第51話 選ばれし人間

 目の前で繰り広げられる戦いについていけない。そう思ったのは人工勇者の子供たちをヴィエラの邪魔にならないよう抑えていたノンナだった。


「これが、マナライン接続者同士の戦いなのか」


 あの一瞬の攻防で何が起きたかは分からない。ただ分かるのは、サラシエルがマナラインに接続した瞬間ヴィエラに吹き飛ばされたということだった。

 事前に聞かされた情報通りの展開なら、ヴィエラはなすすべもなくサラシエルによって体を消滅させていたはずだ。


 はずだったのだ。


「……くっ」


 ヴィエラは今も生きている。彼女の態度を見れば、恐らくサラシエルの聖術を利用して生き残ったのだろう。

 しかし分かるのはそれだけで、それ以外は何も分からない。たったそれだけで焦燥感が心を焦がし、吐き気のようなものがこみ上げていく。

 事実としてノンナは天才だ。今はまだマナラインに接続できなくとも、将来的には接続できるようになる才女だ。だがそれはあくまで将来の話で、今じゃない。今じゃなければ意味はない。


 ――やはり、あの方と比較したら……。


「っ!」


 一瞬、かつて聞いた言葉が脳裏に蘇る。それだけで己の心が締め付けられ、泣きそうになる。それでも彼女は、歯を食いしばって何とか抑えて、睨みつけるように二人の戦いを見た。


「ワシを置いて行くなよ天才どもが……!!」




 ◇




 自分は何故下にいる。

 何故体中の至る所に激痛が走っている。

 どうして自分は見上げて、相手が見下ろしている。


 サラシエル・ラルクエルドは、これまでの人生でかつてないほどの屈辱を感じていた。才能があり、人望も、容姿も、力も兼ね備えている自分がマナラインを使った上で一方的にやられている現実を受け入れるには多少の困難が生じていた。


「ヴィエラ……ッ!」


 何故、自分と敵対している。

 何故、肉親が勇者になれる名誉を受け入れない。

 何故、世界救済という誉ある活動の邪魔をする。


 分からない。

 何も分からない。


 ――分かりたくもない。


 ならば、どうでもいい。


「……私は、サラシエル・ラルクエルド」


 立ち上がり、毅然とした態度で目の前の神敵を見る。


「私は、女神サラの名を冠し、女神ラルクエルドの名を姓に頂いた女教皇」


 負けてはならない。

 侮られてはならない。


「私は、女神の神託を頂いたこの世唯一の人間」


 遺憾ながらも、サラシエルは認めるしかない。ヴィエラ・パッツェは強いのだと。互いの聖術強化は同等。ただし素の身体能力では負けて、マナライン接続者としての単純な力量すらも負けている。


 ――しかし、それがどうした。


「私は、選ばれし人間。この世を救済するために立ち上がった人間」


 全て負けてはいない。

 負けていないのなら、勝てる。


「私は神の代行者――」


 ボロボロのローブをはためかせて、マナを練る。

 杖が妖しく光り、不気味さが増していく。


「――我が信仰に一点の曇りなし」


 サラシエル・ラルクエルド。

 彼女の本気が今、表れる。


「……それだから、救いようがないのよ」


 ヴィエラはそう言いながら、脇に抱えていた妹をそっと床に寝かせる。妹の安全はノンナが保証してくれるから大丈夫だろう。ノンナを信頼しているからこそ、しばしの間だけ妹をこの手から放すことができたのだ。


「世界を救うつもりなら――」


 盾を構えて、本気を出すつもりでいる敵を睨む。


「――犠牲なんて手段を選ぶんじゃないわよ!!」


 互いに譲れないものがあるなら戦うしかない。遥かな古来より続いてきた真理という奴だ。それが例え聖職者だろうと騎士だろうと関係ない。


 今、両者の戦いが再び始まった。


「『大豪嵐線の災罰イスナ・カラエスト・アー・マギカ』」

「『聖術・不動王の構え』!!」


 かつてディーシィー戦でノンナが見せた最大の聖術をこうも容易く、そして雑そうに発動させるサラシエル。大地が抉れ、街を破壊するその聖術の前に、ヴィエラは己のマナをマナラインに接続させて待ち構えた。


「――ッ」


 流石『アー』を使った聖術だろうか。全ての威力をマナラインへと流しても、盾からミシミシと不安を煽るような音が鳴り、盾を持つ手が震える。


 それでも。


「それでも!! 私を舐めるんじゃないわよ!!」


 この状態のヴィエラに攻撃を通せる存在は一人を除いて存在しない。

 それは当然『アー』の単語を入れた聖術であろうともだ。


 足の鎧サバトンの底に仕込んだ『己の土よ動けマナ・グラエ・ムーバ』の聖術陣がヴィエラのマナに反応して発動する。サラシエルの『大豪嵐線の災罰イスナ・カラエスト・アー・マギカ』を受けながらも、ヴィエラの体はその聖術陣によって足を動かさずに前へと突き進む。


「ハァッ!!」


 嵐の暴力を潜り抜け、ヴィエラはサラシエルの懐へ入り込む。さっきまで発動していた『聖術・不動王の構え』から瞬時に受けた衝撃を返す『聖術・波導王の衝撃』に変えている。


(私に強技を放ったのが欠点ね!!)


 叩き込むのは先程の嵐。

 受ければただでは済まされないだろう。


 ――だが。


「『我に大いなる守りをマナ・アー・カルナ』」


 ヴィエラが放ったその衝撃はサラシエルが展開した守りの結界によって防がれた。


「チッ!」

「『嵐の鉄槌弾ラキナ・カラエ・マギカ』」

「くっ!?」


 瞬時に発動されたサラシエルの聖術が、聖術を発動して無防備となったヴィエラの脇腹を打つ。あまりの衝撃にヴィエラの体は宙へと浮いた。


「――先ず、大前提として」

「あぐっ!?」


 サラシエルはまるで講義するかのような言葉遣いを発しながら、浮いて身動きできないヴィエラに強化された杖を叩き込む。


「――私たちはマナラインを使った聖術『龍脈聖術』の同時発動はできない」


 吹き飛ぶヴィエラの背後を聖術強化した脚力によって一瞬で追い付き、サラシエルはヴィエラを追撃するかのように回し蹴りを放つ。


「舐め、ないで!!」


 だがその追撃は、咄嗟に対応できたヴィエラによって防がれた。ダメージはないものの、ヴィエラの体は吹き飛んでしまう。だが逆に言えばこれで距離を取れたわけだ。一区切りするのに最適なタイミングだろう。地面へと着地したヴィエラは、面倒臭そうな表情でサラシエルを見る。


「……ふぅ、で、何? 『龍脈聖術』? あぁご丁寧にどうも。マナラインを使った聖術じゃ長ったらしいって思ってたのよ」


 サラシエルの言う龍脈聖術の同時発動ができないのはヴィエラも知っていた。だがあの一瞬の攻防で利用されるとは思わなかったのだ。


「これでお返し、というものです」

「やり返されるのは好きじゃないの」


 ――特にアンタみたいな相手には。


 ヴィエラはその言葉を発さず、代わりにサラシエルを睨む眼差しに殺気を込めた。


(先程の攻防……)


 聖術強化を用いた近接戦や身体能力はヴィエラの方が上だ。そこだけは間違いなくそうだろう。だが聖術を用いた戦いとなると途端にこちらが不利になった。


 聖術の発動速度。

 聖術の使用単語。

 聖術の応用技術。

 マナの許容上限。


 どれをとってもサラシエルの方が上。伊達や酔狂で女教皇に上り詰めたわけではないのだ。女教皇とは即ち、数多の聖術士たちの頂点であり、最強の聖術士の称号。

 それに加えてマナライン接続者と来た。はっきり言って、勇者ではなくサラシエル自らが動けば世界の救済など可能だろう。


 それをしないから、ヴィエラは嫌いなのだ。


「何でもかんでも女神、女神……それも気に入らないのよ」

「私は女神に仕える信徒にして代行者。全ては女神の御心のままに、です」

「お優しい女神に仕えているならもう少し葛藤というものを見せなさいよ」


 女神の神託の内容が本当なら、女神が示したのはあくまで『勇者と聖女が結ばれたら世界が平和になる』という目的だけで、非道な実験という手段を取ったのはサラシエル自身だ。

 だというのに、彼女は己がやってきたこと全てに罪の意識を感じなかった。女神の御心のままにという言葉だけで人の未来を奪ってきた。


「全世界の人々がアンタに罪状を列挙しても、アンタはこう言うんでしょうね」


 ――で? と。


「やってきたことに罪の意識を感じないんじゃない。アンタはそれがどんな行いか理解した上で罪にはならないと思っているのよ」

「当然でしょう?」

「そう、アンタは代行者だから。そんなアンタだからこそ、どうして自分を敵視する存在がいるのか分からないでしょう?」


 ヴィエラの言葉に、サラシエルは目を細めた。


「考えても仕方ないから、どうでもいいから、異端者の考えなんて分かりたくないから、排除をする。そうでしょう?」

「分かっているじゃないですか」


 自分は特別だ。選ばれし人間だ。

 だから自分の行いは全て女神に許され、裁かれる罪もない。


「でもそれじゃあ物足りないのよ」


 復讐相手がそんなご都合主義の脳内お花畑だと、復讐するには都合が悪い。


「罪の意識が感じない凶悪犯罪者に対してどのような裁き方が一番被害者の心をスッキリにさせると思う?」


 集団リンチか。

 死刑か。

 再起不能か。

 拷問か。

 精神破壊か。


 一番はそのどちらでもない。


「一番は『罪の意識に苛まれて、死にたいと思わせること』よ」


 当然、死なんていう逃げ道すら与えない。

 一生をかけて不幸のどん底で苦しみながら絶望して欲しいと願う。


「アンタには私の怒りを最大限分からせてからぶちのめす」

「……」

「アンタからアンタを支える信仰も女神の神託も何もかも奪ってあげる」


 ヴィエラがそう言った瞬間、サラシエルの眼差しに炎が宿る。

 憎悪という名の、炎が。


「……奪わせはしません」

「なーに? 怒った? いいわねその顔」


 サラシエルから放たれる明確な殺意に、ヴィエラは殺意で応える。


「でもまだ足りないから――」


 両者、誰もが震えるほどの圧を放ちながら。


「――もっとその顔を歪ませなさいよ」


 突撃した。

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