第49話 白銀の太陽
ライの放った光を呑み込み、ラルクエルド教国の上空で生まれた白銀の太陽。国中の誰もがその太陽を呆然と見上げ、心を奪われていた。
だが心を奪われたのは教国民だけではなかった。
――ローガン伯爵領。
「ラッセル。あの太陽を見たわね?」
「はい……! あれを出せるのはきっとノルドさんたちです!」
ローガン伯爵領次期女当主であるロアリー・ローガンと彼女と婚約している配達人ラッセルの二人は、遠く離れても肉眼で見える程の圧倒的存在感を放つ白銀の太陽を見て、ある決心をしていた。
「あの人たちに恩を返す時です!」
ラッセルの言葉にロアリーは笑みを浮かべて肯定する。
あの白銀の太陽が何かを伝えたわけでもない。ただあの太陽を見ていると心の奥底で熱が灯るのが分かるのだ。
あの太陽を見て自分も何かをしたいのだと、強烈な感情が体を動かそうとしている。
「この書簡を我が国、そして周辺国にも渡してくれるかしら」
「仰せのままに、ロアリー様!」
尊敬する主人にして最愛の人から頼まれたウサギの少年は書簡を持ったまま屋敷から飛び出す。
一人で各国へと配達するのは無謀だろう。だが彼なら問題はない。類稀な聖術強化で驚異的な脚力を持つ彼にとって、この配達は屁でもないのだ。
そう、最速の配達人である彼にとっては。
――巨人族の集落。
「見たか貴様らぁ!」
「あんなデケェもん見せられてジッとしていられる訳ねぇよなぁ!?」
巨人族の長スラリカンとその息子グジカンが同胞である巨人族に向けて叫ぶ。
「ノルドたちは見知らぬ俺らのためにあのクソ鳥を倒してくれた! だったら俺らもノルドたちのために出来ることがある筈だ!」
「そうじゃ! 我らの巨腕は小さき者を守るため! 我らの巨躯は小さき者を支えるため! そのデカい図体を今こそ活かす時じゃあ!!」
『オオオオオオオオオ!!!』
クジカンたちの言葉によって巨人族が雄叫びを上げる。遠くに見える白銀の太陽に目を向けながら、今度こそ恩を返すのだと決意の雄叫びを上げたのだった。
――古代都市。
「おいおいおい、なんだぁありゃあ?」
「キラキラが、キラキラがたくさん!」
「キラキラってまさか……」
朝だと言うのに眩しく輝く白銀の太陽に困惑する古代都市の人々。
その中でかつてノルドと共に戦った元宿屋の店主であるガルドラが目を丸くさせていると、義理の愛娘である元魔人のケーネがきゃっきゃと飛び跳ねていた。
そんな愛娘の様子を見て、ガルドラと結婚した元探索者であるグラニが何かに感づく。
「もしかして……ノルドが?」
「はぁ? おいおい、いくら非常識の塊のアイツでもあんな太陽みたいなもん出せる筈が……いや出せそうだな」
古代都市にいた頃のノルドの行いを思い返したガルドラは咄嗟に己の考えを変えた。
「ったく、アイツはどこに行っても非常識だなぁ」
そう言って、ガルドラは後ろへと振り向く。そこにいるのはノルドとすれ違う形でこの古代都市にやってきたドワーフの子供。
「なぁ嬢ちゃん、アイツからの催促だぜ」
「あぁ分かってるよ」
彼女の名前はレイヤ・マガラ・カイヤナイト。ドワーフの里でノルドのメイスを作り上げたガイアの孫にして『女神の加護』を持つ凄腕の職人だった。
「これでこっちの準備は終わりっと」
ふぅ、とレイヤは仕事が終わったと言わんばかりに息を吐いて見上げる。そこには膝をついて佇む巨大な像があった。
「これでこいつを動かせるようになったぜ」
「はーやっぱ凄い腕をしてるなぁ」
「ハッ、誰に物を言ってんだ?」
かつてガルドラとグラニが搭乗し、ノルドと共に戦った古代の『戦士』。その彼が、レイヤの手によって大幅な強化を経て、再び使命を果たせることを待っていた。
「さて、準備はいいかい野郎共!」
レイヤの言葉に数百名にも及ぶ人々が叫ぶ。彼らの手には多種多様な武器が握られており、その武器の中には彼らの想い人が宿っていた。
「魔王討伐に赴く兄ちゃんたちのために!」
「私らの大切な人を取り戻すために!」
「好き勝手やってる魔人共をぶん殴るために!」
彼らの決意を聞いてレイヤは口角を上げる。
「行くよ野郎共!! 勇者パーティーの支援を……開始するよ!」
『おおおおおおお!!!』
――ゴード帝国。
「軍の編成が終わりました」
「ありがとう、カマラ」
ここ、ゴード帝国でも白銀の太陽を見て立ち上がった者がいた。
ゴード帝国皇太子アレクサンドル・ゴードとその婚約者にして宮廷聖術師の一人、カマラ・クレラルドだ。
「遥か遠くからでも伝わる彼らの活躍……その活躍に我らゴード帝国も応えなくてはならない」
「彼らと一緒にいるノンちゃんのためにも」
ノルドたちによってアレクは魔人の洗脳から解き放たれ、国は救われた。その恩を今、あの白銀の太陽の名の下に返す時が来たとアレクは感じた。
「元より魔王の脅威は人類全体で臨まなくてはならないのだ」
「きっとあの太陽がきっかけで彼らが知り合った全ての味方が馳せ参じることでしょう」
「ここで我らが動かなかったら末代まで恥じることになるだろうな」
魔王がいるケーン大陸は勇者パーティーしか行けない。正確にはケーン大陸を覆う瘴気から味方を守れるのは勇者パーティーのような少数精鋭でしか、勇者と聖女による守りが届かないのだ。
だから軍を編成しても最終的に勇者パーティーの力にはなれないだろう。
「だがそれでもいい。彼らの旅路に少しでも力になれるならそれでもいいんだ」
「はい! もうただ待って祈るだけの生活とはおさらばです!」
あの白銀の太陽はそうした勇気をくれる物だったのだ。
「我らもまた魔に抗う戦士! 勇者パーティーの援軍として向かおうぞ!!」
一人、また一人と勇者パーティーが紡いだ絆が今再び繋がっていく。誰もが彼らのためにと集結していく。
――そして、商人国家カイコル。
「おいおいなんだいあれは?」
遥か遠くに見える忌々しい光の塊を心底嫌そうに見る男がいた。
彼の周囲には彼と同じく忌々しげに顔歪めて顔を逸らすものや、白銀の太陽に向かって咆吼を上げる化け物がいた。
「これじゃあ俺らの活躍が霞むじゃないか。そうは思わないかい君?」
そう言って振り向くとそこには剣を杖にして支える男がいた。
「き、さま……!」
「商人を束ねる長にしては良くやったよ。いや凄いね君本当に商人かなって思ったさ」
「戯言を……!!」
満身創痍の男は気力を振り絞って目の前の元凶へと走る。
手には剣を、目には憎悪を。例え周囲にどれだけ敵がいようと、目の前の仇だけは討つ覚悟を持って突撃する。
だが元凶の男はただ見守るだけ。
周囲の仲間らしき存在は微動だにせず、誰も助けに動く気配すらない。
数メートル、数センチと刃が迫ろうとも焦るはなく、やがて刃が肉に当たる瞬間まで誰も動かなかった。
――それもその筈だ。
「……な」
「妻子を殺され、共に将来を語り合った親友も消え、守るべき民すら絶えた。心すら折れる出来事だというのに君は折れなかった」
刃は、貫かなかった。
「――それはまさしく、愛って奴さ」
「あ、悪魔め……!!」
貫けなかったのだ。
刃はその悪魔の持つ筋肉の前に数ミリとも突き刺さらなかった。
「ザイアと違って魅せ筋じゃないからね」
「くっ……!」
「俺にも俺が愛する人のために負けられない理由があるんだよ。たかが数十年積み重ねた愛とは重みが違うのさ」
「黙れ!!」
一国の長だった男は何度も何度も元凶たる悪魔に剣を振るう。
「何が、何が愛だ!! 貴様ら悪魔のせいで私の大切な者が死んだ! 私の宝を、友を、民を奪っておいて何をほざく!?」
認められない。認めてはならない。
こんなことを仕出かしておいて愛の重みが違う? そんなもの、詐欺を働く者が放つ言葉の重みと同価値だ。いや、それ以下だろう。
「貴様が!! 愛を語るなぁああああ!!」
バギン、と刃が悪魔の肉体を前に折れる。
「愛を語るな? それは面白いことを言うねぇ」
体力が尽き、膝をつく男に悪魔は語る。
「俺は愛のために数百、数千年と生きてきた。そんな俺に愛を語る資格がないとは言わせないよ」
その悪魔の言葉に周囲の仲間らしき存在が一斉に顔を歪ませた。
「……異常者め」
言ったのは膝をついている長ではない。悪魔の仲間の一人だ。そんな仲間の言葉に悪魔は心外そうな顔をして反論をする。
「失敬な。純愛だよ?」
「……チッ」
悪魔の言葉に仲間は言い返せずに舌打ちだけで留まる。同じ魔の者としてそこに上下関係はない。魔王を筆頭に全てが平等なのが魔人だ。それは当然、悪魔と自称する存在たちも含めてだ。
しかし、この悪魔だけは違う。
まさしく別格。
魔王の次に生まれた最初にして最古の魔人であり、その力はまさに魔王と同等。
誰も逆らえず、誰も敵わない。
それが、この悪魔の正体。
「さっさと用事を済ませろ」
「はいはい」
仲間に促され、悪魔の男は苦笑いを浮かべながら長の耳元へと口を近付く。
「結論から言うと君は死ぬ」
「……っ!」
「ただし殺すわけじゃない。ただ君の命運は君の国と共に滅びるだけさ」
「何を、するつもりだ……!」
「風穴でも開けてやろうと思ってね」
悪魔が長から離れていく。
長はなんとか阻止しようと体を動かすものの体の言うことが聞かない。もう既に、彼の体は限界だったのだ。
「あぁ女神よ……こいつらに、天罰を……」
「クソ女神に祈りが届くと良いねぇ」
長の言葉に悪魔は歩きながらケラケラと嘲る。
「あぁ長かった。でもディーシィーは良くやってくれたよ。これで我慢の日々は終わりだ」
まるで散歩するように、ピクニックに行くような軽い足取りで悪魔が歩く。
「待っててくださいね、愛しの魔王様!」
その日、人類は一つの国を失うこととなった。
――ラックマーク王国。
「待っててくださいよバッタの兄貴〜!」
「ハッ、お前ら見えないのか!? ノルドの野郎が助けを求めてるサインだぜあれは!」
「ただ兄貴が助けに行きたいだけでしょ?」
「は、はー? べ、別に助けに行きたいとかじゃねーし? 俺は仕方なくだなぁ……」
「はいはい」
「何だとお前らその態度はぁ!?」
外から聞こえる喧騒を背景に、ドワーフ鍛冶師の男ガランドは店から出ようとする腐れ縁に声を掛ける。
「……本当に出ていくのか?」
「何回言わせる気じゃ?」
「昔の誼だろ? 何回でも聞いていけ」
ガランドが声を掛けるのはノルドとサラの育ての親、カラクだ。
だがそのカラクには、彼を知ってる者ほど目を疑うような格好をしていた。
まるで戦場に向かうような装備に、老人には似つかわしくないほど巨大な大剣が背中にあった。
「いくら軽症でもラックマーク王国周辺から離れれば瘴気は必ず体を蝕む。あのクソババアのように対策もしてないお主じゃと、いずれ魔人になるぞ」
それでも行くのか?
そう尋ねるガランドにカラクは答える。
「同胞は消え、わし一人になった時……わしは己の存在理由を探していた」
「あの二人を育ててもか?」
「……それとこれとは別じゃのう」
カラクの言葉にガランドは押し黙る。
ガランドの孫、ガイアもドワーフの平均寿命を超えてずっと生きてきた。息子や孫と共に生きてきたにも関わらず、心の中で己の存在理由を探し続けてきた。
そういった事情が分かるからこそ、カラクの言いたいことも分かるのだ。
「『戦鬼の一族』……難儀な物だな。とんだ脳筋集団じゃねぇか」
「褒めても何もでんよ」
「褒めてねーよ」
はぁ、とガランドはため息を吐く。
「……長かったな」
「長過ぎたぐらい……と言いたいが、いざその時になると短いと思えてくるのう」
「そうかい」
最早何も言うまい。
いや何かを言ってカラクの決意を無駄にするのはそれ以上に良くない。
惰性で生きて、ただ待つ自分よりかはちゃんと自分の人生を生きてるカラクの方が偉いのだから。
まぁ、そんな事は口が裂けても言わんが。
「……アイツらによろしくな」
「うむ」
そう言って、カラクは片手を上げながら店から出る。それが最後の後ろ姿だと思いながら、ガランドは暫くカラクが出て行った扉の方を見ていた。
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