第19話
「ふっ!」
僕は膝に力を込めて、横っ飛びして回避した。刀のみならず、全身が軽い。
僕の肩を掠めて伸びた首に、僕は容赦なく斬撃を喰らわせた。
「はあっ!」
ギャオッ、と短い悲鳴を上げ、呆気なく切断される首。ぱっと青い鮮血が飛び散り、ごとり、と嫌な音を立てて頭部が落ちた。これで頭一つ。
すると、今度は二本の首が同時に迫って来た。
「愛奈、秀平、頼む!」
僕はそう叫び、右の首を秀平の方に蹴りつけ、左の首を屈んで避けた。
「うおらあっ!」
秀平の拳が唸る。ばきりっ、と嫌な音を立てて、右の首は木端微塵になった。すぐに引っ込められる、首の残りの部分。
左側から獣の悲鳴が上がる。愛奈のレイピアが、三つめの頭部の目を串刺しにしていた。
「愛奈っ!」
愛奈のレイピアでは、一撃では倒せないのか? しかし、僕が助太刀するまでもなく、愛奈は膝打ちと肘打ちを連続で叩き込んだ。頭部がぐしゃぐしゃに丸め込まれる。
レイピアは、僕の刀や秀平のメリケンサックよりは威力が劣る。その分、使用者の負担が小さいのか。
いずれにせよ、これで三つの頭部を破壊することができた。残り五つ。
その五本の首はと言えば、互いに顔を突き合わせるようにして短く吠えている。作戦会議でもしているかのようだ。
それに応じて、別な動きがあった。秀平が凛々子のそばで耳打ちしている。
僕と愛奈は、自分の得物を怪物に向けたまま、すり足でそちらに近づいた。
「凛々子、お前、武器はないのか?」
「何を言うんです、秀平! そんな物騒な! わたくしには似合いませんわ!」
「こういうのは、全員で力を合わせないと勝てない仕組みになってんだよ! お前も何かしろ!」
「何かって、何を?」
「そ、それは……」
後頭部に手を遣る秀平。それを見て、愛奈はやれやれとかぶりを振った。そして、『あ』と一言。
その視線の先を追う。そこには、僕が先ほど目に留めた魔導書が、凛々子の左腕に握られていた。
「それだ!」
僕は叫んで魔導書に手を伸ばす。しかし直後、バシッ! と紫電が走り、僕の手を撥ねつけた。
「うわっ!」
「どうやら、凛々子にしか使えないみたいね」
「そう淡々と言わないでくれ、愛奈! 結構痺れるんだよ、これ!」
「凛々子、何か感じない? こう、自分の身体に力が漲ってくる感覚とか、ない?」
「と、突然そう言われましても――おや?」
すると突然、凛々子は魔導書を猛スピードで捲り始めた。
「ど、どうしたんだ、凛々子?」
「これですわ!」
横から顔を突っ込んできた秀平に、凛々子は魔導書を開いてみせた。僕と愛奈も続く。
「全く読めないな……」
「そうですわね、優孝様。でも、わたくしには分かります! この本が語りかけてくるんですの!」
「で、何かできるのか? 攻撃とか回復とかあるだろ?」
「ゲームと一緒にしちゃ駄目だよ、秀平! 油断すると――」
「男二人! 黙りなさい!」
愛奈に一喝され、顔を引っ込める僕と秀平。
その時、湖の方から殺気のようなものが迸り、僕の背筋を凍らせた。秀平もまた怯んだ様子。甲冑のせいで表情は分からなかったけれど。
さっと振り返り、刀を構える。すると、斬り落としたはずの三本の首が、その断面から回復していくところだった。
にょきにょきと不気味に伸びだした首は、やがてその先端に大きな牙と顎を造り出し、ぶるぶるとかぶりを振って復活を果たした。
「ど、どういうこった……?」
「まさか、落とした頭部が回復するなんて、どうやって倒せばいいのよ?」
呆然とする秀平と愛奈。だが僕は、もう一人の方を見つめていた。
「凛々子、何を見つけたんだい?」
「えーっと、アルティメット・ボンバー……? ああ、どうやらこれを使えば、この程度の怪物なら一撃ですわ」
「じゃ、じゃあ早く発動してくれ!」
「むむむ」
凛々子は眉根に皺を寄せた。
「これ、呪文の詠唱が必要みたいなんですけれど、だいぶ長いですわね」
「長いって?」
「詠唱を始めますけれど、数分はかかります。それまでの間、守っていただく必要がございますわ」
数分、という言葉を脳裏に浮かべ、怪物の方に向き直る。怪物の方は既にやる気満々といった様子で、僕たちを見下ろしていた。
「詠唱を始めろ、凛々子! お前は俺が守る!」
「俺『たち』でしょ、秀平! 優孝も早く、攻撃準備!」
「りょ、了解!」
そう答えながら、僕は怪物に向き直る。その直後、橙色の光と熱波が、僕に襲い掛かって来た。
「くっ!」
急いでサイドステップ。回避には成功したものの、その光の正体が分かって、僕はぞっとした。
「冗談じゃねえぞ! こいつら、火を噴いてくるじゃねえか!」
秀平の言葉通り。怪物は、口から炎を噴出させていた。
射程は長くないし、呪文詠唱中の凛々子には届かない。だが、飛び道具のない僕たちにとっては大きな脅威だ。
刀を握る手が汗ばむ。僕がごくりと唾を飲むと、ぐわり、と怪物が僕に狙いを定めてきた。
首一本ではない。三本だ。僕の正面と左右のそれぞれに素早く展開している。左右の首が僕のサイドステップを妨害し、正面の首が炎を浴びせるつもりだ。
首ならまだしも、炎のような不定形のものは斬ることができない。回避もできない。
どうしたらいい?
僕が死を意識し、目を閉じかけた時だった。
ぐっと僕の身体が引っ張られ、急に上昇に転じた。
「ぐわ!」
「全く、見ちゃいられない!」
「あ、愛奈?」
僕は甲冑の後ろ襟にあたる部分を掴まれ、宙を舞っていた。
「どっ、どどどどうしたんだ⁉」
「黙ってなさいよ、騒がないで!」
空中にいた時間は僅か。炎から遠ざかったところで、僕は呆気なく落とされた。
「うわあっ!」
湿った地面がクッションになり、僕は怪我なく安全地帯に落下した。転がって、すぐさま刀を構え直す。
はっとして上を見上げると、愛奈が空を蹴っていた。
「な……⁉」
伸びあがって、僕たちの射程外に逃れる怪物の頭部。それに追随し、愛奈はレイピアを振るった。
そうか。愛奈は攻撃力を犠牲に、機動性を手にしたのだ。
「愛奈! 上からコイツらを思いっきり突け! 下りてきた首を、俺と優孝でぶっ潰す!」
僕の思っていたことを、秀平が言葉にしてくれた。
了解の意を示す代わりに、愛奈は猛攻に出た。数多の牙を回避しながら、レイピアを自在に操る。
怪物の短い怒号、悲鳴が連続し、首を地面に向かって下げてきた。
「でやっ!」
「うおらあっ!」
斬撃と鉄拳が炸裂する。青い鮮血の合間を縫うように、火炎放射の橙色が煌めく。
僕と秀平は突き飛ばし合って、互いの回避行動を支援した。単純にど突き合っていただけかもしれないが。
それでも、怪物の頭部は次々に落とされ、潰され、破砕されていく。やがて、八つの首全てが引っ込んだ。
「やった……のか?」
「よし! やったぞ皆! って、うおっ!」
「油断しないで、男二人!」
僕と秀平は、だんだん愛奈に一纏めにされつつあるようだ。不服申し立てたいところだが、それは後回し。
「湖面が渦巻いてる! 何か来るわ!」
僕は刀を正眼に構え、秀平は腕を顔の高さにまで掲げる。
僕の位置からも見えた。湖全体が一つの怪物のように蠢き、ゴゴゴゴッ、と湖の底が削り取られる音がする。
次の瞬間、凄まじい水飛沫が柱のように立ち昇った。その柱をズバッ、と縦に裂くようにして、怪物が姿を現す。
それは、先ほどまでの姿と大きく異なっていた。
首は太くなり、一本にまとまっている。鱗の輝きは増しており、いかにも頑強そうだ。
そして最も大きな変化は、一組の翼を生やしていることだった。
「まずいぞ、優孝! あいつが飛び立ったら、すぐさま凛々子の下へ行ける! 呪文の詠唱が止められちまうぞ!」
「愛奈、こいつが飛ばないように牽制してくれ!」
「分かった!」
宙を蹴った愛奈が、レイピアを腰だめに構え、流星のように突撃する。
「はあああああああ!」
しかし、途中で愛奈は弾き飛ばされた。まだ怪物に触れてもいないのに。
「何だ?」
その時、僕からも見えた。怪物の頭部に、第三の目が展開するのが。そこから謎の波紋のようなものが発せられ、愛奈を弾き飛ばしたのだ。
「愛奈っ!」
愛奈は体勢を崩し、ふらふらと漂って下降し始めた。
「秀平、牽制頼む!」
「っておい、優孝!」
僕は何も考えられなかった。ただ一つ、愛奈の安否を除いては。
スライディングの要領で、僕は愛奈の落下地点に滑り込んだ。どさり、と愛奈の身体が僕の両腕に収まる。そこに、僕は少しばかりの驚きを覚えた。
愛奈の身体は、軽かった。この甲冑を着てから、自分の身体や刀を軽いと感じてきたが、それにしても愛奈は軽い。
「愛奈? 愛奈!」
愛奈は目を閉じ、脱力し切っている。
一体どうしたらいい? あの怪物を倒すには。そして、愛奈を救うには。
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