第48話 ノルドVSライ

 今まで他者から強制された力だと認識していた。

 そこに自分の意思はなく、ただ命令されるがままに動いていた。


 完全なる異物。

 宿主を破滅させる爆弾。


 それが人工勇者の力だった。


「はああああああ!!!」


 それが今はどうだ。

 ノルドの光を受けた瞬間、自分の体が作り変えられていく感覚がした。いや、正確には施された力が再構成されたと言った方がいいか。

 異物だと思っていた力が完全に自分の制御下にある感覚だ。他者から与えられた力ではなく、正真正銘自分の力だと今なら断言できる。


「おっと!」


 先程とは比べ物にならない速度でノルドに向けて拳を振るう。

 その攻撃に、あれだけ余裕そうに捌いていたノルドが目を見開きながらも笑みを浮かべてメイスで受け流す。


「体が軽い……!!」


 人工勇者の力である炉心を起動していない状態でこれだ。

 ただ体を強化する聖術を発動しているだけなのに、炉心を起動している状態よりも格段に動きやすく、苦しくない。


「これが、自分の力!」

「まだまだ行けそうだな!」


 ライがノルドに向かって飛び上がり、回転蹴りで頭を狙う。

 それをノルドは体を捻りながらしゃがんで回避。回転蹴りで空いたライの胴体に向かって体を捻った勢いで回転しながら水平にメイスを振るう。


「っ!」


 宙にいるライにそのメイスを回避する術はない。

 完璧なタイミングによる攻撃であり、一撃が重いノルドの攻撃を受ければ確実に起き上がれないだろう。

 当然、そのことをノルドも自覚している。

 それでも敢えて攻撃を実行したのは、これでライが終わると信じていないからだ。


(そうだ……まだおれは力を使ってない!!)


 起動するのさえ躊躇してきた悪夢の力。

 だがその悪しき力も、今は違う。


「『炉心――」


 周囲のマナが、ライの持つ力へと吸い込まれる。


 いや。


 ライのマナが、周囲のマナと


「――解放』!!」


 解けていく。

 あれだけマナを吸収し、閉じ込めていた器が消えていく。


 もう溢れだしたマナが雷を発することはない。

 紫電がライの体を纏うことはない。


 器が解けて中のマナが、周囲のマナと一体化する。

 全てのマナが、ライの味方だ。


「っ!?」


 ノルドが驚愕のあまり目を見開く。

 当たると思っていたメイスがライの胴体を捉えなかったのだ。


 いや、捉えない事態は想定済みだ。

 問題は、メイスの一撃がライのを通ったこと。


「まさか……!」


 ノルドは直前までのライの動きを思い返す。

 あれはそう。空中で身動きが出来ないライが何もないところに手を置き、押すような動作をした瞬間、彼の体はもう一回飛んだのだ。


「マナを固めて足場にしたのか!」

……!!」


 ライの目には空間の至るどころに白銀色の雷光が走っているのが見える。

 触れればライの意思通りに姿形を変え、雷光に足を乗せればその流れに沿って高速移動が出来る。


「さっきより速くて、予測できないな……!」

「これがおれの力……! でもそれは!!」


 ――何かを支配下に置く力じゃない!!


「はは……!」


 ライが雷光の力を借りるその時、マナは白銀色の雷光として現実に可視化される。ライの縦横無尽な動きに周囲が雷光に染まっていく。


 それは最早、白銀雷光の嵐。


「……っ!」


 隙を突くかのように一瞬でノルドの死角に向かって雷光が伸びる。それをノルドはメイスで受け流し、雷光が再び嵐に戻る。

 何十回も、何百回も、何千回も雷光が嵐から出てきては嵐に戻っていく。


「っ、はあああああ!!!」


 それでもまだ遠く、届かない。

 その憧れは果てしなく高く、そして大きい。


「凄くなったなぁライ!!」

「――!」

「それじゃあこっちの番だ!!」


 ノルドのメイスが光り輝く。

 その瞬間、ノルドの体がメイスの爆発と共に垂直方向へ回転しながら空へと飛び上がった。


「えぇ!?」


 それだけじゃない。上昇する際に使う爆発が、雷光をかき消してライの動きを制限していくのだ。


「兄、貴……」

「なぁ」


 そして残るのは空中で向かい合う二人の戦士。


「まだまだこんなもんじゃないだろう? ライ」

「……兄貴は、すげーや」


 彼らの戦いは、空へと。




 ◇




「……凄い」


 ずっと共にしてきた幼馴染が空高く行ってしまった。

 手を伸ばしても届かないぐらい高い位置に、いつの間にか飛んで行った。


 昔からノルドを知るサラにとって、今のノルドの変わりようは複雑な思いを抱いていた。同じお幅で歩き、同じ道を歩いていたというのに、幼馴染は変わってしまった。


「ううん……」


 人は変わるものだ。

 変わらなかったのは自分だけだ。


 ノルドのあの全てを照らしてくれる笑みだけは変わらずに、いつの間にか困っている人を助けに行って、困っている人ごと変えるような力を持つようになった。


 それが少し、寂しく思う。

 幼馴染が自分を置いていくような、そんな感覚が胸に過る。


 でも。


 ――いったいどの口が?


「……っ」


 時折、胸が苦しくなる時がある。


 ここ最近の記憶があやふやで、自分がどこに行ったのか、何を言ったのかすら思い出せない時があるのだ。

 それが果てしなく怖い。

 抱いた思いも、積み重ねた想いも、大事な記憶すら無価値として忘れていくそんな自分が果てしなく怖いのだ。


 きっと、この恐怖も忘れてしまうだろうか。

 遠くへ行った幼馴染に対する想いも消えるのだろうか。


「ノルド……」


 空を見上げて、大切な幼馴染の姿を見る。何かを求めるような眼差しでノルドを見ていると、ふと笑みがこぼれた。


「……ふふ」


 例え遠ざかっていも、その笑みを見れば寂しい気持ちは消えていく。


「……眩しいなぁ」


 まるでこっちも空まで引っ張ってくれるような笑みを見て、サラはそう呟いた。




 ◇




「うおおおおおお!! 二人とも頑張れぇえええ!!!」

「いいぞ! そこだ少年!!」


 二人の戦いを見て、観客席も声を張り上げる。


 誰もが昨日の惨劇から立ち直っていないままここに連れて来られた。自分たちが頼りにしている神官たちの醜い面を見た。自分たちが尊敬している我が国の勇者が非道な実験で生まれた存在だった。


 数えきれない闇を見た。

 その闇の上で自分たちは暮らしていた。


 恥ずかしくてしょうがない。

 悔しくてしょうがない。


 それでもノルドとライの戦いを見て、胸の内に熱い何かが生まれてくることを感じた。居ても立っても居られない気持ちになった。


『頑張れえええええ!!』


 悔やむより、前に進むこと。

 あの二人の戦いを見ると、不思議と前に進もうとする勇気を貰えた。


「……これぞ、わしらが求めてた光景じゃ」


 観客席でただ一人、師匠だけが静かに上空の戦いを見ていた。


「勇者も聖女も魔王も理不尽も全て吹き飛ばす……そのような存在をわしらは求めていたんじゃ」


 ノルドなら出来る。

 いや、ノルドしかいない。

 ノルドしか……あの計画は完遂しない。


「『魔王の完全討伐』……!」


 全ての理不尽、全ての悪意。

 その全てを乗り越えて吹き飛ばす計画。


「そうじゃお主なら出来る……! お主しか出来ない!!」


 立ち上がり、叫ぶ。

 数百年もの間、待ち続けた奇跡の存在に冷めていた心が熱を帯びていく。


「何故ならお主は――」


 遥かな空、そして太陽を背に戦う戦士を見て叫ぶ。


「――わしらが求めていた……っ、『ラブマックス・フルパワー・ウォーリア』なのじゃから!!」




 ◇




 ――強い。


 万能感のあまり、吞まれそうな力を持っているというのにこちらの攻撃は効かない。いや効かないわけじゃないだろう。ライの動きはノルドを翻弄させることが出来るし、全ての攻撃を素手で受け止めるのではなくメイスで防がれている。


 つまりライの攻撃は受けたら危険だとノルドも理解しているのだ。


 それでもノルドはライの攻撃を受けてくれない。

 全て完璧に防がれて対応されている。


(これが兄貴の力……世界を救うパーティーに所属する戦士!!)


 心が痺れる。

 感情が震える。


 ――こんな凄い人と、自分が戦っている!!


「あああああああ!!!!」

「っ!」


 マナの足場によってノルドよりも更に高く空へと上昇する。


「おいおいこりゃあ……」


 ライの周囲に膨大なマナが集まっていく。

 かといってあれは炉心起動のようなマナ吸収ではない。


 あれは――。


「これで決めるってことか!」


 マナを収束し、放つ紫電。

 地上で戦った際にライが放った必殺の技だ。


 だがライの身に着けているガントレットは既に形だけの存在だ。

 ガントレットに刻まれた聖術陣は既にノルドの光によって分解されている。ならば今目の前で起きている光景はいったい何か。


「これがおれの力……!!」


 これは正真正銘、ライ自身の力だ。

 今のライに紫電はない。

 もう操り人形の象徴である紫電は存在しない。


 感知している全ての雷光を頭上に集め、巨大な白銀雷光の塊を生成する。


 これで最後。

 これで力の試運転は終わりだ。


 終わりだからこそ、全力で行く。


「……はは! それを叩き付ける気か? 下手すれば地上の人たちも巻き添えになるかも知れないぞ?」

「でも――」


 そんなノルドの言葉に。


「――兄貴ならなんとかしてくれるよね?」

「……」


 ライは笑顔を見せてそう答えた。

 その瞬間、ライの頭上に出来ていた白銀雷光がノルドに向かって落ちていく。


「……ハッ」


 そんな光景を前に、ノルドが笑みを浮かべる。

 手に持った白銀のメイスに光が集まり、白銀に激しく輝く。


「――言ってくれるじゃねぇか」


 これが正真正銘、ライとの最後の決着。


「ならよぉく見とけ」

 

 これは、ノルドが世界に自分を証明する戦い。


 これは、ノルドが理不尽な世界を吹き飛ばすと誓う戦い。


 全ての想いをメイスに乗せる。メイスの輝きは朝であっても眩しく光輝き、教国中の誰もが空を見上げる程だった。


「これが俺だ……!! 俺がここにいる証明だ!!」


 メイスを、打ち上げる。


「サラアアアアアアア!!!」


 好きな人のために、世界すら救う。


「好きだああああああ!!!」


 いつだって、彼はその気持ちでここに立っているのだ。




 ◇




「……ここは?」

「起きたか」

「っ! あ、兄貴……?」


 いったいおれはどうなって……そう聞こうとした瞬間、空を見て愕然とする。


「……あれ、兄貴が?」

「あぁ……ちとやり過ぎたな!」


 はっはっはと笑うノルドにライは「はは……」と苦笑いを浮かべる。


 ――太陽だ。


 それを初見で説明すると一言でそれが出てくる。

 何故なら、空中に浮かんでいるのはそれこそ太陽。


 白銀に輝く小さな太陽が、ラルクエルド教国の遥か上空に浮かんでいたのだ。


「兄貴はすげーや……おれの技を吞み込んで太陽作るしさ」


 未だにあの太陽の輝きは収まらない。

 朝だというのに、まるで遥か遠くの地にも見えるぐらい眩しく輝いていた。


「……ねぇ兄貴」


 無意識にノルドを呼ぶ。

 しかし呼んでから何を話せばいいのか、多すぎて纏まらない。


 どうしてここまでしてくれるのか。

 どうして助けてくれたのか。

 どうしてこんなに強いのか。


「ん? どうした?」


 ――あぁでも、一つだけ聞きたいことがあった。


「兄貴の……兄貴の名前」

「え?」

「兄貴の口から聞きたいんだ」


 その言葉にノルドは一瞬目を丸くさせる。

 そしてふっ、と笑みを浮かべると座っているライに向かって手を伸ばした。


「――ノルド。カラク村のノルドだ」

「……っ、うん!」


 ライは頬に熱い何かが流れているのを感じて、ノルドの手を掴む。


 敵うわけがない。

 こんなに大きくて、偉大な人に敵うわけがなかったのだ。


「ありがとう……兄貴……っ」


 そして。


「……っ! 参り、ました……!!」


 戦いが、終わった。

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