Ⅱ 遺跡の島(2)

 聖暦1570年代末、夏。エウロパ世界の北方・エールスタント王国沿岸の海……。


「――ハーソンの若旦那~! その、ダナーン人ってのは、いったいどんなやつらだったんですかい? なんで、そんな遠い異国の先住民の遺跡に興味を?」


 足の速い〝ドラゴン船ドラッガー〟よりは寸胴な印象を受けるが、ヴィッキンガーの時代より使われる横帆マスト一本の伝統的な小型貿易船〝クナール〟の船尾で、舵を操るティヴィアスが声を張りあげて尋ねる。


 先祖伝来だという牛角の付いた兜を帽子代わりに被り、大柄な体格に髭面をした、いかにも豪快な話し方をする海の男ティヴィアスは、ハーソンが中流地方領主の子息だと知ると彼のことを〝若旦那〟と呼んでいる。


「俺も詳しくは知らんが、今のエールスタント人がやって来る遥か以前からエリウ島に住み着いていた異教の民で、言い伝えによれば、我々のものよりもかなり高度に発展した魔術を用いていたらしい。一太刀で山を斬り崩したり、ひとりでに戦ってくれる魔法剣のような、強い魔力を宿した武器も造り出せたということだ」


 その問いに、今よりも多少若い顔立ちで、伸ばしたままの金髪を後ろで一つに束ねた風貌のハーソンは、濃茶のマントを羽織って船縁に腰かけると、波の穏やかな夏の海をぼんやり眺めながらそう答えた。


「魔法剣っていやあ、あの黄金や宝石並みに高値で取引される珍しい代物っすよね? ああ、わかりやしたよ! そいつを遺跡で見つけて一儲けしようっていう魂胆っすね!」


「ハハハ…そんなもったいないことはしないさ。もし幸運にも見つけることができたとしたら、自分のく剣にするつもりだ。ま、たとえ遺跡を発見したとしても、そんな簡単に手に入るもんじゃないだろうがな。それこそ、雲を掴むような話だ」


 船乗りとして交易もしているため、いかにも商人らしい発想をするティヴィアスに、ハーソンは笑ってその推測を否定する。


「さすがは騎士の息子さんですねえ……でも、その口振りだと他に目的があるってことっすね?」


 やはり同じようなことを思ったらしく、そんな騎士っぽい考え方にティヴイアスも笑うと、言葉の文間を読んでさらにハーソンに尋ねた。


「ああ。目的はそのダナーン人自体だ。それほどの強い力を持っていたにも関わらず、伝説によると、ダナーン人は後から島にやって来たミレトス人――即ち今のエールスタント人の祖先との戦に敗れ、地下世界へ逃れたことになっている……地下とはつまり死後の世界。ダナーン人は滅ぼされたということだ。彼らがいかなる者達で、どうして滅ぶことになったのか? 俺はそれが知りたいんだ……」


「そんなことのためにはるばるこんな北の海の果てまで? そいつぁまた物好きな。やっぱり若旦那は、騎士っていうより学者の方が向いてるようだ! ガーハハハハハハ……お! 地元の漁師に聞いた島が見えてきましたぜ?」


 真っ白な入道雲の浮かぶ青空の彼方へ視線を移し、まるで太古の時代を幻視するかのようにそう答えるハーソンに、少々呆れ気味のティヴイアスは大きな笑い声を洋上に響かせるのだったが、その時、彼の船乗りとしてのよく利く眼が、前方の水平線に浮かぶ小さな島の黒い影を捉えた。


「……ん? あれか……幽霊が出ると言ってたが、俺が思うにおそらくはダナーン人の王侯貴族が葬られた墓所か何かだ。その事実が長い歴史の中で忘れ去られ、無暗に近づいてはならない、神聖な場所としての記憶だけが残ったんだろう」


 ハーソンの言葉通り、そのエールスタントの沖に浮かぶ小さな無人島には、そんな噂がまことしやかに囁かれている。


 彼の常套手段として、地元民に土地の伝説や昔話を聞き、それをもとに古代の遺跡を探したり、その遺跡を残した人々の歴史復元を試みたりしているのだが、今回もその手法により、この小島が怪しいと踏んだわけである。


 白い一枚の帆布を大きく膨らませ、充分に追い風を孕んだコグ船は真っ直ぐにその小島めがけて海原を突き進んで行く……。


「ありゃあ、ただの島じゃないですぜ! 島というより巨大な塚だ!」


「ああ。俺の読み通りだったみたいだな……」


 徐々に黒い島影が大きくなってくると、やがて、それが自然にできた島でないことは二人にもすぐにわかった。


 正面から見た様子では、どうやら巨大なまん丸い円の平面形をしているようなのであるが、その海に顔を出した基盤の上にこんもりと盛り上がっている大きな山は、土饅頭ではなくすべて石でできているのだ。


 全体が石を積み上げて築かれたものなのか、それとも土山に石を葺いただけか……ともかくも、大小の石を山盛りに積んだような印象であり、今はその隙間から草木が青々と生い茂っているが、明らかに人工的に造られたものであることは間違いなかろう。


「しかし、エールスタントに来て早々、地元民ですら忘れちまってる遺跡を見つけるたあ、若旦那もそうとう運がいいっすねえ」


 船尾で舵を操りながら、だんだんに近づいてくるその石造りの島を見つめてティヴイアスが呟く。


「そうだな。もしかしたら、こいつのおかげかもしれない……魔導書『ソロモン王の鍵』に載っている〝水星第四のペンタクル〟だ」


 その言葉に、振り向いたハーソンは懐から一枚の金属円盤を取り出すとテイヴィアスに掲げて見せた。


「ま、〝お守り〟みたいなもんだな。旅の途中、ロマンジップ(※流浪の民)の占い師に売りつけられたものだが、あらゆる智恵を授け、秘密の理解を助ける御利益があるんだそうな。いかにも胡散臭かったが、富や栄誉を与えるペンタクルと違って、人気がないから安くしとくというんで何かの役に立つかもと買ってやったんだ」


「へえ、魔導書の護符ですかい。ま、いくら禁書とはいえ、宝探し・・・に魔導書はつきもんっすからね。ロマンジップには偽物を掴まされることの方が多いんすが、きっとそれは本物だったんでしょう。やっぱりわあ旦那はツイてまさあ!」


 ハーソンの説明を聞きながらその円盤を見つめ、ティヴィアスは感心したようにそう言う。


 魔導書グリモリオ……それは神羅万象に宿り、この世界に影響を与えている悪魔デーモン(※精霊)を召喚して使役するための方法が書かれた魔術の書である。


 プロフェシア教会やそれを国教として報じるエウロパ世界の国々は、「悪魔崇拝に繋がる邪悪で危険な書物」として魔導書の所持・使用を禁じる禁書政策をとっていたが、その反面、〝魔法修士〟のような教会や国の許可を得た者にはその利用を認めるなど、実際には魔導書の持つ絶大な力を独占し、また、自らの権威を高めるための利己的な施策であった。


 それ故に、この禁書政策に反抗的な民衆も多く、裏の市場マーケットでは非合法に魔導書の写本が取引されていたり、もぐり・・・でその魔術を使う者も後を絶たないのが実情である。


 かく言うハーソンにしても、そんな違法の魔術の恩恵にあずかっているというわけだ。


「敬虔なプロフェシア教徒の父上が知ったら、卒倒しそうな話だな……さて、どこか船を着けられる場所を探そう。さっそく上陸といこうじゃないか」


 厳格なエルドラニア騎士である父の顔を不意に思い出し、ハーソンは苦笑いを浮かべると、眼前に近づいた巨大な石の墳丘を見上げてそうティヴィアスに告げる。


「了解でさあ! でも、ダナーン人の幽霊が化けて出てもしりやせんぜえ? ガハハハハ…!」


 その言葉に、ハーソン同様、迷信はあまり信じない性質たちのテイヴィアスもそんな冗談を口に、愉快そうに高笑いを上げながら船の舵を切った。

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