V 暴れ馬の剣(2)
「どうです? ご覧になったご感想は?」
少々暴れはしたものの、さほどの被害もなく無事に魔法剣を手元に戻すと、振り返ったウオフェは悪戯っ子のような微笑みを湛えてハーソンに尋ねた。
「……い、いやあ、恐れ入った。あれこれ想像はしていたが、噂に聞くダナーン人の魔法剣、まさかこれほどのものだったとは……」
不意に訊かれ、呆然と佇んでいたハーソンは、一瞬遅れて譫言のようにそう答える。
「そう思われますか! では、もしこの魔法剣を自在に操ることができたとしたら、あなたはこの剣をご自身のものにしたいと思われますか?」
その答えを聞くと、なぜだかウオフェはパっと顔色を明るくし、どういう意図なのか、さらに重ねて質問を彼にぶつけてきた。
「……え? ま、まあ、これほどの威力を持った魔法の剣。もちろんそんなことができるのであれば、自らの佩く剣にしたいところではあるが……じつは、こう見えて騎士の家の出身でね。ゆくゆくは家を継いで、騎士にならねばならん身だ。騎士ならば、優れた剣を手に入れたいと思うのも当然だろう」
「まあ! それは好都合! では、このフラガラッハをあなたに差し上げましょう」
もちろんだというように答えるハーソだったが、するとウオフェはまた唐突にとんでもないことをさらっと言い出すのだった。
「ああ、いただけるのならば、それは願ってもな……な、なんだと!? 本気で言ってるのか!? そんな真顔で言われては冗談にとれないぞ!」
「いえ、冗談ではありません。あなたが騎士の家の者ならばなおのこと。ぜひともフラガラッハの持ち主になっていただきたいのです」
あまりにもあまりな話に一人ボケツッコミ気味に驚きの声をあげるハーソンに対し、ウオフェはいたく真剣な顔つきで改めて魔法剣の譲渡を申し出る。
「い、いや、もらえるものならば当然もらいたいが、その剣は君らダナーンの神宝なのだろう? それをそう簡単にくれると言われても、さすがにはいそうですかともらうのにはさすがに抵抗があるぞ?」
「確かにフラガラッハは大事なマグ・メルの神宝です。ですが、これには深い事情があるのです。あのバカな戦いにこれ以上巻き込まれないためには、他所から来たあなたにこの剣をもらってもらわなければならないのです」
突然の思いもよらない申し出に慌てふためくハーソンであるが、ウオフェはますます深刻な表情になると、その理由を語り出した。
「我々ダナーンの民の歴史では、マナナーンやルーのような神々の時代の後に、神々の子供である英雄の時代がやってきましたが、そこである大きな戦が起きたのです」
「大きな戦?」
何がなんだかわけがわからず、だいぶ頭を混乱させたままの状態ながらも、歴史や伝説好きなハーソンは反射的に聞き返してしまう。
「はい。ここエールスタントの地をダナーンが治めていた頃、〝ウルスター〟と〝コンハート〟という二つの国がありましたが、ある時、ウルスター王コンファヴァル・マク・ネーサとその妻でコンハートの女王マェーヴが、各々どちらの持っている財産の方が優れているのかを比べてみることになりました。すると、コンファヴァル王の所有する精強な牡牛〝フィンヴェナハ〟においてのみ、マェーヴ女王は負けておりました」
「王族が考えそうな、なんともくだらん見栄の張り合いだな」
その問いかけに答える形で昔話をウオフェが始めると、ハーソンはなんとも嫌そうに眉をしかめて合いの手を入れる。
「ええ。でも、それが許せなかったマェーヴ女王は、夫の治めるウルスター国内にあるクーリンゲという街で、コンファヴァル王の牡牛に勝るとも劣らぬ牡牛〝ドン・クアルンゲ〟を見つけ、譲渡を拒む持ち主からこの牡牛を奪うべく、軍を挙げてウルスターへ攻め込んだのです」
「牛一頭のためだけに軍を起こしたのか!? しかも、見栄の張り合いから始まった夫婦喧嘩だろう? ますますくだらんな。くだらなくも壮大な夫婦喧嘩だ!」
同感と相槌を打ち、さらに続けるウオフェの話を聞いたハーソンは、あまりにもがバカげた戦のその理由に、呆れ果てると思わず声を荒げてしまう。
「その通りです。そのくだらない見栄のために、ダナーンは二手に分かれて長らく熾烈な戦いを繰り広げることとなりました。ミレトス人に地下へ追いやられたのも、その戦によってダナーンの国力が弱体化したことによります。そして、その戦いは地下を住処とした後も……今に至るまでずっと続いているのです」
「今でも!? では、何百年もの間、ずっとそんなバカげた戦を続けているというのか!? それに比べればエウロパの百年戦争などかわいいものだぞ!?」
重ねて首を縦に振り、さらに驚くべき事実を口にするウオフェに、ハーソンはますます声を荒げ、とても信じられないという顔で愕然とする。
「そうです。そのバカげた戦をいまだにやめられずにいるのです。ある種、ダナーンの民にかけられた
「なるほど。そういうことか……そいつらのものになって戦に利用されるくらいなら、
これまた呆然自失としてしまうような、俄かには信じ難き驚愕の歴史的事実ではあったが、そこまで聞くとハーソンは、なぜ彼女が自分に魔法剣を渡そうとしていたのか、その理由をすっかり理解した。
「いや、そもそも最初から、俺がこの剣をほしいと言い出すように誘導していたな?」
「エヘヘ…バレちゃいましたか? でも、まだ
さらに、気絶していたハーソンを助けたその時点から、こうなるよう仕向けていたことにも気づいて追及すると、彼女は誤魔化し笑いを浮かべながらその本心を告白する。
「わたくし達は地下へ逃れる際にマナナーンの生み出した
「そうだな……もとより、それほどの力を秘めたダナーンの魔法剣を我が物にしたいというのは正直なところだ。そういう事情であるならば、よろこんでもらい受けるとしよう」
ウオフェのいう〝
「ほんとですか! ありがとうございます! ただ、〝フラガラッハ〟の持ち主となるには、一つだけ条件があります」
すると、再び顔色を明るくして弾んだ声で礼を述べるウオフェであるが、続けざま、彼女はそれまでまったく触れなかった、なんとも気になることを口にし始める。
「条件?」
「はい。それは〝フラガラッハ〟自身に
訝しげに眉をひそめ、聞き返すハーソンにウオフェはそう答える。
「受け入れられる? ……と言われても、よくわからんな。具体的にはどうすればそんなことができる?」
「〝フラガラッハ〟と闘うのです。闘って、自分が真の主として相応しいことを認めさせるのです」
さらに重ねて尋ねるハーソンに、彼女は相変わらずのケロっとした顔で、どこか愉しげな笑みを浮かべながらさらっとそう答えた。
「……は? あ、あれと闘って認めさせるだと!?」
その返答に、ハーソンはちょっと騙されたような感情を抱きつつ、思わず目を見開いて声をあげた。
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