Ⅸ 光の剣(2)
「策? ……というとどのような?」
「フラガラッハに光の神ルーの力を宿し、一時的ではありますが光の剣〝クラウ・ソラス〟に変えます。クラウ・ソラスとは、かつてルーが巨人の祖父バロールの魔眼を撃ち抜くのにも用いた、太陽神であり雷神でもある彼の象徴と呼べる
あまり期待もしていなかったが、一応、ハーソンがその策とやらについて尋ねてみると、ウオフェは神話を語るかのようにそう説明し、クゥ・クランの方を見つめて催促をする。
「神の武器……よし。どの道、他に策もない。一か八か、それにかけてみるしかないな……戻れ! フラガラッハ!」
一度は勝負を諦めたものの、彼女の言葉と、そしてその〝光の剣〟とやらを信じてみることにしたハーソンは、急いで魔法剣を呼び戻すとブロードソードを腰の鞘に納め、今度はその〝フラガラッハ〟の柄を右手に握った。
「ΘΔΦΣΩθξΨμδЖ∀……」
それを見るや、イチイの木の杖の頭をウオフェは魔法剣に向け、先日と同様、ハーソンには聞き取れない言語の呪文をその口に唱え始める……。
「こ、これは…………」
すると、先刻、彼女がフェー・ディアードに用いた〝アッサルの槍〟の時と同じように、ハーソンが手にする〝フラガラッハ〟の鋭利な刃が、太陽の光の如く俄かに眩く輝き始めた。
「さあ、光の剣〝クラウ・ソラス〟と化したそのフラガラッハを、クゥ・クランへ向けて投げつけるのです!」
ハーソン自身も目を細めるくらい、その輝きが最大限にまで増すのを待って、ウオフェは杖でそちらを指し示すと凛とした声で彼に告げる。
「よし! 行けえっ! フラガラッハっ!」
「必殺必中! ガエ・ボルグ!」
ハーソンがその剣を思いっきり放り投げるのと、クゥ・クランが槍を足で蹴り出すのは同時だった。
超高速で回転する光の剣と、巨大な矢の如く飛翔する黒い槍は、両者の中間点で勢いよく衝突する……と、瞬間、巨大な爆発音が周囲に木霊し、辺りは眩く白い光に包まれた。
いったい何が起こったのか? 大爆発によって振動する空気が激しく鼓膜を震わせ、耳がキーンとして聴覚も、また、眩しい光によって視覚も働かない。
「――うっ……ハッ! ここは!?」
気がつくとハーソンは、一転して穏やかな淡い光を放つ、一面の白い霧の中に独り立っていた。
「よくやってくれました。ハーソン・デ・テッサリオ」
いや、独りではない。よく見れば目の前には、白いチュニックを着たウオフェも微笑みを湛えながら立っている。
「ウオフェ! 敵は? クゥ・クランはどうなった!? 戦の勝敗は!? 他の者達は無事なのか!?」
彼女の姿を確認すると、慌ててハーソンは今の戦況について矢次早に問い質す。
「クゥ・クランは戦闘不能となり、ウルスター、コンハート両軍ともに撤退しました。我々マグ・メルの勝利です。他の生徒達も無事です」
すると、ウオフェは笑顔を浮かべたまま、落ち着き払った静かな声でそう答える。
「そうか。それはよかった。とりあえず脅威は退けられたようだな……」
その言葉に、いったい何が起こったのかさえわかっていなかったハーソンは、ともかくも勝利と聞いてその胸を撫で下ろす。
「ですが、ここにフラガラッハがある限り、また彼らはマグ・メルに攻め寄せてくるでしょう……あなたはフラガラッハとともに、この地を離れなくてはいけません。そろそろお別れの時です」
だが、続けて彼女は、そんな別れの言葉を唐突に口にしだす。
「そうか……初めから君の目的はそれだったな……しかし、フラガラッハがなければ、君ももうこの島を守らなくてすむはずだ。ウオフェ、よかったら君も一緒にどうだ? この島の外にはどこまでも世界が拡がっている。たとえ楽園であっても、この狭い世界の中に永遠に閉じ込められている義理はないはずだ」
最初からそういう約束だったので、すんなりその言葉を受け入れるハーソンであったが、彼は自らの本心に従って、彼女にも同行するよう誘ってみる。
「いいえ。それはできません。あなたもそのことには薄々気づいているはずです……では、お別れです、ハーソン・デ・テッサリオ。あなた達の世界に帰ったら、神殿の正面側にある島の端に行ってください。そこにあるマナナーンの船〝静波号〟でこの島から出られるはずです」
しかし、ウオフェは首をゆっくり横に振ると、その申し出をきっぱりと断り、改めて別れの言葉とともにそんな助言を彼に与える。
「ま、待ってくれ、ウオフェ! 俺は、君を……」
まるで霞のように姿が薄れ、徐々に消え去ってゆく彼女へ手を伸ばすと、慌ててハーソンは大声で叫ぶ。
「ハーソン、来てくれたのがあなたで本当によかった……フラガラッハをあなたに託します。わたくし達ダナーンの魔法剣、どうか大切にしてくださいね――」
そして、最後にそんな彼女の声が聞こえたかと思うと、ハーソンは深い眠りに落ちるようにして、その意識を失った……。
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