Ⅴ 暴れ馬の剣(1)

「これは……!?」


 見るとその神殿の裏側に当たる場所には、これまでの牧歌的な景色とはまったく様相の違う、この楽園にとっては極めて異質な光景が展開されていた。


 広々とした荒野を思わす、土埃舞う、草の剥がれた茶色の地面の上、たくさんの男達が剣や盾を持って各々に斬り結んでいる……また、別の場所では並んで槍投げをしていたり、木の柱の的相手に投げ縄をしている者……集団でカエルのように飛び跳ねていたり、中には馬で曳く戦車を乗り回している者までいる。


 いうなれば、軍事訓練場のような感じを受ける場所だ。


「ここは戦士達の教練場です。この島に住む戦士達は、日々、ここで闘うための業を磨いているのです」


 目を見開くハーソンに、その喧騒に包まれた広場を見渡しながら、さらに歩を進めてウオフェは答える。


「教練場? ……なんだか妙だな。このような楽園にそんな無粋なものが必要なのか? 俺の眼には不必要に思えるんだが……」


 眉間に皺を寄せ、異質なその空間を眺めながら、ハーソンは独り言を言うように呟く。


「たとえ楽園であっても、脅威というものは存在するんですのよ……さ、あちらの的で実践してみせましょう」


 だが、ウオフェは意味深な台詞を口にしただけで、そのまま足を止めずに教練場の敷地内へと入って行った。


「……あ! これはウオフェ先生、おつかれさまです!」


「ウオフェ先生、こんにちは!」


 不意に現れた彼女の姿を見ると、古代北エウロパの戦士のような恰好をしたチュニック姿の男達は、軒並み動きを止めるとウオフェに対して丁寧な挨拶をする。


「先生? ……もしかして、君はこの教練場の教師なのか?」


 男達のそうした態度とこの状況を鑑みた結果、ハーソンはそんな推論へと考え到る。


「はい。一応、この教練場の学長もさせていただいております。こう見えても、影の国〝ダン・スカー〟にある教練場で、ダナーン最強の女武芸者スカーチェ様に武芸や兵法の教えを受けているんですのよ」


 思わず口にした彼のその質問に、ウオフェは少々自慢げに胸を張ってそう答える。


「君は武芸のおぼえもあるのか!? とてもそんなようには見えなかったが……」


 まだその腕を実際に見たわけではないのでなんとも言えないが、ここの学長を務めているということは、それ相応の能力は持っているのだろう……相変わらず、彼女には何かと驚かされる。


「これより、魔法剣〝フラガラッハ〟の演武を行います。危険ですから、皆さん、この場を離れてください」


 自分の尺度では計り知れない彼女の後姿に、何やら心惹かれるものを覚えつつハーソンが眺めている内にも、ウオフェは木の柱の的が建つ場所まで行って、周囲にいる男達――教練場の生徒達に避難命令を出す。


「ふ、フラガラッハを!? ヤバイ! 逃げるぞっ!」


「遠くに離れないと斬り刻まれかねないぞっ!」


 すると、その言葉を耳にした生徒たちは一斉に蜘蛛の子を散らすが如く、一目散にその場から逃げ出してゆく……そんなに、その〝フラガラッハ〟という魔法剣は危険なのだろうか?


「ま、これくらい離れてもらえば、犠牲・・は出そうにないですね」


 ともかくも、避難した生徒達はかなり遠巻きにこの広場を囲み、的である木の柱から数十メート離れた位置にウオフェとハーソンが立つ以外、周囲に人の姿は誰一人として見えなくなった。


「さて、お待たせいたしました。それではいきますよう……フラガラッハ! マナナーン・マク・リールの名において命じます。あの的の木を両断してみせなさい!」


 そうして安全が確保されると、ウオフェは両手で抱えていた魔法剣の、柄の方を握っていた右手を放し、手前に掲げるや凛とした声で剣にそう命じる。


 と、次の瞬間、剣は本当にひとりでに鞘走り、くるくると竹トンボの如く高速回転して宙を飛翔すると、ウオフェが命じた通り、そのままの勢いで的の木に突っ込んで行った。


「……!」


 刹那、眼を見開くハーソンの前で木の柱は横一文字に両断され、大きな音を立てて上部が地面へ落下すると、その鋭利な切断面を余すことなく披露してみせる。


「これが、魔法剣の力か……」


「フラガラッハ! もうけっこうです。鞘にお戻りなさい!」


 その常識では考えられない現象を唖然と見つめるハーソンの傍ら、ウオフェは天に鞘を掲げて再び魔法剣にそう命じる。


「……フラガラッハ? もう! 相変わらずのじゃじゃ馬なんだから!」


 ところが、今度はそれに従う様子をまるで見せず、なおもくるくるとひとりでに回転しながら宙を乱舞すると、残った木の柱を切り刻んだり、地面を走ってもうもうと砂埃を巻き上げたりしている。


 生徒達が逃げ出したのはこうなることを充分に理解していて、それに巻き込まれないためだったのだろう。


「まったく困った子ね……ΘΔΦΣΩΨμδЖ∀…」


 それを見たウオフェは美しい眉を「ハ」の字にすると、ハーソンには聞き取れない、おそらくは彼女達ダナーン人の言語と思われる呪文を小声でぼそぼそと唱え始めた。


「今一度、偉大なる海の神、マナナーン・マク・リールの名において命じます! マナナーンの生み出したる魔法剣フラガラッハ! マナナーンの代弁者たる我、ウオフェの声に従い、おとなしくこの鞘に戻りなさい!」


 そして、先程よりも声を強めると、暴走する魔法剣に対して改めて帰還の命令を発する。


「ふぅ……なんとか聞いてくれたみたいね……」


 すると、先程の呪文が効いたのか? 不意に魔法剣はその動きをぴたりと止め、一拍の後、またくるくる回転し始めたかと思いきや、どこか渋々戻ってくるような空気を醸し出しながら、ウオフェの手に持つ鞘の中へすらりと納まった。

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