第18話【第四章】
【第四章】
翌朝。ホームルーム前の教室にて。
「はぁ? 化学部に入れって?」
「今日だけ! 今日だけだ、頼むよ!」
訝し気な視線を寄越す秀平。彼を前に、僕は両の掌を擦り合わせていた。
「化学部って、あれだろ? 未確認飛行物体がどーたらこーたら言ってる変人がいるとこだろ? 勘弁してくれよ」
「あたしも遠慮する。なんかあの先輩、骸骨みたいで不気味だし」
「愛奈までそう言わないでくれよ!」
「でも、何だか面白そうじゃありませんこと? それに、わたくしは優孝様の仰ることには従う所存ですの。お供致しますわ、優孝様!」
「あ、ありがとう、凛々子」
「おっと! そういうことなら俺も行くぜ」
「秀平、あんた現金ね」
愛奈に蔑視されながらも、秀平は乗り気になってくれたらしい。
「仕方ないわね、皆行くつもりなら、あたしも」
「すまない、愛奈」
僕がぺこりと頭を下げると、愛奈は『べ、別にあんたのためじゃないんだからねっ!』とツンデレた。
分かりやすい面子で助かったよ、ホント。
その日の放課後、僕は三人を引き連れて、化学部室の前に立っていた。
またノックしてみるが、反応はない。と、思ったのだが、
(あー、入ってきてくれ。ちょっと妙なことになってるが)
妙なこと? まあいいか。
「失礼しまーす」
僕の後に続いて、三人がゆっくりと入ってくる。きっと怪しいものだらけが置かれているように見えているだろうな。しかし、最も怪しいものは、僕たちの正面にあった。否、いた。
「なあ優孝、何だ、あれ?」
「あー……」
骸骨が、迷彩服のまま背もたれ椅子にもたれかかり、顔を上に向けながらいびきをかいていた。細長い手足を脱力させ、があがあと唸っている。
(ったく参ったぜ、コイツが飲んだのは葡萄ジュースだったんだが)
「つ、つまり酔っ払ってるのかい、岳人先輩は?」
(ああ。でも、あたいのことは心配するな。母星でも酒には強かったからな)
「そ、そうか、それはよかった」
ハネコは素面といってもいい様子で、岳人先輩の周辺を飛び回っていた。そばには、試験管が転がっている。あれでワインでも飲んだのか。
って、あれ?
「ハネコ、水晶玉の中にいなくていいの? 三人に正体を明かしても――」
と言いかけた直後、三人分の絶叫が、化学部室に響き渡った。
「お、おい優孝、あれ何なんだ⁉」
「ちょっと、何でこんな小さな人間が⁉」
慌てる秀平と愛奈。だが、この場で一人だけ、落ち着きを取り戻した地球人がいる。凛々子だ。
「あら、妖精さんですのね! ごめんなさい、わたくし、あなたのような方とお会いするのは初めてで……」
律儀にお辞儀などしている。
(いやいや、そんなにかしこまらないでくれ。あ、優孝、これから先は、他の三人にもテレパシーが届くようにするからな)
「わ、分かった。で、僕たちに何をしろって?」
(まずは秀平と愛奈に落ち着いてもらおうか)
二人は、突然流れ込んできたテレパシーに戸惑いを覚えた様子。
「二人共、聞いて。彼女の名前はハネコ。通称だけど。実は、宇宙人と関係があるんだ」
「優孝、宇宙人なんて信じてるの?」
肩で息をしながら、問うてくる愛奈。
「まあ、実際ここにいるからね」
「そう言えばこの骸骨みたいな先輩、言ってたな。未確認飛行物体がどうとか」
秀平が確認する。少しは落ち着いたらしい。
「そうなんだ。ハネコは宇宙人の仲間なんだ。けど、あれ? なあハネコ」
(んあ?)
「君たちの目的、って何だったんだ? どうして地球の近くを飛んでたんだよ?」
すると、ハネコはホバリングの要領で羽を動かし、『それな』と伝えてきた。
(説明するより見てもらった方が早いな。ちょっくら四人の意識を借りるぜ)
「意識を、借りる?」
やっとこさ平静を取り戻したらしい愛奈が、オウム返しに尋ねる。
(あ、ここで酔いつぶれてる奴は居残りな)
その言葉が終わった直後、僕の視界が真っ暗になった。
どこかへ急速に落下していく感覚。だが、音は聞こえない。結構な勢いで悲鳴を上げているはずなのだけれど。
(ちょっと酔うかもな。我慢してくれ)
ハネコのテレパシーだけが感じられる。やがて視覚と聴覚のみならず、落下しているという体感もなくなってしまった。
僕たちは一体、どこへ向かっているんだ?
※
(……たか、おい、優孝!)
「ん……」
僕は意識を取り戻した。ざらついた地面の上に、うつ伏せで横たわっている。
ハネコからテレパシーが届かなかったら、もう少し寝ていたかもしれない。
(ほらほら、お前らも起きろ! 秀平! 愛奈! 凛々子!)
のそのそと起き上がる三人。その姿を見て、僕は仰天した。
「み、皆、どうしたんだ、その格好⁉」
三人は、三者三様の姿をしていた。
秀平は西洋甲冑を纏い、愛奈は白と青のプロテクターを身につけ、凛々子は頭からローブ状の布をすっぽり被っている。
「お前こそどうしたんだよ、優孝! 今は戦国時代じゃねえぞ!」
「え?」
僕は立ち上がって、自分の姿を見下ろした。なんと、甲冑で全身を覆っているではないか。
ただし、秀平のものとは違って和風の甲冑だ。左の腰には、きちんと刀が差してある。
「あれ? あたし、いつの間にこんな格好を……」
「わたくしも、何なんでしょう? こんな衣装、ハロウィーンの時にしか身に着けませんわ」
愛奈と凛々子も、当惑した様子で自分の服装を見下ろしている。
よく見ると、愛奈の腰にも刀があった。いや、刀にしては細いな。フェンシングのレイピアだろうか。
また、凛々子のそばには分厚い書物が置かれていた。表紙に魔法陣が描かれている。魔導書か何かのようだ。
秀平にも何かあるのかと見つめると、彼の拳には、メリケンサックがはめられていた。月光を浴びてぎらり、と輝いている。
ん? 月光? おかしいぞ。僕たちが化学部室にいた時、まだ日は高かったはずだが。
周囲を見渡すと、ここは森の中の開けた土地だった。すぐ目の前には大きな湖がある。
(あー、説明もなしにわりぃな、皆。ちょっくらあたいたちの母星に来てもらった。意識だけ)
「どういう意味だよ、おい?」
(まあそうカッカすんな、秀平。それよりも、皆にはちょっと戦ってほしいんだ)
「何かをやっつけるんですの?」
(そう。凛々子はヤマタノオロチって知ってるか?)
「古代日本の伝説に登場する、首が八つある怪物のことですわね」
「まさか、この湖からそいつが出てくる、とか?」
(ビンゴだ、愛奈。四人で協力して、とっちめてくれ)
「待ってくれハネコ、突然戦えって言われても――」
怪物と戦う? そんな怖いこと、できるわけがないだろう。
そう口にしようとしたが、僕がその言葉を言い切る暇はなかった。僕の視線の先で、湖面がぶくぶくと泡立ち始めたのだ。そこから太い鞭のようなものが現れる。
「ッ! 秀平、避けて!」
僕が叫んだ直後、それが勢いよく秀平を横薙ぎにした。ふっ飛ばされ、大木に背を打ちつける秀平。
「ぐえっ!」
「大丈夫か!」
「ったく突然何なんだよ!」
素早く腰を上げる秀平。彼の眼前で、音もなく湖に引っ込む鞭。
次の瞬間、まるで沸騰したかのように、湖面が膨れ上がった。そして、ファンタジー映画に出てきそうな龍の頭が、水飛沫を上げて現れた。
一本ではない。二本、三本と湧き出してくる。呆然と見つめる僕たちの前で、怪物――ヤマタノオロチは八本全ての頭部を掲げ、低く獰猛な雄叫びを上げた。
「ッ!」
何とか悲鳴を飲み込む僕。いや、悲鳴を上げる余裕もなかったのか。それだけ、目の前の怪物は恐ろしい形相をしていた。
鱗に覆われた身体(と言っても見えるのは首だけだが)は青黒く月光を反射し、暴力性に満ちた視線を僕たちに注いでいる。歯はいわゆる乱杭歯で、剥き出しになった牙が殺意を明確にしている。
「そ、そそそれでハネコ、僕たちでこいつを倒せ、って?」
(さっきからそう言ってんだろうが! てめえの耳は節穴か?)
僕は思わず顔を引き攣らせた。それを言うなら『目は節穴』だろうに。何故か今、その誤用がツボに入ってしまった。
極限の恐怖に晒されると、人間は笑ってしまうと聞いたことがあるが……。まさか自分でそれを実感することになろうとは。
落ち着け、落ち着くんだ、片峰優孝。今必要なのは、情報だ。相手の攻撃力や速度、防御力を確認しなければ。
「愛奈、レイピアを抜くんだ!」
自らも抜刀しながら、僕は叫ぶ。こちらに攻撃の意志があることを怪物に知らしめ、牽制し、少しずつ情報を集めねばならない。
遅ればせながら、僕は刀がとても軽い、ということに気づいた。僕でも振り回せる程度だ。
「よし……」
僕がそう呟いた直後、怪物はぐぐっ、と首を引いて、勢いよくその顎を繰り出してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます