Ⅵ 魔法剣の心(1)
そんなわけで、思いがけずもハーソンは、魔法剣〝フラガラッハ〟に持ち主と認めてもらうため、その剣と闘うことになった。
「――一応、鎖帷子と兜もつけてもらいましたが、〝フラガラッハ〟は通常の鎖でも斬り裂いてしまいます。あまり役には立たないのでくれぐれもお気をつけください」
古代風の甲冑を身に纏い、腰に佩いていた自身のブロードソードを引き抜くハーソンに、〝フラガラッハ〟を胸に抱えたウオフェは
「なんとも他人事だな……ま、当らないようにせいぜい気をつけるさ……というか、無意味ならば、むしろこんなもの脱ぎたいくらいだな」
その言動に渋い顔を作るハーソンであるが、それ以上は避難するでもなく、逆に邪魔そうな様子で鎖帷子の胸元を引っ張ってみせる。
「何でしたら盾もいりますか? 盾ならば多少は防げると思いますが……」
「いや、無用だ。多少、剣には憶えがある……さあ、さっさと始めてくれ」
はじめ話を聞いた時は、あの
念のため、盾も必要か尋ねてくれるウオフェのその言葉にも首を横に振り、剣を構えると決闘の開始を催促する。
「そうですか? では、いきますよ……フラガラッハ! あなたを自由にします。あなたを求めるかの者と、思う存分、刃を交えなさい!」
その返事を聞くと、少し心配そうな表情を浮かべながらもウオフエェは鞘部分左手に持ち、魔法剣を天に掲げるやよく通る声でそう命じる。
と、次の瞬間、ひとりでに鞘を抜け出した〝フラガラッハ〟はくるくると高速回転を始め、そのまま、ものすごい勢いでハーソン目がけ斬りつけていった。
「うぐっ…なにっ…!?」
瞬間、ギィィィィーン…! と大きな金属音が鳴り響き、ハーソンが握っていたはずのブロードソードは、なぜか宙に舞っている。
向かってくる風車のような強靭な刃に、咄嗟に剣を振るって弾こうとするハーソンであったが、逆に自らの手にした剣の方が、その強烈な高速回転に弾き飛ばされてしまったのだ。
「……うおっ! ……くっ……!」
刹那、身を屈めてなんとか斬られずにはすんだものの、飛んで行った魔法剣はくるりと空中で方向転換すると、再びハーソンに斬りつけて来て、彼は慌てて飛び退けて九死に一生を得る。
「や、やっぱり盾も貸してくれ! なるべく頑丈なやつをだ!」
実際に手合わせしてみて、改めてその魔法剣の持つ力を認識したハーソンは、前言撤回して盾もウオフェに求めた。
「――くっ…! ……ふんっ…! ……うおっ…!」
そうして、兜と鎖帷子に加えて盾も装備したハーソンの、魔法剣〝フラガラッハ〟との決闘……というより、稽古をつけてもらっているような剣戟はなおも続く……。
楽園のようなマグ・メルのドーム内に響き渡る、金属と金属が激しくぶつかり合う甲高い衝撃音……盾を装備したこともあるが、最初は逃げ回ることしかできなかったハーソンも、次第に盾で斬撃を受けとめたり、剣で斬り結んだりすることもできるようになってきた。
ちなみにその金属板の張られた頑丈な
「さて、今日はこれくらいにしておきましょうか……フラガラッハ! 鞘にお戻りなさい! フラガラッハ! んもう、またあ……フラガラッハ! マナナーン・マク・リールの名において命じます…」
そんな激しい攻防をハーソンが疲れ果てるまで続けた後、なおも自由に飛び回る魔法剣をウオフェは強制的にまた魔術で鞘へと戻す。
「今夜は神殿の診療所にお泊りください。傷の手当ても必要なようですしね」
「……ハァ……ハァ……あ、ああ、すまない……そうさせてもらえればありがたい……」
そして、もう立つこともままならず、肩で息をしながら地に膝を突くハーソンに手を差し伸べると、彼を引き起こして再び神殿の方へと誘っていった。
さすがに何度かは防御に失敗し、鎖帷子のおかげで両断はされなかったものの、あちこち軽い切り傷や打ち身でいっぱいである。見れば鎖帷子の方も、代わりに斬られてボロボロになっている。
「――痛っっ……こいつは、早いとこ持ち主と認めさせないと、こちらの命も危ういな……」
ベッドに腰かけ、女性神官達に再び〝治癒の豚皮〟を全身に貼ってもらいながら、この厳しい試練についてハーソンはぼやく。
「なるほど……病がないはずなのに、どうしてこんなにも患者が多いかと思ったら、俺のように教練で怪我をするためだったか……」
また、相変わらず診療所内には治療を受ける男達の姿がちらほら見られたが、その理由も今さらながらに合点がゆくと、全身に感じる痛みと疲労感を通して彼は妙に納得した。
「寝る時もこのベッドをお使いください。お食事は食堂の方でとれますので参りましょう」
前回同様、〝治癒の豚皮〟がすぐに効能を示し、治療がすむとウオフェは、やはり神殿に併設された神官のための食堂へとハーソンを連れて行く。
「――旨い! シンプルな料理なのに異様に旨いな。甘さや塩味にも妙に深みがある……ゴクン……ふぅ、このビールも最高だ!」
「お口に合って何よりです。いくらでも
神殿や診療所同様、白亜の石で造られた清潔感のある大きな食堂で、長い木のテーブルにウオフェと対面する形で腰を落ち着けると、ハーソンは彼女達ダナーン人の夕食を供された。
ダナーン料理……いやマグ・メル料理と言ったものなのだろうか? 素朴な塩味の利いたパンと、焼いた豚肉にリンゴのソースをかけたメインデッシュ、それにビールのような琥珀色の泡の立つ酒である。
食堂に並べられた長机では、他の神官達も離れた位置で幾人かが楽しく談笑しながら食事をしており、どうやら食べたい時に来て食べられるようだ。
さすが、本当に飢えることもない楽園である。
「…もごもご……ゴクン……しかし、あのとんでもない
脂の乗った豚肉に舌鼓を打ちながら、先刻の〝フラガラッハ〟を操っていた彼女の姿を思い出すと、改めてそのことをハーソンは実感する。
「…ぐびぐびぐび……ぷはぁ~……いえ、あれはわたくしの力というより、現在の所有者であるマナナーンの権威によるものですからね。でも、あなたは自らの力でフラガラッハを操れるようにならなくてはいけません。そんな
しかし、何気なく呟いたその一言に、ビールを豪快に飲み干したウオフェは照れるでも威張るでも謙遜するでもなく、藪蛇にもハーソンは小言を言われてしまう。
「フン。わかっている。明日こそものにしてみせるさ……ていうか、見かけに反してけっこうイケる口だな……」
少々頬を赤らめ、口を尖らせるウオフェに顔をしかめると、ハーソンは耳が痛そうにそう言い返しながら、彼女の飲みっぷりに時間差で目を見張った。
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