「……ごめん」
「いえいえ! 幼馴染を大切になさって、いつしか惹かれ合うようになるのは、自然なことですわ。優孝様は優孝様。わたくしがどうこう言える問題でないことは、承知しておりますのよ」
両手をひらひらさせる凛々子。僕に罪悪感を抱かせないようにと、気遣ってくれている。そのくらいは、感情バーを見なくとも分かる。
しかし、問題はここからだった。
「わたくし、怖いんですの。優孝様をお慕いすることで、この数日、慣れない高校生活を乗り切ってまいりました。しかし、あなた様を諦めるということは、わたくしの心の主柱が折れてしまうような、胸中の花が枯れ萎んでしまうような、そんな感覚ですの」
「そ、それは……」
返す言葉もない。
いつも自由奔放に、しかし真面目に生きていた凛々子。そんな彼女の胸中で、花が枯れてしまうとは。
ふと、平均よりだいぶ大きな凛々子の胸に視線が行きそうになって、僕はぶるぶるとかぶりを振った。今はそれどころじゃない。
「問題は、わたくしの失恋ではございません。言ってみれば『二次被害』でしょうか。頭では状況を受け入れられるのに、心がついてこないというか。悲嘆に暮れて日常生活にも支障が出ております」
僕はぱっと目を見開いた。日常生活に支障が? そこまで凛々子は僕を想ってくれていたというのか? ハネコという強力な味方がいるにも関わらず、それに気づけなかったなんて、何と情けないことか。
もう、凛々子に土下座でも何でもしたいところだった。しかし身体は、特に手先と膝は震えてしまい、そんなこともままならない。
「お詫びのしようもございませんわ。優孝様を困らせるようなことしか申し上げられなくて……」
「そっ、そんなことはないよ!」
ぐっと顔を上げる。大きな声を出すことで、凛々子の自責の念を吹っ飛ばそうとする僕。
しかし、その時の凛々子の表情は、意外なものだった。微かな笑みを浮かべていたのだ。
「そういうお心の広い方だからこそ、愛奈さんも惹かれるわけですね。それを確かめたかっただけですの。ごめんなさい」
飽くまでも優雅に、マイペースにお辞儀をする凛々子。毅然とした彼女の態度に、逆に僕はおろおろしてしまった。
「風が強くなってきましたわね。戻りましょうか」
無言で、しかも頷くことすらままならない。僕はふらふらと、凛々子に続いて校内に引っ込んだ。
※
「優孝? おーい、優孝!」
僕を呼ぶ声と共に、何かが僕の眼前で振れている。これは、人間の手か。
声からその手の主を確認した僕は、ぼんやりと目を上げた。
「ああ、秀平……」
そう呟くと、秀平はサングラスを取ってずいっと顔を近づけてきた。
「お前、凛々子と何かあったのか?」
この言葉だけを見ると、秀平は、僕と凛々子の仲を窺おうとする怪しい人物だと思われるかもしれない。
しかし、それは誤りだ。秀平は眉間に皺を寄せ、落ち着いた瞳で僕を見下ろしている。
そっと水晶玉に触れてみると、灰色混じりの水色――心配の気持ちを抱いていることが分かった。
ふと左の席を見る。凛々子は既に帰宅したらしい。
僕は一つ、大きなため息をついてから、先ほどの屋上での顛末を秀平に語って聞かせた。
「なるほど。色恋沙汰といっちゃあ、俺は蚊帳の外だからな。何とも言えねえが」
「そんな! 秀平だって……」
すると秀平はサングラスをかけ直し、力ない笑みを浮かべてこう言った。
「そういう優しい嘘をつける、ってのも大事なことだぜ」
「嘘なんかついてない!」
「まあ落ち着け。お前と愛奈がくっつけば、凛々子は他の真面目そうな男子に惹かれていくだろうよ。俺の出る幕はねえんだ。そのくらいは察しがつくさ。外野席の俺でもな」
落ち着いて、淡々と語る秀平。その態度が真摯であるがゆえに、僕は二の句を告げないでいた。
「お疲れのところ悪いんだが、俺の相談にも乗ってくれねえか。色恋沙汰じゃねえんだが、人間関係の範疇だ。お前の守備範囲だろ、なあハネコ?」
声を潜めて付け足した秀平に呼応し、水晶玉が微かに熱を帯びた。
「分かったよ、秀平。三人で話し合おう。場所はどこがいい?」
「おあつらえ向きの場所がある。あんまり綺麗じゃないけどな」
んん? どこのことだ?
※
帰り支度を済ませ、秀平と共に歩いていった先。そこは、
「本当にここでいいのかい? 化学部室だけど」
「ああ、いいんだ。話が広まるのは困るが、オーディエンスが一人――岳人先輩、だっけ? 増えるくらいは問題ねえよ。さ、入るぜ」
秀平がやや強めにノックする。
「岳人先輩、いますかあ?」
すると唐突に、扉が勝手に開いた。と同時に、僕と秀平は細長い腕に首根っこを掴まれ、引っ張り込まれた。
「静かにしたまえ! いや、それよりもこれを見て驚きたまえ、諸君!」
どっちだよ。
そんなツッコミを飲み込む僕の前で、岳人先輩は何やら準備をし始めた。スクリーンを展開し、プロジェクターを始動。そこにあったのは――。
「何ですか、これ?」
「しゃらっぷ!」
ううむ、完全に先輩のノリに乗せられている。
「二人共、この写真を見たまえ! 我輩が丹精込めて切り抜いた、昨夜の地方紙の三面だ!」
「見りゃ分かりますよ、んなことは」
面倒くさそうな態度で、秀平が非難がましく告げる。
記事には、『上空に未確認飛行物体か⁉』との見出しがある。どこのオカルト紙だ。
「これだけじゃあないぞ! こっちも見たまえ!」
今度はネットのニュース記事だった。なになに……?
「全国からUFO信奉者が続々?」
「そうとも!」
がばっ! と両腕を広げながら、先輩は高らかに宣言した。
なるほど。特に話題性のないこの街が、全国世界規模で注目されているとなれば、先輩も黙っていられなくなったのだろう。
正体を知っている僕と秀平からすれば、驚くべき点はなかったが――ん?
「あの、先輩」
「何かね、優孝くん!」
「ここに書いてある、『テロリストが暗躍』って何です?」
「ああ、それか」
珍しく先輩は怪訝そうな顔をして、顎に手を遣った。
「未確認飛行物体との関連は分からんが、最近この街で暴れ回っているらしい。死傷者はなし、しかし目撃者もなし。手練れの武闘派の連中が、この街の監視網を掻い潜って何かをするんじゃないか? という噂だ。時期的に見て、未確認飛行物体との関連が濃厚と言えるだろう」
死傷者なし? なら特に問題視する必要はないのではないか。
って、その話をしにここに来たわけではない。本題は秀平の人生相談だ。
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