Ⅹ 夢の址(2)

「――おおお! こいつはすげえ! ほんとに船がありましたぜ……こうなると、若旦那の話も信じたくなってきやすぜ」


 ウオフェの言葉通り、神殿の正面から真っ直ぐ島の端まで歩いて行くと、そこには港のような海水の溜まり場があり、その水面にたいそう古めかしい、一艘の中型船が浮かんでいた。


「いったいいつ造られたもんだろう? ダナーン人の船なんですかね? 見たことのねえ型だ」


 興味津々にティヴィアスの見上げるその船は、一本マストに横帆の付いた細い船体の古代風の船で、ヴッキンガー時代の船を思わすような佇まいではあるが、その末裔の目からすると、どうやらそうでもない様子だ。


「でも、やっぱり出口のようなもんは見当たりませんぜ? いくら船があってもこれじゃあ出航できねえ」


 ひとしきり古い船に感動した後、改めて周囲を見回したティヴィアスがそう口にする。


 確かに港のような割には海側もドームの壁で遮断されていて、どこにも出られるような所はない。


「これが〝静波号〟だとすると、目的地を告げればひとりでに向かってくれるようなことを言っていたな……よくよく考えれば、ウルスターとコンハートの軍勢が来たってことは、やはりどこかに出入り口があるはずだ。何か仕掛けがあるのかもしれん。とりあえず乗ってみよう」


 だが、もう一度よくウオフェの言っていたことを思い出すと、ハーソンはティヴィアスを促し、船の縁にかけられた木の板を渡ってその甲板へ乗り込んだ。




「――出向準備できやしたぜぇ~!」


 わずか後、優秀な船乗りであるティヴィアスの手により、数百年前のものにしてはまだ充分に使える横帆が下ろされ、岩に繋いであった縄も手早く解かれると、船を出す準備はすっかり整えられる。


「よし。それじゃ、とりあえず試してみるか……ダナーンの海の神、マナナーン・マク・リールが乗船〝静波船〟よ! 目的地はこの島の外の海! 我らをこの島から連れ出せ!」


 ティヴィアスの合図を受けたハーソンはその船の船首に立ち、〝フラガラッハ〟を引き抜くとそれを前方、ドームの壁の方へと掲げて船に命じる。


「……!? おおお! 動き出しやしたぜ!」


 すると、一拍間を置いて、船はギシギシとその古びた船体を軋ませながら、風もないというのに動き始めた。


「……な!? このままではぶつかるぞ…うおっ…!」


 そして、狭い中でもできうる限り速度を上げると、そのままの勢いでドームの石壁へと突進し、船首の下方に付いた〝衝角〟という海戦用の突撃兵装をその壁面にめり込ませる。


「ま、まさか力業で壁を抜ける気か? んなことしたら、こっちの方が先にぶっ壊れちまうぞ!?」


 その衝撃に二人は膝を突き、ティヴイアスも唖然と声をあげる中、静波号はなおも後退することなく、ますます力を込めてグイグイと壁面に船首をめり込ませてゆく……。


 と、これまた不思議なことが起こった。そんなことではビクともしないだろうと思っていたその石壁が、いとも簡単に崩れ出したのである。


 突き刺さった衝角を起点に幾筋もの亀裂が入ると、次の瞬間には倒壊して壁にポッカリと大きな穴が開く。


 それは船一艘が通過するには充分な幅と高さがあり、その突如として現れた門を通って、そのまま静波号はドームの外へと脱出した。


「あっ! あれは俺の船! なるほど。この湾に出たわけか……」


 すると、そこからはティヴィアスのクナール船が向こう側の岸辺に見え、どうやらこの島へ上陸する際に彼らが使った、あの天然の港のようになった湾である。


「そうか。もともとあったこの穴を隠すために塞いでいたのか……」


 見た感じ、崩れた壁はしっっかりとした石組みではなく、どうやら簡単に礫を積んで漆喰か何かで固めたものであり、本来、この湾とドーム内の水溜まりは、一体化した港として使われていたもののようだ。


「考えてみれば、船があるのに港がないのは変なものだからな……いつ、誰が、なんの目的で塞いだのかはわからんが、そうしてこの島の街は忘れ去られていったというわけか……」


「……!? やべえ! 若旦那、んな暢気に感慨に浸ってる場合じゃねえですぜ! 早く逃げねえとこの船沈んじまいやす!」


 いつものことながら趣味に走り、その隠された港にいろいろと考察を巡らせるハーソンであったが、ティヴィアスが慌てているようにそんな悠長にしている場合ではない。


 いくら脆弱な造りでも石壁に突っ込んだのがいけなかったのか? 古びた木造のその船体はバキバキ音を立てて崩壊し始めたのである。


 繋がれていた部材同士が離れ、徐々にバラバラになりながら、ゆっくりと海に没してゆく静波号……。


「……うむ……確かにマズイ状況だな……外気に触れたことで数百年分の風化が一気にやってきたか……」


「こんまんまじゃ沈没に巻き込まれちまう。その前に俺の船へ移りやしょう!」


 分解を始めた甲板が浸水するよりも前に、ハーソンとティヴイアスは自ら海に飛び込むと、一目散に自分達の船へと泳ぐ。


「……ぷはあっ! …フゥ~……間一髪でしたね。危うく一緒に引きずり込まれて俺達も海の藻屑になるとこでさあ」


「……うぷっ…ハァ……ハァ……あれも遺跡と同時代の遺物だからな。とうに寿命がきていたんだろう……」


 咄嗟の判断が幸いしてか、間一髪、二人はなんとか無事に、自分達のクナール船まで辿り着くことができた。


 一方、静波号の方はというと、遂には船体の真ん中から真っ二つに引き裂かれ、そのまま静かに水面の下へとその姿を消してゆく……。


「マナナーン・マク・リールの神宝〝静波号〟も、あえなく海の藻屑と消えるか……あの遺跡の街を見ても、やはりダナーン人は何百年も前に滅んでいたということだろうな……」


 クナール船の船縁を這い上がり、沈みゆく静波号を見守りながら、ハーソンは改めて自分の見たものについて考えを巡らす。


 ……では、俺の見たものは……ウオフェ達はいったいなんだったのだろう?


 やはり、ティヴィアスの言うように幽霊だったのか?


 それとも、俺は長い夢を見ていたんだろうか?


 ……いや、むしろ逆に彼女達の方が、今もあの遺跡で永遠に終わらぬ夢を見ているのかもしれないな……。


「ダナーンの……魔法の民の夢か……」


 すべてが水中に没し、白い泡だけが残る水面をなおもハーソンは見つめながら、そう、誰に言うとでもなくぽつりと呟いた――。

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