第16話


         ※


 聞いてしまえば簡単な話だった。

 クラスメイトに好きな男子がいるのだが、告白するか否か迷っている。できれば行動に出る前に、彼の気持ちを知りたい。そういう内容だった。


 入学早々に気が早いのではないか。そう言ったが、意中の相手は幼馴染であり、高校で久々に会えたのだという。なるほど。


「えーっと……」


 事情は分かった。後はポケットの中の水晶玉を握りしめるだけで、事態は把握し切ることができる。

 だが、それをこのままやってしまっていいものだろうか? 占いというからには、それなりのセッティングというか、舞台装置が必要なのではないか?

 ううむ、仕方ない。


「渡辺さん、それじゃあ目を閉じて。ぎゅっと強く」

「は、はい!」

「手の指を組んで、おでこに当てて」

「はい!」


 よし、これで少しはそれらしくなったか。僕が何をしていたかは、渡辺さんの想像に任せるとしよう。

 僕も目を閉じて、水晶玉を握りしめる。すると、子猫の捜索を行った時と同様、意識のリンクが見られた。

 彼女の脳を通して、標的の男子生徒の脳を見つめる。そこから、彼の脳内に占める彼女の領域を探し出し、こっそり覗く。


 状況を確認し、僕はほっと安堵のため息をついた。件の男子生徒も、渡辺さんのことを気にかけているようだ。


「はい。もう大丈夫だよ、渡辺さん」

「ん……」

「彼も君のことを、気にしているみたいだ。思い切って、想いを伝えるといいよ」

「ほっ、本当⁉」


 ぱっと顔を上げた彼女を前に、僕は大きく頷く。


「ありがとう、優孝くん! 私、頑張ります!」

「健闘を祈るよ」


 お陰で今日、僕は実に清々しい午前中を過ごすことになった。


         ※


 その日の午後。

 昼休みが終わる前から、新入生たちはぱらぱらと体育館に集まり出した。今日の目玉、部活動紹介を観覧するためだ。

 各々が、好き勝手に陣取る。僕、愛奈、秀平、凛々子の四人組は、ステージにほど近い、正面に腰を下ろすことができた。秀平の視線が効いたな。悪意なき、しかし一見様には恐ろしい目つきが。

 皆が勝手に避けていくのだから、仕方がないだろう。


《新入生の皆さん、こんにちは! ご入学おめでとうございます! ――なーんて挨拶は聞き飽きましたよね! では、早速運動部から行ってみましょう! トップバッターは――空手部だ!》


 唐突に始まったな。司会の女子の先輩、やたらとハイテンションである。

 しかしそれは、司会者だけではなかった。隣に座った愛奈も、熱のこもった視線をステージに送っている。

 愛奈は空手部に入ったのだったか。では、柔道はどうするのだろう。

 僕の疑問を察したのか、愛奈はステージを見つめたままこう言った。


「あたし、柔道もやるから」


 ……さらっと仰る。どれだけ好戦的なんだ、僕の幼馴染は。

 さて、今は空手部の勧誘タイムである。空手の型の実演でもするのでは、という僕の予想は、呆気なく裏切られた。


 ステージで始まったのは、寸劇だ。『日常生活における空手の有用性』と題されている。


《はい皆さ~ん、不審者に出会ったら取り敢えずしゃがみ込んで、下から相手の顎を狙いましょ~》


『取り敢えず』と『顎を狙う』ことの言葉の連携が取れていないような気がする。できるのか、そんなこと? まあ、愛奈や秀平なら造作もないだろうが。


 寸劇は実にコミカルで、新入生を楽しませてみせよう、という気合いが見受けられた。これはこれで面白いな。


 数ある運動部の紹介が終わり、少し間を置いて文化部の紹介が始まった。

 流石に運動部よりは地味だろうという予想は、再び裏切られることとなった。

 水彩画部は、リクエストされた光景を即興でどでかい紙に書き始め(なかなか上手かった)。

 無線通信部は、機材をステージに持ち込んで有人人工衛星と通信を試み(流石に無理だった)。

 演劇部と園芸部と合唱部は、連携して自然環境保全を訴えるオペラを行い(かなり感動的だった)。


 そして、次の部の紹介に移った。


《それでは次! 化学部でーす!》


 その言葉の直後、パチン、と体育館の照明が消えた。何だ何だ?


《くっくっく……。初めましてだな、新入生諸君》


 怪しい声。するとぽつり、とステージ上にスポットライトが灯った。そこには、一人の男子生徒が立っていた。

 極端な長身痩躯。まるで骸骨がフラついているかのようだったが、その目は爛々と輝いている。

 オールバックに塗りつけられた黒髪。七色に輝く縁を持った、度の高そうな眼鏡。カラフルに染まり、ところどころ穴の空いた白衣。

 その両脇から、するりと細長い腕が掲げられた。頭上に伸ばされた両腕の下で、細面の顔がニヤリ、と笑みを浮かべる。


《我輩の名は学究岳人! 本校の化学部部長である!》


『がっきゅう・がくと』? 凄い名前だな。


《早速だが諸君、知っているかね? 政府がひた隠しにしている、未確認飛行物体のことを! 宇宙人の存在を! 奴らは今、この瞬間もこの星を狙っているぞ!》


 あれ? これは部活動紹介ではなかったのか? いつの間にオカルト演説会になった?


《見たまえ! これが私の入手した情報だ! 未確認飛行物体は、この街を狙うコースで進行してきている! 警察も自衛隊も動いているぞ!》


 呆れて物も言えない――って、待てよ。僕はがばっと顔を上げた。

 この街に未確認飛行物体が近づいている? 自衛隊が動く? 父さんが多忙なのは、まさかその未確認飛行物体のせいなのか?


 ステージ上の先輩は、プリントの束を振り回しながら喚き散らしている。骸骨が白衣を纏って踊り狂っているようだったが、もうそんなことを気にしてはいられない。

 僕は決めた。放課後、早速化学部の部室を訪ねよう。この先輩と、よくよく話し合ってみる必要がある。


         ※


「……」


 僕は慎重に廊下を歩んでいた。まるで、スパイか忍者にでもなった気分だ。

 化学部室を目指して進むこと。それは、僕にかなりの緊張を強いていた。


(気をつけろよ優孝。あんな変人、あたいも見たことねえぜ)


 と、岳人先輩についてハネコが忠告してくれたのだ。


(でもまあ、利用価値はあるかもな)


 利用価値? 僕が疑問を浮かべると、それを読んだのか、ハネコはすぐに返事を送ってきた。


(まあ、取り敢えず会ってみな。そうすりゃあたいも、同じ説明を繰り返す手間が省ける)


 よく分からないが、ハネコがわざわざ言葉を寄越したのだ。僕自身の興味もあるし、行かない手はない。


 僕が今歩いているのは、部活棟の一階である。しかし、部活棟という割には静かだ。

 人がいないわけではない。ただ、皆すぐに上の階に行ってしまう。一階に居を構えているのは、化学部だけらしい。


「ここか」


 廊下の最奥部に、その扉はあった。『化学部』と書かれたプレートが一枚貼られているだけの、簡素な扉。ひとまずノックはするべきだろうな。

 僕は背後に誰もいないのを確かめながら、二回ワンセットのノックを繰り返した。しかし、扉の向こうからは何の気配も感じられない。


 こんな怪しい部活に入ろうとしていると分かったら、僕の高校人生が終わるかもしれない。しかし、僕は真相を確かめたい。いや、確かめなければならない。

 それはハネコにも関わりのあることのようだから。


 僕は一度、ごくりと唾を飲んで、ゆっくりとドアノブに手をかけた。かちゃり、とノブが回転し、ゆっくりと扉が向こう側へ開いていく。


「失礼しま~す……って、真っ暗?」


 誰もいないのか? さっきの先輩も? だったら、どうして施錠されていないんだ?

 僕がゆっくりと一歩踏み込んだ、次の瞬間だった。


「むぐっ!」


 何者かが僕に跳びかかってきた。細長い腕を器用に蠢かせ、僕の動きを封じる。大した力ではないが、意表を突かれた僕に対応策はない。


「う、うわっ⁉」

「落ち着け少年! 我輩は地球人だ!」

「は、はあっ⁉」

「いいから落ち着けと言って――ぎゃっ!」


 突然、僕を押さえていた力がなくなった。と同時に、パチン、と音がして照明がつく。そこにいたのは、あの岳人先輩だった。

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