Ⅱ 遺跡の島(3)

 それからまん丸い、島自体からして人工物かと疑われるようなそれの周囲を船で巡っていると、やがて、なんとなく整備されたっぽい原始的な波止場の如き場所を二人は見つけた。


 無論、天然の地形ではあるのだろうが、そこだけ波止めのように岩場が出っ張っていて、逆に引っ込んだ小さな湾のような窪みが船を泊めるにはもってこいなのだ。


「あそこから上がりやしょう!」


 当然、ティヴィアスもそう判断し、クナール船をその湾に突っ込むと、二人は島へ上陸した。 


「住んでた痕跡は見られないが、昔は時折、葬送や祭祀のために人が渡って来ていたんだろうな……」


 錨を下ろし、手ごろな岩に船を繋ぎ留めるための綱をティヴィアスが結ぶ間に、周囲を歩き回っていたハーソンが誰に言うとでもなく呟く。


 島全体が石を積んで築かれたと思しき、なだらかなお椀形の墳丘をしており、住居の跡のようなものはまるで発見できなかったが、この入り江についてはどうにも使われていた感がある。


「となると、上に何か祭祀跡みたいなものがあるかもしれないな……よし。登ってみよう!」


「へい! 頂上にお宝でも置いてありゃあいいっすね!」


 船の停留作業が終わると、ハーソンはティヴイアスに声をかけ、けっこう乗り気な彼とともに、そのなだらかな石の墳丘を登り始めた。


 築かれてからずいぶんと長い年月が経っているのだろう……遠目に見た時の通り、石の隙間からは青々とした草木が生い茂っているが、それでも登頂を阻むほどのものではなく、傾斜も緩いために比較的容易に上ることがきる。


「伝説とかでありがちなパターンだと、丘の頂上に魔法剣が刺さってたりするかもしれませんぜ? で、そいつを抜けた者は王様になれるとか?」


「フン。騎士道物語ロマンスの読み過ぎだな……ん? 剣の代わりに石碑があるようだぞ?」


 そんな無駄話をしている間にも、二人は墳丘の頂上へと到る……下からではわからなかったが、見れば人の背丈ほどもある大きな石の板がそこにはそびえ立っている。


「墓碑か、あるいはダナーン人の信仰の対象だったんだろうか? その割には他に何もないようだが……いや、これは土器の欠片だな。お供えだろうか?」


 小屋が一軒建つくらいの広さはある、その幾分平らになっている頂の中央まで歩を進ると、ハーソンはその石板を調べ始める。


 表面はすっかり苔生しており、カビのためなのかもとからの色なのか? 暗緑色をした扁平な石でできているように見える。


 その石の他に建造物は何もないが、足元を見ると素焼きの壺か椀のようなものの破片が風化して散乱している。


「何か文字が書いてあるようだが……読めんな。なんらかの魔術的なものか?」


 表面の苔をハーソンが手で除いて見ると、古代によく見られる渦巻き模様の他、何かの図形のような幾何学模様や、見たとのない文字なんかも刻み込まれている。


「俺もこんな文字みたことないですねえ。デーンラントのものでもねえ」


 ハーソンの背後からそれをまじまじと見つめ、ティヴィアスもそんな感想を口にする。


「裏にも同様の模様があるようだな……まるで別物だが、魔導書の召喚魔術で使われる魔法円や印章シジルに似た印象を受けなくもない。もしや、墓泥棒から護るための結界を張る装置か?」


 その石碑をぐるりと一周し、反対側も調べたハーソンンはそんな推論に思い至った。


「これがこの遺跡を秘密のベールに包んでいるというわけだ……このペンタクルが本物なら、その秘密をぜひとも俺の前に開示してほしいものだな」


 その推論をもとに、本気とも冗談ともとれぬ口調でそう呟くと、例の悪魔の力が宿っているという金属円盤を取り出し、ハーソンはそれを石碑の方に掲げてみせる。


「もしかしたら、そいつの力で封印が解けて、秘密の扉が開くかもしれませんぜ? ガハハハ…」


 するとティヴィアスもノリよく彼の言動に合わせ、そんなことを言って笑い声をあげる。


 ……だが、その時だった。


「うわっ! な、なんだ!? ま、まさかほんとに……」


「地震か!?」


 突然、ゴゴゴゴゴ…と重低音の地鳴りが周囲の空気を震わせたかと思うと、空気ばかりか自分達の立つ墳丘までが激しく鳴動し始めたのである。


「いかん! 石を積んで築いたものなら崩れやすいかもしれん! すぐに船へ戻るぞ!」


「が、がってんでさあ!」


 これまでの冒険で培った勘が危険を察知し、ハーソンは咄嗟にそう判断すると、テイヴィアスを促して急いで墳丘を下りようとする……が、時すでに遅しである。


「…!? うわあっ…!」


「なぬ…!?」


 次の瞬間、まるで落雷したかのような轟音とともに石の地面が崩れたかと思うと、それまで平坦だった墳丘の頂には、大きな漆黒の穴がポッカリと口を開けたのである。


「うおぉぉぉぉぉぉ~っ…!」


 一瞬にして足下の地面がなくなったのだから、鳥のように空でも飛ばない限り、最早、彼らに逃れる術はない……二人はそのまま、突如現れた地下空洞の暗闇の中へと絶叫とともに落ちていった……。

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