後日談 ヨルアの我が儘
「はぁ……! はぁ……っ!」
「逃げ、逃げろ! 早く、早くしないと……!」
「どうして、なんで!? こんな、こんな筈では!?」
ラルクエルド城にて急ぐように動く回る神官たちがいた。
ある者は金銭をかき集めながら。ある者は貴重品を懐に抱えながら。まるで何かから逃げるかような必死さで、彼らは忙しなく動いていた。
それもその筈。
「ここにいましたか」
『ひぃっ!?』
彼らは逃げ出そうとしていた。
人工勇者が各国の重鎮の前で敗北し、人工勇者計画という世にも悍ましい計画を暴露された。更には彼らの味方をしていた女教皇までも倒される始末。
最早悪徳を積み重ねた神官らに居場所はない。そう悟った彼らはこうして逃げようとしていたのだが、彼らの頑張りは空しい結果に終わる。
「観念してください。貴方たちはもう逃げられませんよ」
大量の部下を引き連れて立つのは、ある国の女王。
勇者ノエルの実の姉。
女王ヨルアだ。
神官たちは既に囲まれていて、遠くでは既に自分以外の神官が捕えられている光景が見える。もう逃げ場はない。しかしそれでも諦められない神官は抵抗するように声を荒げた。
「お、横暴だ! 他国の人間が何故我らを捕まえようとする!? 貴様らは無関係だろうが!!」
「ふむ、横暴に無関係ですか」
目を丸くさせた彼女だが、その直後フッと笑みをこぼした。
「私は私の
「……は?」
「妹の助けになるためなら他国にも介入する……なるほど確かに横暴ですわね」
しかし、と彼女は微笑む。
「それを横暴と言うのも否定しません。何せ私はその横暴が許される立場にあるのですから」
「そ、そんなわけあるか!? どのような立場であっても他国の問題は他国のものだろう!?」
確かに正論だ。
それでもヨルアの顔は何も変わらない。
「いいえ、許されます……いえ寧ろ――」
――問題にさせません。
「な、何を言って……」
「旅の道中、貴方のように私の横暴を非難する方がいましたがその方が今どうなっていると思いますか?」
「そんなこと私が知るわけないだろう!」
当然の反応だ。
獣人の国の、それも一つの領地の出来事を目の前の神官が知るわけがない。だがもし知っていれば、ヨルアの横暴さ加減に顔を蒼褪めることだろう。
ヨルアは静かに、それでいて楽しそうに笑みを浮かべて答え合わせをする。
「爵位はく奪に領地没収……一部は国外追放をされ、あとは当主を含めた事件関係者の処刑でしょうか」
「は、え……?」
他国の、それも貴族という立場の人間を破滅させたと言う彼女に神官たちは顔を蒼褪めていく。そう、ヨルアは他国の貴族であっても気にしない。それなら他国の一神官である彼らを相手にしても彼女はその微笑むを止めないのも当然。
「私の横暴で一時期その国はてんてこ舞いのようでしたが、それでも私……いえ、私の国に対し抗議をしていません。それは何故でしょうか」
分からない。分かりたくもない。
だがその答えを言えば、もう後戻りできない。
そう考えて、神官たちは何も言えない。
だがそんな彼らの抵抗をあざ笑うかのようにヨルアは答える。
「何故なら私の国が強いから」
一歩、また一歩と威圧するように神官たちの下へと歩く。
「私の行いが正義だから。正論で正当。私の行為に不当はなく、それでいてその国に利益を齎しているから」
国の膿を排除したのだ。
それで感謝こそすれ、恨まれる筋合いはない……筈はない。
当然それでその国は納得できるわけがないだろう。
他国の女王に好き勝手されて、曲がりなりにも侯爵位の貴族を処罰したのだ。内政干渉にもほどがある所業に黙って見過ごせるわけがない。
だからこそ。
「納得しなくとも納得させます」
ありとあらゆる手段を使って納得させる。
それが女王ヨルアの我が儘。
「もう二度と権力が高いだけの悪人に善人を不幸にさせない。国を超え、境界を越え、私はありとあらゆる場所に現れて必ず悪に報いを受けさせる」
思い出すのは実の父であるジークゼッタ・アークラヴィンスの横暴。
勇者に固執し、母と妹を冷遇し、ヨルアを遠ざけたその所業は今でもヨルアに決意と後悔を抱かせているのだ。
自分がもっと強ければ。もっと動けていれば。そうすればノエルをもっと早く父の呪縛から抜けさせることができたのではないかと。
『……ッ!』
言葉の端々ににじみ出る殺意に神官たちは震え上がる。
「悪人の処遇で善人が割を食うなどあってはなりませんし、当然この私もただ悪人を突き出して終わりというわけでもございません」
処罰させるに値する利益、いやそれ以上の利益を提示する。
そうするだけの権力と力、財力、人材、繋がりをあの父から追放された時から蓄えていたのだから。
「だからこの横暴は正当なのです。あなた方のような悪徳神官を捕まえることによって生じる利益があるからこそ私の横暴は許されるのです」
「そんな、馬鹿な……」
「あぁそれと」
『?』
「無関係ではありませんわ」
『は?』
神官たちはヨルアのその言葉に首を傾げる。
そんな彼らに、ヨルアは懐から書状のようなものを取り出した。
「これは許可証です。女教皇の名において貴方たちに関する処遇を私に一任するという証ですわね」
「なんだと!?」
女教皇。
それを聞いて思い浮かぶのは自分たちの後ろ盾となり、自分たちと同じく好き勝手にやってきた、全ての黒幕とも言える女性の顔だ。
だがそんな彼らの考えを察したのか、ヨルアは首を振った。
「彼女ではありませんよ。彼女、サラシエルは今や女教皇の地位を退けられ、今や牢屋の中です」
「ならばその書状はまさか!?」
「そう、新しく就任される女教皇によるものですわ」
「あ、あぁ……」
居場所も、後ろ盾も全て消えた。
その事実に神官たちは絶望して項垂れた。
◇
「よくもまぁこれだけの物を集めてきましたわね」
「本当ですねぇ。これなんて世界に数個しかない彼の画家の作品ではぁ?」
悪徳神官を粗方捕らえたヨルアたちは今、従者であるシャロンや複数の部下と共に彼らが集めた貴重品を押収していた。
「これはぁ……もしかしてエルフのポーションではぁ?」
「そんなものまで……」
この世界の医療は基本的に物理的な治療によって行われる。聖術という超常現象をもってしても手をかざすだけで勝手に治ったりはしないのだ。そういった治療は『奇跡』や『龍脈聖術』の領域であり一般的ではない。
だがその例外として、エルフが作った『
「飲めばたちまちありとあらゆる傷を治すと謳われる薬ですねぇ」
「マナとの親和性が高いからこそ作れるエルフの秘伝薬がここにあるとは」
秘伝というだけあってこのポーションの存在は世間に認知されていない。実在していることを知っているのは国の上層部というレベルで貴重な代物でもある。
周囲に知れ渡ればポーションを求めに人々がエルフの森を荒らすことは想像に難しくなく、事実過去にそういった出来事もあるほど。
そのため遥か昔に交わした約定でポーションは国の上層部以外で秘匿されるようになったのだ。
「これは流石に私の一存で決めることじゃないですわね」
「ならあの方にぶん投げますかぁ?」
「……まぁこの国の問題はこの国で、ですわね」
「興味ない部分だけ放り投げるなんてとんだ我が儘……イタタタ!? イタイデスゥ!!? ジョオウサマァ!!」
エルフのポーションはその性能から権力者……つまりその国の王にとっての必需品のようなものだ。だからこそエルフとの約定に秘伝薬を秘匿する代わりにポーションを一定数提供されるように交わされている。
当然それはこのラルクエルド教国でも例外ではない。どうしてエルフのポーションがこの悪徳神官の部屋に存在するのかはまぁ……新しく就任した女教皇の役目だろう。恐らくろくでもない理由に胃を痛くすることだけは確かだ。
その時だった。
「……女王様、奥にこのようなものが」
部下の一人がこの部屋で見つけた薬品をヨルアに持ってくる。
「ん、コホン……これは、エルフのポーションと同じ瓶……ですわね?」
「イタタタ……でも、色味が私たちの知ってるポーションじゃないですよぉ?」
「通常は緑ですが……これは、青?」
「その、ラベルに……」
「はぁ……?」
青のエルフのポーションは少なくともヨルアたちの記憶にない。そう疑問に思いつつ、部下の言葉通りにその瓶に貼られているラベルに目を向けると……。
「これは……え!?」
「ちょ、女王様ぁ!?」
ヨルアが突如としてワナワナと震えながらそのラベルに書かれている文字を凝視し始めたではないか。その普段は余裕の態度を崩さない主の異常な様子を見たシャロンは驚きを禁じ得ない。
「な、何が書かれているのですかぁ……?」
シャロンの言葉に、ヨルアが呆然と答える。
「……『性転換薬』」
「……えぇ?」
ヨルアの言葉にシャロンが呆けた。
「『性転換薬』……見つけちゃいましたわ!?」
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