第61話 ラルクエルド教国編 エピローグ
サラと別れてから数時間が経った。
月の明かりが降り注いでいた時間から、今は太陽が真上に昇り周囲を明るく照らしている時間になっていた。
「……」
そんな中、とあるオープンカフェでノルドはボーっとしていた。
「えっほえっほ」
「おいそこぉ! 何度言ったら分かるんだ!」
「おーい! ここに人を寄こしてくれよぉ!」
「ばっかお前、ここの店はこうだろ!?」
「はー? 頭ン中入れ替えして思い出せや。この店の外観はこうだろ!!」
「はーい♡ 美味しいお水はいかがですかぁ♡」
「……」
忙しなく建物の修繕を行う人々の姿をただ見ていた。
他にすることと言えば、手に持ったコップを傾けてただの水を一口飲むだけ。普段のノルドから考えられない抜け殻のような姿だった。
「……何してんのよアンタ」
「……姉御?」
そんなノルドの姿に怪訝そうな顔で声を掛けて来たのは同じ勇者パーティーの仲間であるヴィエラ・パッツェだ。
「黄昏てる暇があったら彼らを助けに行けば?」
ノルドらしくないなと彼女は思った。
目の前で重労働をしている人がいたら迷わず助けに行く性格のノルドが離れたところで黙々と彼らの作業を見ているのはどうにも違和感があった。
そんな彼女の言葉に、ノルドは頬を掻きながら反論する。
「いや……みんなから休めって強引に言われてさ……」
「は?」
主語を抜きすぎて要領を得ない。
いや、冷静に考えれば分かることだ。
恐らくノルドは想像通りに修繕の助けをやった。彼の怪力があればあれくらいの重労働は苦じゃないだろう。にもかかわらず休めと言われるということは……。
「……アンタ、どれぐらいやってたのよ」
「……まだ周囲が暗かった頃かな」
「そりゃそう言われるでしょうよ」
今は昼の時間帯だ。
暗かった時間帯から数えると最低でも六時間以上掛かってる計算になる。それを休みなしでぶっ続けに作業をやってれば周囲も強引に止めるだろう。
「体力馬鹿にも程があるわね」
「いやぁそれほどでも」
「呆れてんのよこっちは」
だがそれを抜きにしても今のノルドはらしくないように思える。
だが恐らくは、原因は一つしかないだろう。
「……サラと何か話した?」
「ぎくっ」
「やっぱりそうなのね。露骨に黄昏てる~なんて態度、普段のアンタから考えられないような姿だし」
ノルドだったら休憩中にも笑顔ニコニコ喧しい元気みたいなイメージである筈なのに、今のノルドは公園で暇を潰す左遷された役人みたいな雰囲気をしていたのだ。
「な、なんでそれを」
「分からないと思う?」
「いや、まぁ……分かるよな」
サラのことを心配していない仲間はいない。
あんな衝撃的な事実を知った後、気丈に振る舞うサラが最終的に縋ってしまうのは彼女の大切な幼馴染ただ一人だけ。つまりノルドだ。
「聞いてもいい?」
「……」
「あの子は、なんて言ってたの?」
ヴィエラの言葉にノルドは息を詰まらせる。
話す、話さないのではなく、昨日の出来事を語るにしてはそれなりの覚悟を必要としていたからだ。彼女が感じたことやノルドが感じたこと。それらを話すには胸の中の苦しみを耐える必要があった。
「……サラは」
それでも話さなくてはならない。
そう覚悟を決めたノルドは、昨夜のうちに交わした内容をヴィエラに語った。
◇
「――そう」
同じテーブル席に座ったヴィエラが静かに呟く。
「結局、あの子は全部忘れてしまったのね」
「あぁ……多分、俺との会話の時点で限界だったんだと思う」
女神がサラの魂に施した『呪い』は彼女の記憶や認知、感情を捻じ曲げる。その『呪い』はとても強力で、昨日みたいな特殊な巡り合わせ以外では自力で解くことも抵抗することも出来ないものだ。そして抵抗出来たとしても、昨日みたいにそう長くは続かない。
その上で。
「サラがさ……言ってくれたんだよ」
長年待ち望んでた言葉だった。
「好きって、サラが……俺に言ったんだ」
「……」
なのに今じゃその記憶は捻じ曲げられ、ただ幼馴染と他愛のない会話をしていたことにすり替わっていた。それがとても悲しくて、やるせない。
「夢じゃなかった。俺はちゃんと覚えてるんだ」
あの瞬間に感じていた温もりや感情の全てを覚えている。だというのに、その全てを彼女だけが歪められ、忘却させられた。
それをサラは何十年も続けている。ずっと隣にいたのにそれに気付けなかった自分に怒りを抱いてしまう。
「俺は……俺は……!」
そんな彼女に自分は無責任に告白をしまくっていたのだ。
何日も、何か月も、何年も。
いつかきっと振り向いてくれると身勝手に夢想しながら。
「はぁ……」
「っ!」
溢れそうになる感情に対し、ヴィエラはわざとらしくため息を吐いた。
「アンタ、もしかして告白してきたことを後悔してる?」
「……っ」
ハッとして、迷いながらもノルドはヴィエラの言葉を反芻する。後悔しているか否かで言えば、答えは明白だ。
「……後悔、してるわけないだろ」
好きだという気持ちに嘘を吐きたくない。
好きという感情を封じ込めたくない。
彼女のことが好きという一心で、真面目に想いを伝えて来たつもりだ。
その気持ちに、後悔するところなんて何もないのだ。
「それでいいのよ」
その言葉を聞いて、だからこそヴィエラは確信する。
「……え?」
「アンタの真っ直ぐな想いがあったからこそ今があるのよ」
あぁそうだ、と。
この考えは間違いじゃないと自信を抱いて、紡ぐ。
「アンタがしつこいぐらいに想いを伝えて来たからこそ今のサラがいるの。勇者に対する呪いがあってもサラがちゃんとアンタに想いを伝えられたのは、アンタが今までその想いをぶつけてきたからなのよ」
呆然と聞くノルドにヴィエラが微笑む。
今度は自分の番であると。
今度は自分が彼を助ける番だと想いを込めて。
「アンタが繋ぎとめていたのよ――」
――サラの心を。
「……あ」
「誇りなさい。アンタのこれまでの行動は間違っていなかった」
積み重ねがあったからこそ、サラは勇者に対する想いがあってもノルドに告白することができた。
そうだ。最初、サラがノルドの告白に対して冷たくあしらっても、次第に申し訳ないと思うような態度へ変えていったのは、間違いなくその積み重ねがあったから。
ならその彼女の心に想いを積み重ねていったのは誰か。
いや、誰かなんてこの期に及んで迷うことなんてないだろう。
そう。
「幼馴染に恋しているアンタが積み重ねていったのよ」
ただの人間が女神の呪いを超えたのだ。
「アンタは私に死に別れた筈の妹と出会わせてくれた。憎かったあのクソ神官にも復讐を遂げさせてくれた。他にも色んな奇跡をアンタが起こしたのよ」
針に糸を通すかのような奇跡の連続だ。
「違う、それはみんながいたから……!」
「いいえ、アンタがいたからこそ、よ」
ノルドの行動がみんなを変えた。
ノルドの言葉がみんなを支えてくれた。
ヴィエラは思う。
ノルドが最初に戦士選定トーナメントに参加してくれたからこそ、全てが変わったのだと。
ならば。
ならば起こせる筈だ。
ノルドならきっと世界中を巻き込んで――。
「アンタなら奇跡を起こせるわ。女神や魔王をぶん殴って、呪いを解除して、平和になった世界で想いを添い遂げる。何度でも何度でも。そんな……奇跡を」
「姉、御……!」
「その手助けを私にさせなさいよ。アンタから受けた恩を、利子付けて返してあげてやるわ」
天気は快晴。
どこまでも澄み渡る広大な青い空。
その景色はまるで今後の旅路を照らしているかのようで――。
「ハッピーエンドまで付き合うわよ、ノルド!」
これまで見たことのない笑顔で、彼女は笑う。
そんな彼女にノルドは。
「――あぁ!」
力強く、言葉を発したのだった。
第三章、完。
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