第54話 太陽の男

「貴方は、ノルド? どうして……試合はいったいどうなったのです?」


 ノルドの相手は人工勇者計画で『勇者の印』に適合したライ・ラルクエルドだったはずだ。だというのに、目の前の男は負傷した様子もなく、負けたという空気を感じさせない。まるでそれは――。


「試合? 俺の勝ちで終わったよ」

「――そんな馬鹿な」


 その身にまとう空気はまさに勝者の空気だ。

 聖術士という戦う者の経験からノルドの言葉が本当だと理解できてしまう。だがサラシエルの『女神の代行者』としての自分が受け入れられない。


「嘘です……ライくんが、私の勇者が負けるはずがない!!」


 天然の勇者とは違うが、それでも機能的にはほぼ同じだ。周囲のマナを集め、実質的に無限のマナで戦う超戦士。負けるはずがないのだ。女神の神託を担う勇者が、ただの凡人に負けるはずがない。


「それでも勝った」

「っ!」

「それに俺が戦ったのは勇者じゃない。サトナ村のライだ」


 知らない。そんな名前の人物なんて知らない。

 サラシエルは『ライ・ラルクエルド』しか知らない。それ以外の『ただのライ』という人物なぞ、どうでもいいのだ。


「戯言はもういいです」


 手の平をノルドに向ける。

 妙に不愉快さを抱かせる存在に顔を歪ませて睨む。


「貴方を見てると虫唾が走ります」


 サラシエルは自身の額から流れてくる力に『誰かの意思』が紛れ込んでいることに気付かない。その意思は猛烈にノルドという存在を忌避しており、『女神の加護』を通して自らの力をサラシエルに注ぎ込んでいた。


「『死になさい』」


 誰かの意思が、声が、サラシエルの体と重なる。

 そして。


 ――『神なる暴嵐の災罰をサラ・カラエスト・アー・マギカ』。


 ヴィエラと戦っていた時以上の規模で解き放たれたそれは、ラルクエルド教国の街並みや大地を抉りながらノルドに向かっていく。

 予想外の威力にサラシエルも目を見開く。だが全てに破壊をもたらす自らの力に恐怖を抱くよりも、この絶大な力に酔いしれてしまう。


「――ハハ!」


 最早これで終わりだ。

 後ろで寝ているヴィエラ諸共、この世から消し去れるのだ。


 しかし。


「……へッ」


 ノルドは余裕を崩していなかった。


 当然だ。山を抉るほどの威力だろうが、消滅させる威力だろうが、ノルドにとってはなんら。何故なら、そう――。


 ――自分もできる攻撃に恐怖を抱く必要がどこにある?


 地面に突き刺さった白銀のメイスを引き抜き、ノルドは迫り来る嵐を待ち構える。その瞬間、白銀のメイスは空に浮かぶ白銀の太陽の如く光り輝いた。


「『ぶっ飛べ』」


 メイスを振りかぶる。

 そしてノルドの得物が嵐と衝突した瞬間。


「あっ」


 光は瞬時に広がり、あまりの眩さにサラシエルは目を背けた。そして光が収まり、目を開くとそこには自身が放った嵐だけが消え、無事な二人がいた。


「……はぁ?」


 目の前のありえない光景にサラシエルは開いた口が塞がらない。


(いったい何が? 何故、加護で増幅した力の前に彼らが生きている? まさか、そんな、もしかして彼が――?)

「気力体力共に充実――」


 その事実を徐々に理解してきたサラシエルは、メイスを肩に乗せた男が途端に得体の知れない存在に見えて恐怖を抱いてしまう。


「――負ける気がしねぇな」


 不敵に笑うノルドに、顔を引きつるサラシエル。

 両者の戦いはノルドの先行から始まった。


「っ、早い!」


 巨体の癖に身体を強化したヴィエラ並みに俊敏に動くノルドに、サラシエルは動揺しながらも自身に強化を施す。


(認めたくないが聖術はあのメイスでかき消される……! ならこっちも体を強化して接近戦で対抗するしか――)


 その考えはある意味正しくて、間違っていた。

 確かにサラシエルは動きにくそうな女教皇のローブを身に纏っている癖に、ヴィエラとある程度渡り合える近接戦闘技術の持ち主だ。サラシエルほどの人物が身体強化をすれば大体の人に勝てるだろう。


 予想外だとすれば、ノルドの場合はヴィエラよりも強いという事実だ。


「おらぁ!」

「――ッ」


 振り下ろされたメイスを一歩横に移動して回避をする。

 しかし。


「!?」


 メイスが光り輝いた。そう認識した次の瞬間、光が瞬時に広がってサラシエルに強烈な衝撃を与え、彼女を吹き飛ばしたのだ。


「がはっ……くっ!?」


 聖術士だからこそ分かる爆発の正体。間違いない。あれは純粋なマナによる爆発だ。それを瞬時に分析して見せたサラシエルだが、安心するのはまだ早かった。


「なっ!?」


 爆発の煙からノルドが飛び出て、サラシエルに向けてメイスを振り下ろしている姿が見えたからだ。


「『我に大いなる守りをマナ・アー・カルナ』!」


 聖術で防御を固めたのは咄嗟の判断としては正解だ。

 相手がノルドじゃなければ。


「ふん!」

「え」


 ヴィエラの『聖術・波導王の衝撃』すら防御して見せた最上級の防御聖術。その聖術が、まるでグラスのように割れてサラシエルに対する攻撃を守ってくれなかったのだ。ノルドの一撃によって再び吹き飛ばされるサラシエル。彼女にはもう訳が分からなかった。


「はぁ、くっ! 『聖術・教導王の円環』!!」


 一撃受けただけで、受けた部分の骨が全て折れた。聖術強化で頑強になっているにも関わらずにだ。堪らず彼女は龍脈聖術によるマナラインからの大量のマナで自身の肉体を回復していく。


 それを見逃すノルドではなかった。


「なんだ? 回復もできるのか」

「っ、来ないで!!」


 そう言われて止まる人はいない。

 顔を顰めた彼女はノルドに向かって『神なる大地の災罰をサラ・グラエスト・アー・マギカ』を発動させた。当然『聖術・教導王の円環』の効果が付いた一撃必殺の聖術だ。

 触れれば大量のマナによって体が消滅する神聖の皮を被った悪魔のような聖術。ヴィエラという規格外を抜きにすれば誰も抵抗できないそんな聖術は――。


「しゃらくせぇ!!」


 ノルドの爆発によって全て消し飛ばされたのだ。


「はえ?」

「おいおいこうなることぐらいは分かってただろ?」


 ノルドと戦ってきた相手は尽くサラシエルのような間抜け顔を晒していた。強大だと思っていた自身の力が、取るに足らないと思っていた相手に尽く潰されるそんな光景は、もう既に幾度も繰り返されてきた。


「マ、『我に浮き風の加護をマナ・カラエ・スカエラ・ムーバ』っ!」


 理不尽な光景のあまり、サラシエルは空を飛んでノルドから逃れようとした。マナライン接続者であるため、地面から離れることに不安を感じるものの、それでもノルドよりかはマシだと思ったのだ。


 しかし。


「残念だけど、俺も飛べるんだよなぁ!」

「な、なんで!?」


 空を飛べるのはサラシエルだけではなかった。ノルドもまた予想外な方法で空を飛べる存在だったのだ。

 結界を張っても無駄。必殺の技を放っても無駄。空へ逃げても無駄。ヴィエラ並みの戦闘力に自身の聖術を上回る火力。そしてどこへでも行ける万能さ。


 ――どういうことだ。逃げ場がない。


 万能すぎて流石に理不尽だろう。どうしてこんな存在が自分と戦っている。神の代行者である自分と、どうして。


「訳分かんないって顔だな」

「ひっ」


 ノルドによって叩き付けられ、地面へと墜落するサラシエル。そんな彼女の近くで、豪快に地面を鳴らしながら着地したノルドが彼女を見下ろした。


「はっ、はっ……!?」

「実験のために攫ってきた子供も、お前みたいな気持ちだったろうよ」


 どちらも理不尽な話だろう。恐怖すら感じた出来事だ。ただサラシエルの場合は全くの自業自得。同情する余地はない。かつての行いが、自分に返ってきただけの話なのだ。


「なぁ――」


 どうしてですか、女神様。


「――神様に自分の行いを丸投げするか?」


 どうして私に試練を与えるのですか。


「それとも――」


 どうして救世主である私に、こんな――。


「――自分が間違ってると認めるか?」


 どちらを選んでもサラシエルの信仰に陰りが生まれるのは確かだ。女神の神託で行動した行いは全て女神のせいだと責任転嫁をするか、女神が許しているはずの自らの行いを間違っていると認めるか。どちらにせよサラシエルに問われたのは自らの信仰を裏切る行為だ。


「受け入れられないだろう?」


 ――こんな、理不尽を何故。


「お前らが子供にやったことだ」


 理不尽で選びようのない選択を突き付けた罪がサラシエルにあった。


「拒否れないのは、知ってるよな?」


 何せサラシエル自身がそうだったのだから。


「だったら今から覚悟しとけよ?」


 これからサラシエルを罰するのは、その罪によるものだからだ。

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