VSサラシエル編

第50話 不屈の盾

 時は、ライとの戦いが始まると同時刻。

 ヴィエラとノンナは、迫り来る人工勇者の失敗作たちの攻撃を躱しながら、人工勇者計画の黒幕にして元凶であるサラシエルと戦っていた。


「あああああ!!!」

「――ふっ!!」


 人工勇者計画の失敗作。その正体は孤児として集められた子供たちの姿だった。彼らは正気を失った目で、サラシエルの命令通りにヴィエラたちへと武器を振るう。

 ヴィエラは冷静に彼らの攻撃を盾で受け流し、ノンナは風の聖術で動きを制限させながら安全圏を作り上げていた。

 そう、冷静に対処すれば双方の命の危険性もない。しかし、それだけでは前に進むことができないでいるのも事実。


「数が多いし、復帰が早いわね……!」


 一人一人の力量は失敗作とはいえ勇者を名乗ることだけはある。これがヴィエラやノンナじゃなかったら物量で即あの世行きの戦力差だ。かといってこの二人で問題なしというのも語弊がある。

 相手が子供だからかどうしても手加減してしまう。それに意識だけ落とすよう努めても人工勇者としての身体スペックが復帰の速度を速めてくるのだ。


「あなた方はそこで見ていてくださいな。もうすぐで、もう一人の完成された勇者様がお生まれになるのですから」


 見れば、サラシエルの杖が妖しい光を発しながらヴィエナの体を薄い紫色の膜で包んでいた。恐らく、あれが人工勇者を生み出すための聖術だろう。


「何が、勇者よ……っ!!」


 サラシエルの言葉を吐き捨てたヴィエラは、サラシエルの横にある台座で寝ている己の妹を見る。彼女が愛して、そして守れなかった家族だ。長い間ずっと死んだと思っていた妹がそこにいた。


 本当に、これはいったいなんの奇跡だろうか。もう二度とこの奇跡に会うことはないだろうってぐらいの奇跡だ。

 だからこそ。

 だからこそ、この奇跡を逃してはならない。あの日のように全てを失うことだけは絶対に避けなければならない。


 ――だからこそ。


「もう絶対に! アンタの好きにはさせない!!」


 やっと手に入れたやり直しの機会なのだ。

 数々の偶然と奇跡が合わさって生まれた償いなのだ。


「二度と、二度と手放さないんだから――ヴィエナ!!」


 そう叫んで、一歩前へと踏み出す。


『アアアアア!!』


 そしてその次の瞬間、この世の物とは思えない叫びがヴィエラの周囲を囲む。


「あらあら駄目じゃないですか。そうやって無理に来ようとしては」


 正気を失った子供たちはどうしようもなく妨害行為に適任だった。これほど振るう剣が鈍るのはこの子供らをおいて他にないぐらい。


「――でも、だから何?」


 剣が鈍るなら振るわなくていい。

 攻撃できないなら攻撃しなくていい。


「守る騎士を侮らないことね」


 守るべき対象を傷付けるぐらいなら剣などいらない。

 それを証明するかのように、ヴィエラは自身の剣を宙へと放り投げた。


「なっ――」


 サラシエルの驚く声が聞こえる。

 それだけでヴィエラの顔に笑みが宿る。

 この身に人を傷付ける剣はもうない。宙へと放り投げた剣を子供たちが目で追っていくのが見える。例え正気を失っても人の持つ危険物を警戒する命令があるため、それだけで子供たちは隙を晒していた。


「ふぅっ!!」


 瞬時に息を吸って、勢いよく吐く。

 そして同時に盾を構えて突進をする。


「――無理に来ようとするから駄目だって?」


 駄目な理由など誰が決めた?

 どんな相手だろうとも、どんな状況だろうとも、無理を通して押し通す。それが盾騎士だ。守りたいものを守るのが守る騎士だ。 


 ただ人を守る盾のみがこの状況を突破する唯一にして最強の武器なのだ。


「そこ、通るわよ」


 ヴィエラの持つ盾が、隙を晒している子供たちを跳ね飛ばした。


「大丈夫計算通りよ」


 吹き飛ばされても子供たちに外傷はない。いや、外傷が出ないように計算して吹き飛ばしたのだ。傷などあるはずがない。


『あ、ああああ!!』

「一々叫んでくるお陰でタイミングが分かりやすいのよ!」


 これまではただ武器や攻撃を逸らすだけだった。だが今は違う。利用するために、逸らす。ただそのような戦法に切り替えただけ。


 子供たちの位置を把握し。

 地形を把握し。

 タイミングを見計らい。


 ――子供同士をぶつけさせ、攻撃を妨害する。


 たったそれだけ。

 たったそれだけでヴィエラは一歩、また一歩と前に進んでいく。


「でもその程度の速さ、私の施術の方が――」

「大丈夫、もう慣れたわ」

「っ、速い!?」


 気が付けば、子供たちの妨害など最初からなかったかのようにヴィエラが軽快に動いているではないか。サラシエルは咄嗟にヴィエナに向けて発動していた聖術を止めて迎撃するように杖を構える。


 ――その瞬間。


「その汚い首、洗っておいてくれたかしら?」

「……ヴィエラ!!」

 

 ヴィエラの盾とサラシエルの杖がかち合い、互いの得物ごしに相手を殺すかのように睨み合った。


「妹を返してもらうわよ!!」

「勇者は皆さまの物です!」


 聖術強化の力量は同等。

 しかし盾と杖の鍔迫り合いはヴィエラの方が上だ。

 例え聖術士として最高の力量を持つ女教皇であろうとも、聖術強化量が同じなら素の身体能力が高い女騎士の方が有利なのは当然だ。


 当然、接近戦での技術もヴィエラの方が上。


 ならば。


「ッ!」

「!?」


 サラシエルの持つ杖が不気味に光り輝いた。


「地面に気を付けよヴィエラ!!」


 サラシエルには『聖術・教導王の円環』という地面に接している対象に膨大なマナを瞬時に注ぎ込む技がある。限界許容量を超えて注ぎ込まれた対象の肉体は自壊し、マナの粒子となって消滅する恐ろしい技だ。

 それを知っているからこそ、サラシエルの様子に気付いたノンナが声を張り上げて注意する。


 しかし。


「判断は早い、ですがもう遅いのです」


 サラシエルの言う通りもう遅かった。

 その聖術はもうノンナが注意するよりも前に完成していたのだ。


「同じマナライン接続者でも――」


 サラシエルの顔に笑みが浮かぶ。


「――明確な格の違いとやらがあるんですよね」




 ◇




 自分とは違う場所からマナラインが動く気配がする。

 自分以外のマナラインの接続に、自分以外のマナラインを使った聖術だ。


 なるほど、とヴィエラは納得する。


 確かにこの力は人にとって脅威だ。こんな絶対的で、圧倒的な力をただ便利だからと使っていた自分を改めるべきだろうとは思う。


(こんな修羅場じゃなければね)


 力とは、争いと悲劇のある世界だからこそ積極的に使わなければならない。何かを奪うにしても、何かを守るとしても力はそれを叶えさせるための絶対的な手段だ。だからサラシエルの行動は正しいのだ。倒すために強大な力を使うのは本当に正しい。


 そこだけは同意しよう。


 そうしてコンマ数秒もしない内に、サラシエルの発動した聖術がこちらに到達する。そうなった場合、ヴィエラは許容量以上のマナを注ぎ込まれて自壊する運命になるだろう。


 それをヴィエラは誰よりも分かっていた。

 分かっていたからこそ、


(アンタの敗因はいくつもあるわ)


 妹を巻き込んだこと。

 接近戦でマナラインを通した聖術を使ったこと。

 ヴィエラを侮ったこと。

 自身の勝利を確信したこと。

 自分の考えが正しいと思っていること。

 マナライン接続に道具を頼っていること。

 ヴィエラの敵になったこと。

 むかつく容姿に生まれたこと。

 むかつく口調で喋ること。

 仲間の名前が入っていること。

 存在。

 考え。

 生理的に無理。


「――……以下、略!!」

「え!?」


 サラシエルの聖術は発動に成功した。

 膨大なマナがヴィエラの体を蹂躙していく。


 いや。


 ヴィエラが、その膨大なマナを制御していく。


「なんで、体が!?」


 ヴィエラが僅かに優勢だった均衡が、完全にヴィエラの圧倒的な力によって崩れていく。サラシエルの体は徐々に押し出され、抑えることが出来ない。


「教導王の円環。アンタはその意味をもっと理解した方がいいわね」


 教導王。

 それはかつてマナラインに接続した最強の聖術士の名前だ。その力は全ての者の体を癒し、敵対する全てを滅ぼした生と死の円環を司るもの。そして、その生涯は悩める人々を導く聖職者の鑑のような人だった。


 サラシエルはその力を人を殺めるためだけに使った。

 当然だ。膨大なマナを問答無用で注ぎ込まれてしまえば人は死ぬ。だがそれで人が死ななかったら? 膨大なマナを利用されてしまえば?


 ――必殺のはずの技が、人に力を与える技になるのだ。


「えぇアンタからの差し入れ、美味しかったわよ」

「どうやって、制御をっ!?」

「なら聞くけど、どうして制御できないと思ったわけ?」


 制御できるわけがない。そう、普通ならば。

 だがヴィエラは普通じゃない。


 サラシエルですら杖ありで瞬時のマナライン接続を実現した。

 ヴィエラはその道具すらなしで実現している。


 一言で言えば才能の違いだろうか。しかし、だからと言って何もノーヒントでこれを制御をしようと思ったわけではない。


「そうね、アンタの敗因リストに一つ加えさせて貰うわよ!!」


 の火花がヴィエラの体から発していく。

 それに伴ってヴィエラの肉体が加速的に強化されていく。


「それ、は――!?」


 白銀。それはとある戦士を象徴する色だ。

 それは不可能を可能にする色なのだ。


「あのバカが、この時代にいることよ!!」


 サラシエルの体が浮く。

 もう何も彼女の体を支えるものはなく、ただ無抵抗に流されるしかない。


「待っ――」


 ――暴力という名の、流れに。


 轟音を鳴らしながら後方の壁をぶち抜いてサラシエルが吹っ飛んでいく。


「そういえば――」


 激痛に顔を歪ませるサラシエルにヴィエラの挑発するような声が届く。


「――同じマナライン接続者にも格の違いとやらがあるって、言ってたわね」

「ヴィ、エラ……ァッ!!」


 その脇に最愛の妹を抱えながら、ヴィエラが上から嘲った。




「どう? 格下の味って奴は」

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