後日談 性転換薬

「え、何それ、知らん、こわ」

『えぇ……』


 この場にいるのはノルドを除いた勇者パーティーの面々とヨルアそしてその従者であるシャロンの六人だ。

 悪徳神官の部屋から押収した『性転換薬』と書かれた瓶をノエルたちに持ってきたヨルア。その際同じエルフであるノンナにもこの青色のポーションを見せたが、まさかの上記の反応である。


「宮廷聖術士という立場故、ポーションの存在は知っておったが『性転換薬』のポーションは見たことも聞いたこともないわ」

「エルフなのに?」

「ワシがいつ頃に森から出たと思う? 外で暮らすエルフの中でも若輩も若輩じゃ。帝国でエルフの秘伝薬とやらを知ったというのに『性転換薬』なぞ知るわけなかろう」


 サラの言葉にノンナが反論する。

 それを聞いてそれもそうかとサラは納得した。


「あれ? そう言えば何歳に森から出たか聞いてなかったね?」

「……森から出たのは三十の時じゃ」

「それよりも!!」


 話が脱線しかかってるところにヨルアが声を張り上げた。


「ノエル……性転換薬よ」

「あ、う、うん……」


 彼女の言葉に全員ノエルの方へと目を向ける。

 瓶に書かれた『性転換薬』のラベルを信じられないような目で見つめて、どう反応すればいいか分からないからだ。


 ノエルは生まれた時から違う性別の体に生まれたと感じていた。

 そしてそれはこの旅を経て、そして女神から前世のことを聞かされて、その考えは間違っていないことに確信している。

 元の性別に戻りたい。

 そう決意したところで僅かな日にちで解決策が出てきたのだ。感情が追い付かないのも無理はないだろう。


「これが……」

「……えぇ」


 ゆっくりと瓶に手を伸ばすノエル。

 その光景をヨルアはじっくりと見ていた。


「ようやくね……」


 弟ではなく妹であることは一目で分かっていた。

 代々人を見る目がある母方の家系故か、実の母含めて理解していた。だからこそこうしてノエルがやっと本当の自分に戻れることに感慨深げに見ていた。


 そこに。


「いや、ちょっと待って」

「あっ」


 だがノエルが瓶に触れる直前に、ヴィエラが待ったをかけた。


「貴女たち焦り過ぎよ。これが本当に『性転換薬』かどうかも分からないじゃない。偽物ならまだしも毒だったらどうするのよ?」


 ヴィエラの言葉に周囲がハッとする。


「そう、じゃな……ワシも『性転換薬』という薬は聞いたことがない。これが本物であることなど保証できん」

『……』


 同意するように発したノンナ。確かに二人の言葉は一理ある。だからこそつい先ほどまで逸っていたノエルとヨルアは押し黙るしかない。


「この薬が本物かどうかノンナちゃんは調べられる?」

「すまんがワシの専門は聖術じゃ。流石にポーションの鑑定など無理じゃ」


 サラの問いにノンナが申し訳なさそうに答える。

 ヨルアも流石に部下に試すなんてことは出来ない。部下の命もそうだが、そもそも押収した『性転換薬』の個数がこれのみなのだ。

 本物かどうかはさておき、これを飲んでノエルの体に悪影響が出れば魔王討伐も難しくなる。


 とどのつまり、判断は保留すべきだろう。


「……」

「ノエル、まだ手がかりが消えたわけじゃないわ。瓶の意匠がエルフの物に似ているからエルフが関わっていないことはないはずよ」

「そうじゃ。それにワシが知らないだけで本当にエルフの森には『性転換薬』があるかもしれん」

「まだ諦めるときじゃないよノエル!」


 仲間の言葉にすぅ、はぁ、とノエルは気持ちを落ち着かせるために息を吐く。そう、まだ焦る時ではないのだ。先に優先すべき事柄があって、まだ手遅れという段階でもない。そう自分に説得してノエルは顔を上げた。


「うん、分かったよみんな」


 そう言って、ノエルは一旦『性転換薬』に伸ばした手を引っ込めた。


 その時だった。


 コンコン、ガチャ!


「お邪魔しまーす! あっお姉ちゃんここにいたー!」

「あーらぁ! ヴィエナ、よくここにお姉ちゃんがいると分かったわねー! えらいねー、よしよしー」

「きゃはは、お姉ちゃんくすぐったいよー!」

「うっわこれが騎士の姿か……? これが……?」


 突如としてこの部屋に入ってきたヴィエナに、ヴィエラがデレデレ~と頬を緩めて頭を撫でまわしていく。

 ヴィエナの今の姿はライと会った時のような成長した姿ではなく、成長が止まった時の姿だ。それ故か言動も幼くなっていて、本当に純粋な子供のよう。


 そんなヴィエナの後にもう一人入ってきた。


「あっごめんね。何か重要な話の最中に入って来ちゃって」

「ナレアさん!」


 サラの言葉にエルフのナレアが微笑む。


「ナレアお姉ちゃん! やっぱりここにお姉ちゃんがいたよー!」

「ほう、……ね」

「静まりたまへ暴走されしシスコンの悪霊よ……」

「誰が悪霊よ」


 胸の前で手印を結ぶノンナの頭をヴィエラが叩く。


「ヴィエナも元気になったしね。それで早くお姉さんに会わせたかったの」

「この後ライと一緒に遊ぼー?」

「ほう、と一緒に……」

「修羅の顔じゃ……」


 長年の別離にいざ妹と再会したらヴィエラが壊れた。

 流石に事情が事情なだけに強く言えないが過保護が天元突破してて危ない人に進化している気がする。


「あっ! その薬!」


 その時だった。

 ナレアが目を見開いて机に置いてある青色のポーションに気付いた。


「あっこの薬は――」

「『』だ! いやー懐かしいなぁ」

『……は?』


 突如として放り込まれた爆弾発言に周囲が固まった。

 そんな中、いやいやいやとノンナが手を振る。


「もしかしてこの薬を知っておるのか!?」

「え? 知ってるも何も……私が作ったものだよ?」

『はぁ!?』


 爆弾発言、その二である。


「昔、薬学者として駆け出しだった頃ね……お金も食べ物も残り僅かな時「これ、薬を頑張って売らないと死ぬのでは?」って思って、ありったけの薬草を連日連夜薬品作りにつぎ込んだのよ」


 流石にポーションのような秘伝薬は掟でエルフの森以外での作成を禁止されているので、あくまで質のいい薬品をメインなわけだが。


「で、偶然それで『性転換薬』が完成しちゃってね……秘伝薬レベルの薬を売るのは駄目だろうと思ったけど……つい、生きるお金欲しさに魔が差して……」

「売ったと?」

「三本……売りました……」


 目を逸らして語るナレアに全員白い目を向ける。そして関係ないと思いつつも、ノンナは沸き上がった疑問をナレアにぶつけた。


「……儲かったのか?」

「見たこともない大金が入って今住んでる家を建てました……」

「何聞いてんのよ」


 ともかく、ナレアの話が本当なら今この場にある『性転換薬』は本物の可能性が高い。いや、薬学者であるナレアならこの薬は確実に本物だろう。


「でもよかった! これでノエルも――」

「ごくごくごくごくごくごくーっ!!」

『ってもう飲んでるー!!?』

「こやつ本物と分かった途端躊躇がねぇーっ!?」


 判断が早いにも程がある行動に一同驚愕。

 そして。


「ごくごくごく――うっ、体が!?」

『ノエル!?』

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