Ⅶ 英雄の来冦(2)
「ちょっと待ったあぁぁぁーっ!」
ところが、そんな張り詰めた緊張の場に、突然、割って入る大きな声が響き渡った。
「なんだ?」
「今度は何?」
その闖入者の声に、ハーソンやウオフェをはじめ、クゥ・クランや他の戦士達も、皆が一斉にそちらの方へと顔を振り向かせる。
すると、対峙する両陣営の真横から、これまた別の大軍勢がこちらへ向けて押し寄せて来ていた。
こちらも同じく古代様の武装を施しているが、今度は青系統の腰帯やマントである。
「マナナーンの残せし神宝は誰のものでもなく、故に誰が用いるも自由……フラガラッハは我らコンハートが頂戴しよう!」
その中央最前列に立つ、やはり大将と思しき人物が、ウルスター、マグ・メル双方を見渡しながら、よく通る声でそう参戦を名乗り出る。
やはりクゥ・クランに負けるとも劣らぬ大男で、
「あっちのやつは何者だ?」
また違った意味でその場が騒めく中、ウオフェのところまで歩み寄ったハーソンは彼女に尋ねた。
「コンハート側の戦士、フェー・ディアードです。クゥ・クランとは幼馴染なのですが
その問いに、新たに出現した敵を真っ直ぐに見据えながら、ひどく苦々しげな表情でウオフェは答える。
「フェー、そいつはできねえ相談だな。フラガラッハは孫の俺のものと相場が決まってる」
「何を言う! 養子であるルーならばともかく、遠い親戚のようなおまえにその権利はない! 都合のいい解釈はよせ!」
「もう! どちらも勝手なことをぬかすのはおやめなさい! どちらの陣営にも助力しない! それがマナナーン・マク・リールとこのマグ・メルの意思です!」
無論、それに反論して再び所有権を主張するクゥ・クランであるが、フェー・ディアードもまた言い返し、さらにそこへウオフェも割って入って今度は三つ巴で言い争いを始める。
「こうなってはどちらも打ち払うしかありません。ちなみに残念なお知らせをしておきますと、もうすでにフラガラッハの新たな所有者は決まっております。こちらの、外の世界から来たハーソン・デ・テッサリオです」
その上、むしろ火に油を注ぐことになると思うのだが、ウオフェはこのタイミングでハーソンのことを敵将二人に紹介する。
「……え、俺か?」
いきなり自分の名を出され、確かに加勢をするとは言ったが、自分を矢面に立たせないでくれとハーソンは迷惑そうな顔をする。
「なんだと!? ……ああっ! その剣はまさしくフラガラッハ! マナナーンの巫女よ! それでは言っていることと矛盾するではないか! 誰にも渡す気はないのではなかったのか!?」
「しかも、よりにもよってそんなどこの馬の骨ともわからん者に譲り渡すとは……」
当然、クゥ・クランもフェー・ディアードも納得するわけがなく、案の定、二人はハーソンの手に持つ魔法剣を確認すると、ウオフェに代わって今度は彼が標的にされてしまう。
「おい、貴様! それは部外者が持っていてよいものではない。痛い目に遭いたくなければこちらへ渡せ!」
「いいや、それはもともと俺のものだ! だから俺に返せ! おとなしく返せば許してやる!」
「いいえ、矛盾はしません。むしろ我らダナーンの民とはまったく関係のない部外者であるからよいのです。彼に渡すのであればマグ・メルの中立は保たれ、
怒号を上げ、各々に〝フラガラッハ〟を渡すよう迫るクゥ・クランとフェー・ディアードの二人だが、聞き分けのない彼らにいい加減ブチ切れたのか、ウオフェも声を荒げて言い返すと、いつになく性悪な顔つきで嫌味を口にしている。
「ええい! ならばもとの予定通り、力づくで奪うまでのこと! 者ども、かかれえっ!」
「あっ! 抜け駆けは許さんぞ! 目標はあの部外者の
そんなウオフェの言葉が引き金となり、ついに三勢力による三つ巴の戦いの幕が切って落とされた。
「おいおいおい、これでは俺が完全に標的ではないか……」
案の定の展開ではあるが、二方向から迫り来る敵の軍勢にハーソンは渋い顔を作る。
「皆さん、こちらも迎撃です! この者とフラガッハを守りなさい! 大丈夫です。わたくしの生徒達もけしておくれはとりません。袋叩きになるようなことはないので安心なさってください」
そんなハーソンに、自身も生徒達に号令をかけてから、彼を安心させようとウオフェはそう言葉を投げかける。
「それよりも、ここは戦いを早く終わらせるために、二手に分かれてそれぞれの将を討ち取る作戦でいきましょう。
そして、戦術的には確かに正しい選択ではあるのだが、これまた無理難題をハーソンに注文してくるのだった。
「ダナーン最強の戦士が相手か……悪いが、まったく勝てる気がせんな。騎士の家の出とはいっても今はまだ戦が本職ではないし、本格的な戦に参加したこともまだない……俺では役不足だろう」
「心配はいりません。今のあなたにはフラガラッハがあります。この魔法剣の力ならば、たとえ相手がクゥ・クランだろうとも対等に戦うことができるでしょう」
くだらない見栄を張ることもなく、冷静に自分の実力を判断してそう答えるハーソンに、ウオフェは魔法剣に視線を向けながら、満面の笑みを浮かべて自信ありげに告げる。
「フラガラッハ……まあ、乗りかかった船だ。どの道、こいつを信じてやれるだけやってみるしかないか……」
つられるようにハーソンも手の中の魔法剣へ目を向けると、ウオフェの言葉と、そして、自らの新たな愛剣のことを信じて、ダナーンの英雄に立ち向かう覚悟を決めた。
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