Ⅶ 英雄の来冦(1)

「――これは……!?」


 いつの間に現れたのか? そこにいた大軍勢にハーソンは目を大きく見開く。


 呼びに来た生徒について神殿の正面へ回り込むと、そこにはハーソンが借りていたような兜や鎖帷子、円形盾ラウンドシールドで武装した大勢の兵士達が、神殿を守る教練場の生徒達と一触即発の状況で対峙していた。


 生徒達もまた、手に手に剣や槍などの武器をとり、甲冑を着込んでいついるものもちらほら見られる。


 その二つの集団を一目で見分けられる特徴は、マグ・メルの戦士が白い帯や鉢巻きを締めているのに対し、ウルスターの方は赤系統のものを用いていることだろう。


「――我はウルスターの戦士、セタンタ・クゥ・クラン! マグ・メルの者達よ! 今日こそ〝フラガラッハ〟ならびにその他のマナナーン・マク・リールの神宝をもらい受けに来た! 無論、名馬〝アンヴァル〟と〝静波号〟もだ!」


 その中の大将と思われる、御者付きの戦車チャリオットに乗った人物が声高らかに宣戦布告をしている。


 宝石のように輝く目をした長身のマッチョな美男子で、襟足を細かい三つ編みにした長い髪は頭皮近くから順に黒、赤、黄の三色に染め分けられ、琥珀のビーズや飾り紐で豪華に彩られている。


 また、鎖帷子の上には朱のマントを羽織っているが、その胸元には留め金に黄金のブローチがいくつもたくさん輝いており、その手には一本の古代風だが見事な大槍が握られていた。


「あれはウルスター最強の戦士といわれるクゥ・クラン。私同様、スカーチェ先生の教練場で教えを受けた者です。父親が光の神ルーであるため、その養父マナナーンは義理の祖父に当たり、自分にもルー同様、フラガラッハを所有する権利があると主張しているのです」


「神が父親とはまた随分と大それたことを抜かす妄想家だな……いや、そういえば、我らの世界にもそんな説を唱える輩がいたか……」


 敵の大将を見て、ご丁寧にもそんな説明をしてくれるウオフェに、今はそれどころではないのであるが、プロフェシア教の開祖・はじまりの預言者イェホシア・ガリールについて神の子・・・とする極右派の説を思い出すとハーソンは苦笑いを浮かべる。


「クゥ・クラン! 何度来ても同じことです! 我々マグ・メルはマナナーン・マクリールの意思に従い、どちらの陣営にも組する気はありません! とっととこの地を立ち去りなさい!」


 その間にもウオフェは自らの生徒達の前へ駆け出してゆくと、イチイの木の杖を敵軍に突きつけ、セタンタ・クゥ・クランなるウルスターの英雄にもひるむことなく堂々と言い放っている。


「ハン! マナナーンの巫女ウオフェか。別に味方をしろというのではない。フラガラッハや神宝さえ渡してくれれば、このような退屈な島にもう手出しはせん。我が父ルーだけでなく、祖父マナナーンもそれを望んでいるはずだ。父ルーに貸し与えたように、俺もマナナーンのものを借りる権利があるのだからな。ああ、そうだ。祖父の巫女であるおまえもついでに俺の女にしてやろうか? 俺の子を産ませてやるぞ? ハハハハハハっ…!」


 だが、クゥ・クランの方もまるで効く耳は持たず、自らの勝手な論理を並べ立てると挑発するかのように下品な言葉使いでバカ笑いをしてみせる。


「くっ……なんと品性のない下劣な輩なのだ。ダナーン最強の戦士が聞いて呆れるな。戦士の風上にも置けぬ愚か者だ……」


 それを聞くと、なぜだかハーソンは妙に強い怒りを覚え、クゥ・クランを睨みつけながら、誰に言うとでもなく無意識にそう呟いてた。


「申し訳ありませんが、あなたはわたくしの趣味ではありませんわ。それに、フラガラッハを渡すこと自体、あなた達ウルスターに味方することになるのです。やはり、あなた方とはいくら話し合ってもわかりあえませんね。ここは、いつも通り実力で言い聞かせることといたしましょう」


 一方、当のウオフェ本人は挑発も軽く受け流すと、これ以上語っても無駄とばかりにその眼に武芸者としての闘志を宿す。


「そうこなくっちゃな。やっぱり物事は戦で決めるのが一番だ。それに、おまえとやり合うのはけっこう好きなんだぜ? 我が愛しのウオフェちゃんよお」


 対してクゥ・クランの方も下品に舌舐めずりをすると、また卑猥な戯事を言いつつも手にした槍を振り上げて構える。


「出ていけ! ウルスターの野蛮人ども!」


「うるせえ! とっととフラガラッハを渡せ! マグ・メルの腰抜け野郎どもが!」


 それを見て、両陣営の戦士達からも罵声や怒号が沸き上がり、その場は俄かに騒然とし始める。


 誰かが少しでも手を出せば、すぐに激しい戦いが始まるような雰囲気である。


「………………」


 その暑く熱を帯びた場の空気に、傍らで見守っていたハーソンも〝フラガラッハ〟とともに手に汗握り、いつ火蓋が切られてもおかしくはない戦闘に備えて自身も密かに身構えた。


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