第10話


         ※


《ちょっ、それ本当なの⁉》

《マジで言ってんのか、優孝?》


 愛奈と秀平のリアクションは予想通りだった。特に秀平は怪訝な様子を隠そうともしない。

 当然だ。僕の占いの精度は、周囲から見たら疑わしいはず。

 ここで全員を一ヶ所に集合させるのは、リスクが高すぎるのではないか。


 だが、僕は水晶玉とハネコを信じた。ハネコは僕を、ぼっちから救ってくれたのだ。

 もちろん、秀平が思いの外人懐っこい性格だったということもある。しかし、彼を『赤の他人』から『友人』へと切り替えてくれたのは、間違いなくハネコの功績だ。


 秀平のみならず、他のクラスメイトと一緒にいてもギスギスしないし。まあ、そのギスギス感だって、僕が一方的に覚えているだけだったのだろうけど。


「凛々子さん、どう思う?」


 僕は勇気をもって尋ねてみた。電話口の向こうで、深呼吸をする気配。

 そして放たれた言葉は一つ。


《わたくしは、優孝様を信じますわ!》

「……え?」


 いや、凛々子がばっさりと即断したのはいい。だけど、優孝『様』って何だ、『様』って。


《あー、凛々子? お前、何を言って――》

《お黙りなさい、愚か者! わたくしは、わたくしが生涯寄り添うお相手のことを申しているんですの。そんな殿方を信用できなくては、誰のことも信用できないのではなくって?》


 秀平からの通話が、沈黙した。いや、秀平自身が沈没したのかもしれない。


「り、凛々子、気持ちは嬉しいんだけど、僕にも心の準備が必要だし、それに、今はそれどころじゃない、っていうか……」

《そ、そうよ凛々子! 抜け駆けは許さないんだから!》

「え?」

《あっ》


 僕の疑問符に、愛奈は短い悲鳴で答えた。抜け駆け――ああ、僕を愛奈と凛々子で取り合う、っていうあれか。まさかその取り合いが本気だとは思わないけれど、僕でも分かるぞ。少なくとも凛々子の方は、僕に好意を抱いている。

 愛奈の方は、ぶっちゃけよく分からない。『抜け駆けは許さない』? 愛奈までもが本気なのか?


「あーもう! 皆、落ち着いてくれ! とにかく、駅の東口まで来てほしいんだ! できるだけ早く!」


 各々何があったかは知らないが、まともな返答はなかった。

 ふと視線を下ろすと、ハネコは周囲の情報を探るべく、頭を出してあたりを見回している。


「ハネコ、僕の脳と、子猫の脳を繋げられるか?」

(え? そ、そりゃあ無理じゃねえけど)

「早速頼むよ。子猫の見ている風景を僕が見て、手がかりを掴む」

(分かった。あたいの能力は動物種の壁を超えるからな! 心を静かにしとけよ、優孝!)


『了解』と呟く間もなかった。僕が目を閉じると、瞼の裏にじわじわとある風景が描かれていく。これは、旧市街地である住宅街の一角だ。


 視界は右に、左にとよく振れた。そのお陰で、状況把握はしやすい。


「真っ直ぐ前方に、銭湯の煙突発見。大まかな位置は分かった!」

(ようし! 後は一旦、子猫の場所を移動させて、皆と合流だな)

「ああ!」


 僕は久々に、自身が活き活きとしているのに気づかされた。人の役に立てる、というのはいいもんだな。


         ※


 子猫は段ボール箱に入れられ、細々とした通りの終着点、とある住宅の駐車場に放置されていた。ちょうどプランターの陰に隠されるようにして。

 僕はあまり動物が得意ではない。しかし、この子猫の存在は、自然と受け入れられた。


 不謹慎な話だが、この『子猫の捜索』という事案があったお陰で、僕は秀平や凛々子と仲を深めることができたのだ。まあ、愛奈は幼馴染だからいいとしても。


 段ボール箱の中には、蓋の空いたキャットフードの缶が置かれている。また、段ボールの底には柔らかいタオルが敷かれていた。

 

 怪しい。ますます怪しい。ただ子猫を捨てるだけだったら、ここまでする必要はないはず。犯人は、明らかに子猫の生存を図っている。というより、子猫を気遣っている。

 子猫は逃げ出したのではなく、連れ去られて今ここにいるのだ。丁重に扱われながら。


「ハネコ、子猫の脳を経由して、犯人の脳を読めないかな?」

(うーん……。ちっと難しいな)

「できないのかい?」

(できるわアホが! あたいを誰だと思ってる! 難しいってのは、時間がかかる、ってこったよ)


 おや? 長谷川くんの彼女さんの脳を読んだ時は、あんなにあっさりリンクできたのに。


「時間がかかるって、どのくらい?」

(あと三、四時間)

「だったら凛々子さんに子猫を返しちゃった方が早いか。取り敢えず、この子をどこか別な場所に移そう。また誘拐されたら大変だし」

(そうだな)

「どこがいいかな……。あ」


 僕はここに至る道中を思い返してみた。高架橋の下のトンネルなどどうだろうか。


(ほほう)

「おっと、脳を読まれた?」

(ああ、読んだよ。悪くねえ配置だ。さ、そうと決まったら、さっさと子猫をトンネルに置いて、一旦皆と合流だ。お前はもう一度、こいつを見つけてやらなきゃならねえからな)

「了解」


 僕は思いの外軽い段ボール箱を持ち上げ、ここに至る途中のトンネルまで引き返し、そっと置いた。


 薄暗い中ではあるが、確かに高級そうな猫であることは見て取れた。

 艶やかで生え揃った毛並。人懐っこく甘えてくる仕草。そして、金色に輝く一対の目。

 僕はまた子猫がさらわれやしないか、心配になったものの、今は一旦放置していくしかない。


「大丈夫、また来るからね。今度はご主人様を連れて」


 意味が通じたのか、子猫はみゃあお、と一声鳴いた。


         ※


 十分ほどかけて、僕は駅の東口に戻った。間もなく秀平、凛々子、愛奈の順に捜索隊の面々が戻ってくる。


「優孝、本当なんだな? 駅東口の近くに子猫がいる、ってのは?」

「わたくしの可愛いローゼンバレットちゃんは無事ですのね、優孝様?」

「名前長っ!」


 愛奈のツッコミがツボに入りそうになって、僕は慌てて顎に力を込めた。確かに長い名前だ。しかもローゼンバレットって……。和訳したら『薔薇の弾丸』である。誰を撃つんだか。


 何とか笑いを堪え終えた僕は、秀平の方に向き直った。


「駅の東側にいることは間違いないよ。ここからまた、四人で別れて探そう」

「あいよ」

「ローゼンバレットちゃん、どこなの~?」

「ちょっと凛々子! 人目を気にしなさいよ!」


 などなど言い合いながら、僕たちはまた一時解散した。見つけたらスマホの集団会話ツール(さっきから使っているけれど)で遣り取りする予定。

 ここで僕が子猫を連れ帰れば、問題は一挙解決である。あともう少しだ。


 僕は迷いなく、先ほどの道を辿り始めた。と、その時。


(止まれ、優孝!)

「おっと!」


 つんのめりそうになりながら、僕はなんとか立ち止まった。


「何だよ、ハネコ?」


 見下ろすと、ハネコがポケットから顔を出していた。鼻をひくつかせる。


(これは、怪しい臭いがするぜ)

「怪しい、臭い?」

(ああ。こいつは……人の悪意だな)

「悪意ある人間が介在してる、ってことはもう知ってるよ?」

(そういう問題じゃねえ。距離が近い。――やべえぞ、優孝!)

「なっ、ななな何⁉」

(悪意の本体が子猫を見つけた! またさらわれちまうぞ!)

「分かった! 急ぐよ、ハネコ!」

(ちょ、待て、優孝! こいつは――)


 僕が次の角を曲がったところに、件のトンネルがある。僕は靴を滑らせるようにして乗り込んだ。そして、ぞっとした。


「おい、どうして荷物がこんなところにあるんだ?」

「ああ、場所がちげぇな」

「あの庭師の野郎、適当なこと抜かしやがって!」

「まあいいじゃねえか、お陰でさっさと見つかったんだからよ」


 そこにいたのは、四人の若者だった。僕はじっと彼らを見つめ、感情のバーを凝視する。

 ワルだ。どう見てもワルだ。バーの色が真っ黒で、長い。見た目だけワルに見えてしまう秀平とは、わけが違う。

 逆に、四人は見た目は普通だった。ちょっとばかり洒落た感じの、どこにでもいるような青年だ。こんな人物が、動物の窃盗と密売に関与しているのか?


 僕が言葉もなく立ち尽くしていると、一人と目が合った。視線はそのままで、仲間の方に顔を寄せる。


「おい」

「あん?」

「目撃者ってどうすんだっけ」

「俺に訊くなよ」

「締め上げんじゃねえの?」

「あんまり派手にするな。たかが中坊じゃねえか」


 高校生なんですが、などと訂正を図る暇もない。今や四人の八つの目玉が、僕を凝視している。


「消えな、中坊。てめえみたいなのがうろついていい場所じゃねえ」

(逃げるぞ、優孝!)


 ハネコも呼びかけてくる。しかし、僕はどうしてもこの状況を放ってはおけなかった。

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