第52話 災害の如く
「『
「チッ!」
サラシエルの放つ極大の火球がヴィエラを襲う。ヴィエラはその火球が生み出された瞬間に舌打ちをして大きく回避するよう靴底の聖術陣を使って素早く移動した。
風や土であれば『聖術・不動王の構え』で受けることが出来る。ただし炎の場合は違う。炎の威力は防げても、炎から生じる熱はヴィエラの持つ龍脈聖術では防げないのだ。
「かと言ってそうやって逃げられるとお思いで?」
「っ」
「『
サラシエルの新たな聖術により、先程の火球の残り火が彼女の意思によって動いていく。炎は逃げるヴィエラの退路を断ち、そのままヴィエラの周囲を囲んだ。
「っ、アンタ……!」
「『
更には風の聖術によってヴィエラの周囲を囲んだ炎を巻き上げる。このままでは巨大な炎の渦に取り込まれたヴィエラは熱に耐えるしかないだろう。
そう、このままでは。
「『聖術・不動王の構え』!」
体は聖術強化で目一杯強化し、目の前の炎に対しては全ての攻撃を無効化する龍脈聖術で対抗。そして大地ごと移動させる聖術陣の同時併用でヴィエラはそのまま炎の壁に突っ込んだ。
普通なら大やけどだ。しかし度重なる強化によってヴィエラはほぼ無傷で突破に成功したのであった。
「……しぶとい」
「――ッ!」
無感情に呟くと共に情け容赦ない聖術の数々が解き放たれる。
そう、これがサラシエルの本性だ。
無表情で無関心。己の信仰以外はどうでもいいと思っている人形のような女。しかし、ただ淡々と攻撃をし続けているだけでも脅威的だ。息つくタイミングや動揺も見られない相手は非常にやりづらいのだ。
かといってそれで諦めるヴィエラではない。
戦い方が変わったのなら、こちらも変えるだけだ。
使うのは
「フッ!!」
「っ、地面が!?」
迫り来る火球を前に、ヴィエラは己の片足を大きく振り上げる。一見、意味不明な行動だ。だが、ヴィエラの振り上げた足にくっつく形で地面が隆起し、盾になった光景を見れば驚くもの。
そして。
「いない……!」
土の盾に火球が当たり、ヴィエラにいた一面が炎に包まれる。サラシエルが風の聖術で炎の波を散らせると、そこにはヴィエラの姿はいなかった。
――その時点で咄嗟に警戒すべきだったのだ。
「――『
気が付けば、ヴィエラはサラシエルの懐に入っていた。それも予想だにしない相手が予想だにしない力を発揮していた光景が目に入る。
「聖術――!?」
防御のための聖術よりも先に驚愕することを優先してしまった。それがサラシエルの大きな隙であった。
「ごふっ……!?」
「クリーンヒット」
火の聖術は囮だったのだ。
ただの騎士が聖術士のような詠唱聖術を使うという衝撃に意識を割いている間に、限界まで強化した身体能力による特大の『シールドバッシュ』を叩き込むための囮だったのだ。
サラシエルの体はまるで特大の魔獣に轢かれるかの如く、吹っ飛んでいく。ところどころ折れちゃいけないところが折れて、地面を跳ね、転がっていく。
「っ、はぁ……! あの本を読んでおいて良かったわ」
止めていた息を吐き、ヴィエラは過去の行った己の行動に感謝を送る。
ヴィエラが唱えた火の聖術は、通常であれば彼女には唱えられない技術だったのだ。だがこうして初級聖術を唱えられたのは、古代都市にいた経験からだった。
崩落した都市でノンナが見つけた聖術陣の本に『
見ただけでその意味を理解できる『
「そう、そのいつかってのは……今ってことよ」
もう、サラシエルは再起不能だろう。
急所にも入ったし、全力の一撃で叩き込んだ。今頃息をするのも激痛が走り、気を失っている頃だろう。
――しかし。
「……やって、くれましたね」
「……噓でしょ」
渾身の一撃だ。
致命的な一撃なのだ。
四肢はあらぬ方向に曲がり、内臓は聖女でもなければ回復できないほどの損傷を与えた。それなのに。
それなのに、サラシエルはまだ立ち上がれていた。
「っ、アンタ、その腕……!」
よく見れば折れ曲がっていたサラシエルの四肢は徐々に元に戻っていた。激痛でままならない呼吸も何もかもが元に戻っていく。
「……貴女の、お陰です」
「なん、ですって?」
「……『聖術・教導王の円環』」
その言葉に、ヴィエラは目を見開く。
「その龍脈聖術を私にかけただけ……しかし、なるほど。これは確かに生と死を司る力。必要ないからと他者に向けていた力ですがこれは良いものです」
そう言って、彼女はヴィエラに微笑みを浮かべた。
薄っぺらく、それでいて無邪気で邪悪な笑みを。
「ありがとうございます。彼の聖術の意味を理解するよう言ってくれて」
「……言うんじゃなかったわね」
冷汗が止まらない。
これはまさに最悪な状況だ。
最大の火力を持つ相手が、最高の回復を手に入れてしまった。過去の自分を褒め称えていたことを撤回して、ぶん殴りたい気持ちだ。
「先程の光景は予想外でしたよ」
パッパッとローブに付着した土を叩き落としながら、まるで友人に向けたかのような軽い口調で、彼女が語り掛ける。
「一応念のために聞きますが」
無感情の眼差しが、ヴィエラを貫く。
「まだ、予想外の手を隠しておりませんよね?」
その言葉にヴィエラの頬に一粒の汗が流れ落ちた。
図らずもそれが――。
「なら良かったです」
――サラシエルに対する返答となった。
「『
その言葉によって自分を支えていた母なる大地が牙を剥いた。まるで蛇のように、彼女の手足となって矮小なる人間を押し潰そうとしていた。
「くっ」
それをただで潰されるつもりはない彼女は、大地を相手に必死に回避を続けた。吹き飛ばされても、投げ飛ばされても、あるいはぶつかってもヴィエラは己の持つ盾を駆使して衝撃を受け流し続けていく。
しかもこの大地にはサラシエルの『聖術・教導王の円環』の効果も含まれており、一瞬の接触と同時に注ぎ込まれるマナの制御をしなければヴィエラの体は消滅してしまう恐れがあった。
大地の物理的超質量。
聖術の理不尽な暴力。
二つの脅威をヴィエラは紙一重で対処し続ける。いや、し続けるしかなかった。ヴィエラには目の前の問題に対処するだけで、何一つサラシエルに対する反撃の術を持たなかった。
「――世界を救うその手段を持っているのは他ならない私だけです。私だけがこの世界を救える。私の意思が、行動が、運命が世界を救えと突き動かす。そう、私だけなのです。女神ラルクエルドから神託を受けた、ただ一人の私こそが!!」
だから人工勇者を作った。
だから全てを切り捨てた。
だから、だから、だから。
「そんなもの――」
集中力が切れ、盾がひび割れても。
「――知ったことか!!」
叫ぶ。そんなもの、今更であると。
神託を受けた女神の代行者。
世界救済のための行動。
だから? だからなんだ?
「妹を! 姉と慕ってくれた子供たちを! アンタのその身勝手な願いで大勢の人が死んだその事実が!! アンタをぶちのめせって突き動かすのよ!!」
大地が敵であろうと、その全ては大地だ。
それならばとヴィエラは『
未だ無事な大地から、敵となった大地へと。
「なっ!?」
ヴィエラの思い切った行動にサラシエルが目を見開く。
蛇のようにうねる大地に沿ってヴィエラが滑っていく。天地が逆になっても足を地面と固定しているため落ちず、かなりのスピードでサラシエルに向かっていった。
サラシエルの龍脈聖術に対抗するための制御。
サラシエルの放つ聖術の予測。
己の足の鎧に刻まれている聖術陣の制御。
脳が焼き切れそうになるものの、神懸かった制御力によって困難を突破していくヴィエラ。そんな彼女にサラシエルは目を細めた。
「忌々しい……ならば」
サラシエルの持つ杖が更に妖しく輝く。
「――『
想像を絶する『サラ』を使った二度目の詠唱。マナラインに接続しているからこそできた無限のマナ出力によるごり押しだ。
「っ!?」
その光景を見て、流石のヴィエラも絶句するしかない。
本来『サラ』という単語は聖術単語ではない。神という存在そのものを表した単語であり、それ以上でもそれ以下でもない言葉だ。
だが、サラシエルはそれを聖術の単語として使った。
それも『アー』と同等の威力を持った意味として。
「……あぁ、クソ」
大地の他に、視界いっぱいに広がる国一つ滅ぼすような嵐。もはやそれを前にして逃げ場はない。生き残る手段もない。
悔しさが顔に出て、それでもただ見るしかない。
――そこに。
「――ワシの存在を忘れるなよ」
ノンナの声が、ヴィエラの耳に届いた。
「すぅ……っ!」
そこに現れたのは、人工勇者たちを全て縛り上げてきた小さな賢者だった。彼女は息を吸って、体内マナを限界……いや、限界以上にまで練り上げてその聖術を唱えたのだった。
「――『
その瞬間、ノンナの手からサラシエラと全く同じの暴嵐が解き放たれた。
「なっ!?」
ありえないとサラシエルは思った。
聖術はそれを構成するそれぞれの単語の意味を真に理解しなければ聖術単語として機能しない技術だ。大いなるという意味を持った『アー』という単語を真に理解できる者ですら限られているのに、神そのものの意味を持った『サラ』ですら只人が理解できるはずもないのだ。
何故なら人間は、神を真に理解することはできない。神を理解することができないのなら『サラ』という単語を聖術として組み込めるわけがない。
そう、ただ一人だけだ。
神から神託を受け、真に神という存在を理解したサラシエルだけが。
(あの少女は何者? どうして『サラ』を唱えることができる?)
自分の特権のはずだ。
選ばれし人間である自分だけの力だ。
――何故、彼女の嵐が自分の嵐と相殺できた?
「やっぱり、アンタは天才よノンナ」
「そりゃあ……よかった」
バタリ、とノンナは倒れ伏す。体内マナ切れだ。寧ろ、マナラインの接続なしで唱えられた時点で驚異的だろう。
天才どもに一矢を報いた。それだけでノンナは安らかな顔を浮かべられた。
◇
神とはいったいなにか。
超常的な存在か。
それとも人の希望のために生まれた信仰されるべき偶像か。
たった五十年生きてきたノンナには分からない。サラシエルのように神託を受けたわけでも、信仰の果てに目覚めた信者でもない。
ならばどうすれば『サラ』を唱えられる。
どうすれば仲間の助けになれる。
――どうすれば、天才に追い付ける。
そのエルフとしては短い生涯の中から、ノンナは神という概念を紐解けなければならなかった。
比較され、絶望した日。
受け入れられ、初めて得た友と場所。
並びたち、共に歩む戦友の存在。
そして、不可能を可能にする太陽のような男。
「……はっ」
思わず、笑ってしまう。
最後の最後に出てきたのがそれとは。
神とは超常的な存在。
不可能を可能にする、理外の存在。
だからってあの男を神とするのは違う。
超常的な存在だから不可能を可能にしたのではない。
あの男の心が輝いていたからこそ、可能にさせただけだ。
なら神とは。
その意味とは。
「そうじゃ。神とは――」
――誰しもが持つ、人の心だ。
確証はない。
だが確信している。
自分はもう、唱えられると。
◇
小さな賢者が意地を見せてくれた。
ならば自分も意地を見せなくてはならない。
「掴めたわ」
ヴィエラの防御は世界一である。身体強化も、他の追随を許さないほどの熟達している世界最高にして最強の騎士。
しかしそんな彼女も、決定的な弱点があった。
それは、火力が低いことである。
火力の面では論外のはずの聖女でさえ、ここ最近は『奇跡』で魔の存在を消滅させる力を持っている始末。
対してヴィエラはただ身体能力を高めて盾でぶん殴るか、相手の衝撃を利用してぶん殴るかしか攻撃手段がないのだ。
片や人間にしては最高水準の身体強化なだけで、超常的な力を持つ相手には心もとない力。片や相手の攻撃に依存している技。
仲間を守る騎士というだけなら十分及第点だ。寧ろ彼女を除いて他にいないレベル。しかし、こうして強敵と戦うのなら守るだけじゃ足りないのも事実だ。
ならばどうするか。
答えはもう、出ていた。
「『聖術――』」
――教導王の円環。
「……え?」
ヴィエラの放ったその言葉に、サラシエルは目を丸くさせた。
「アンタの技、学ばせて貰ったわ」
大地を通して膨大なマナがヴィエラの体を駆け巡る。その膨大なマナをヴィエラは全て己の身体能力の底上げに使う。
そう、超常の力を持つ相手に届かない身体強化なら、超常の力に迫るほどの身体強化を施せばいい。それが唯一にして冴えた答えだ。
「どいつもこいつも私の力を!!」
膨大なマナの身体強化によってヴィエラの体から白銀の火花が飛び散る。それに伴い蛇のようにうねる『
「もう、間に合わ――っ!!」
その一撃は、特大の魔獣が弾丸の如き速度で突撃するヴィエラ・パッツェ最大の技。その威力は先程の『シールドバッシュ』の比ではない。
名付けるなら、そう。
――メテオ・バニッシュ。
その一撃は、サラシエルの四肢、そして胴体を引き裂いたのであった。
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