Ⅵ 魔法剣の心(2)

 その翌日も、またその翌日も、またまたその翌日も、魔法剣〝フラガラッハ〟に受け入れてもらうためのハーソンの闘いは繰り返された……。


 といっても、毎日無駄に同じことを繰り返していたわけではない。


「――だいぶフラガッハの動きにもついていけるようになってまいりましたね」


「……ふんっ…! ……せあっ!」


 ギィィィィィーン…! と一際大きく鳴り響く、剣と剣が激しくぶつかり合う金属音……ウオフェが傍らで見守る中、突進して来る〝フラガラッハ〟をハーソンは振り上げた剣で弾き飛ばす。


 闘いを始めてから何日が過ぎた頃だろうか? いつしかハーソンは、そこまで互角に〝フラガラッハ〟と渡り合えるようになっていた。


 避けそびれてボロボロに斬り裂かれたということもあったが、この頃には鎖帷子も兜も脱ぎ捨て、また、盾も置いて彼は剣一本で魔法剣の相手をしている。


「それでは、そろそろフラガラッハを操れるか試してみましょうか?」


 また、そこまで慣れると今度は、空いた左手にその鞘を持って、魔法剣をそこへ戻せるかどうかを試みてみたりもする。


「フラガラッハ! この鞘へ戻るんだ! ………うおっ…!」


 しかし、魔法剣はハーソンの言うことを聞くどころか、やはりくるくると高速回転しながら、彼を斬り裂こうと突撃してくる。


「…くっ! ……何をするフラガラッハ! 俺の言うことを聞け!」


 辛くも右手に持ったブロードソードでその一撃を受け流し、そのまま飛んでいく〝フラガラッハ〟へハーソンは激昂する。


「この鞘へ戻るんだ、フラガラッハ! ……!? このぉっ…!」


 左手の鞘を天に掲げ、もう一度命じるハーソンであるが、反転して帰って来たフラガラッハはまたしても襲いかかり、やむなく彼は剣を一閃してそれを弾き飛ばす。


 その後も何度となくハーソンは魔法剣に命じ続けたが、結局、〝フラガラッハ〟は言うことを聞く代わりに、攻撃を持ってその返答とするだけだった。


「クソっ! ここまで互角にやり合えるようになったのに……いや、時には斬り伏せることさえできるようになったというのに、なぜ俺を認めようとしないんだ!?」


 これまでの努力が無駄であったかの如く、まるで態度の変わらない暴れ馬の魔法剣に、ハーソンは苛立たしげに声を荒げて嘆く。


「一つ、あなたに助言を与えましょう……相手に受け入れられるためには、まず自分が相手を受け入れてあげなくてはなりません」


 すると、その様子を傍らでじっと眺めていたウオフェは、見かねたようにそんな謎解きが如き言葉をハーソンに対して投げかける。


「自分が相手を受け入れる……?」


 遠くで再び旋回し、またしてもこちらへ向かってくる魔法剣を見据えながら、ウオフェの言ったその言葉の意味をハーソンは心の中で熟考する。


 ……相手を受け入れる……相手を受け入れる……つまり、相手を信じるということか? ……相手を信じる……ハッ! そうか! そういうことだったのか!


「来い! フラガラッハ!」


 その答えに気づいた瞬間、身を守るために持っていたブロードソードを手から放すと、ハーソンは両手で鞘を握りしめ、その口を向かってくる〝フラガラッハ〟へ向けてそう叫んだ。


 対して魔法剣は回転速度を加速させながら、変わらぬものすごい勢いでハーソン目がけて突進してゆく……そのまま、高速回転する鋭利な刃は彼の肉体を斬り刻むかに思われた。


「…………っ!」


 だが、その瞬間、キン…という小気味よい涼しげな金属音を鳴り響かせたかと思うと、〝フラガラッハ〟は見事にすっぽりと、ハーソンの差し出した鞘の口に納まっていた。


「まあ! やりましたわね! フラガラッハがあなたを持ち主に相応しい人間として認めたのです」


 目を皿のように見開き、額に汗を滲ませながら固まっているハーソンに、ウオフェはポン…と手を叩いて、目を輝かせると歓喜の声をあげる。


「俺を……認めてくれたのか……?」


「ええ。あなたはその剣を以て自らの実力を示し、そして、今の行動を以て恐怖心を抱いていないことをフラガラッハにわからせたのです。馬や犬などの動物同様、自分に恐怖心を抱いている人間に、魔法剣もけして心を開こうとはしません。ですが、もう大丈夫です。フラガラッハはあなたを新たな持ち主として認めました」


 一瞬、死も覚悟したハーソンが譫言のように呟くと、ウオフェは教師の顔になって、魔法剣の言葉を代弁するかのようにそう答える。


「この魔法剣が、本当に俺のものに……」


 そんな風に言われても、どうにも実感が湧かずにピンとこないハーソンは、半信半疑な心持ちのまま、手の中にある魔法剣を天に掲げて見つめてみる。


「信じられないならば、今度は鞘走って的を斬るように命じてみるとよいでしょう。さあ、あの木の柱を的にやってみてください」


 そうしたハーソンの反応を見て、新たに立てられたまっさらな木の的を杖で指し示しながら、ウオフェはそんな提案をしてみせた。


「また鞘に戻らなくなるんじゃないかと正直心配だが……よし。試してみるか……」


 その言葉にけっこうな不安を抱きつつもハーソンは、少し離れた位置に立つ的の方へ体を向けると、以前、ウオフェが見せてくれた時同様に、手前へ掲げた魔法剣にその攻撃を命じようとする。


「フラガラッハ! あの的の木を両断してみせ…」


「先生ぇ~っ! た、大変です~!」


 ところがその時、そんな悲鳴にも似た大声とともに、慌てた様子で教練場の生徒の一人が駆け寄って来た。


「どうしたのです?」


「う、ウルスターのやつらがまた攻めてきました! し、しかも、それを率いているのはあの〝クゥ・クラン〟です!」


 すぐにただ事ではないと察し、俄かに表情を硬くしてウオフェが尋ねると、顔面蒼白のその生徒は息吐く暇もなくそんな報告をする。


「なんですって! あと少しというところだったのに、よりにもよってあの男が……牡牛を奪うために戦を始めたあの時から彼らは何も変わっていない……」


「もしや、例の魔法剣を奪いに来るというやつらか? ならば俺ももう無関係とは言えん。なんなら加勢するぞ?」


 その急な知らせを聞くと、自身もひどく驚いた様子で苦々しそうに呟くウオフェを見て、だいたいのことを理解したハーソンは迎撃の応援を申し出る。


「ええ。あなたを逃がす暇もないですし、〝フラガラッハ〟を扱えるとなれば今は捨てがたい戦力……申し訳ないですが、そうしていただかなければならないようです……」


 何かを恐れているのか? 客人であるハーソンのその申し出にも遠慮することなく、ウオフェはいつになく深刻な表情で、真っ直ぐに彼を見つめ返しながらそう答えた。

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