第47話 ノルドVS人工勇者

「なんで、どうして!?」


 眼の前で繰り広げられる戦いに人工勇者計画に関わった神官の誰もが混乱する。


「うあああああ!!」


 叫びを上げながら攻撃を続けるライ。マナによって強化された身体能力は最早誰にも追い付けない。だというのに、ノルドだけは的確にライの攻撃を素手で捌き続けていた。


「何が起きてる!? どうしてただの人間が勇者と渡り合えてるんだ!?」


 渡り合えてるなんてものじゃない。触れれば消し飛ばされる程の衝撃を受けてもなお、ノルドの表情に焦りはない。

 完全にノルドの優勢だ。勇者でもなんでもない、ただの戦士が勇者を超えていたのだ。


「凄い……」


 彼らの戦いを見て驚愕してるのは神官だけじゃない。ノエルやサラ、この戦いを見ている全ての人々がノルドの動きを食い入るように見ていた。


「なんて奴じゃ……この短期間でここまで成長していようとは」

「ノルドって奴を知っているのか婆ちゃん?」


 一般観客席で見ていた師匠のふとした呟きに周囲の人々が興味を抱く。


「ふむ……」


 周囲の反応に流石に独り言が過ぎたと内心反省をする師匠。

 どう対応すればいいかと一瞬考えたのち、師匠は彼らに向かって口角を上げて、ついでに己の空気を歴戦の戦士であるかのように変える。


 そして。


「彼奴はわしが育てた」

『おおおおおおお!!』


 悲しいかな、師匠とノルドの間に師弟関係だった事実はなく、単に己の事を師匠と呼ばせているだけの事実を知らない彼らは彼女の言葉を鵜吞みにしてしまった。

 彼らは自分たちが知りたい事柄の答えを知っている存在に目を輝かせて、師匠に向かって質問をする。


「ってことはあんたは、どうやってあの人が勇者様相手に渡り合えてるのか分かるんだな!?」

「うむ……そうだな」


 通常ならここで嘘が露呈される場面だろうが、本当の実力者である師匠には解説出来てしまう。ならばと、彼女は自らの考えを整理するついでに解説役を担うことにした。


「あの勇者の移動速度は、マナ感知に長けたわしら聖術士の感知能力すら追い付けない速度じゃ。先ず、戦っても話にならん程の相手じゃの」


 わしを除いてな。と師匠は念押しをした。


「じゃあなんであの人は勇者様の動きに対応できるんだ?」

「そうじゃの――」


 師匠はスッと目を細めて舞台の上で戦う二人を見つめながら言った。


「先ず、ノルドはあの勇者のマナそのものを感知しておらん」

「……どういうことだ?」

「かといって驚異的な反射神経や動体視力で対処しているわけでもない」


 勇者の持つマナを感知していない。

 それなのに目に頼ってすらいない。

 意味が分からないとはこのことだろう。

 そんな彼らの考えに気付いた師匠はゆっくりと言葉を補足していった。


「勘違いするな? 彼奴は確かにマナを感知しておる。ただ勇者のマナではなく周囲のマナを、じゃがな」

「周囲のマナを感知している?」

「そうじゃ。相手している勇者はどうやら周囲のマナを取り込む力があるようでな。それはわしら聖術士どころかマナを漠然と認識できる一般人ですら気付くことができる代物じゃ」


 周囲のマナが勢いよく勇者の体に吸い込まれる光景が、現実で言うとブラックホールに似ていると言えばいいのだろうか。あれほどの吸収力は流石に拙い感知能力を持つ者であってもすぐに気付くほど。


「じゃから恐らく、ノルドが感知しているのは周囲の吸収されているマナの流れじゃ。どれだけ早く動こうとも、マナが高速移動し続ける勇者の元へと流れていく光景を感知して、勇者の動きを予測しているのじゃろう」


 だがそれが分かって対処できるとなると話は別だ。

 一直線に来ると分かって誰が銃弾を躱せるのかと同じ話なのだ。

 だからこそ師匠は彼の力と成長に感嘆をした。


 ――この短期間で、ノルドの力量は師匠の予測を遥かに超えていたのだ。


「……わしらの求めていた者がお主で本当に良かったわい」


 そんな時、師匠の発した言葉に気付かずに一人の男が師匠に声をかける。


「でもよぅ、そんじゃどうして勇者様の攻撃を受け止めても平気でいられるんだ?」

「え?」

「え?」


 師匠の思わぬ反応に周囲の空気が固まる。


「え、いや、知らんけど……」

『えぇ……』




 ◇




 ノエルは眼下で戦いを繰り広げる想い人に対し、真剣な目で見つめていた。まるで確認するかのように、ノエルはノルドの戦いを観察していた。今までの戦い、そして今の戦いを見て、ノエルは無意識にその荒唐無稽な考えを口にした。


「マナによる攻撃が効いていない?」

「ノエル?」


 ノエルのふと呟いた言葉に姉のヨルアが訝しむ。そんな姉の呼びかけに、ノエルは真剣な表情で姉の方へと振り向いた。


「さっきから相手の攻撃を素手で受けているのにノルドの体には何一つ傷が付いていないんだよ」

「えぇそれは私も思いましたわ」


 確かに相手は子供だが、マナを強化しながら殴っているとなると話は別になる。例え子供でも大人でも、強化した拳で殴れば普通の人間なら死に至るレベルだ。だというのに勇者の名に恥じないレベルの強化を受けた拳を受けて、ノルドは未だに無傷。はっきり言って異常な光景であることは間違いない。


「これまでノルドと旅をしてきて、ノルドの戦いを見てきた」


 成り行き上仕方がないとはいえ、ノルドは魔人たちと戦ってきた。逆に言えば、ノルドはマナを扱う相手とは戦ってこなかったのだ。


「だから気付かなかった。いや、そもそも考えてすらいなかったんだ」


 ――ノルドにマナに関係する影響を受けないということを。


「影響を受けない?」

「全部が全部影響しないってわけじゃないと思う。サラから受けたマナによる『奇跡』で回復している光景を見たわけだし」


 そしてそれは、自分が出した回復の『奇跡』で回復しているところでも確認していた。


「だから、そう……ノルドに害を及ぼす類のマナが効かないんだ」

「そんな都合のいい体質があるの?」

「あくまで感覚的な話だけど、マナがノルドの味方をしているように見えるんだ」

「マナが……味方に」


 その最たる理由こそ目の前の戦いであり、過去の戦いの答えだ。


 覚えているだろうか。


 数週間前、ノルドは戦士選定トーナメントでマナライン接続者であるヴィエラと戦ったことがある。その時、絶対に突破不可能と言われたヴィエラの聖術をノルドが突破したその出来事を。


 もしその理由がノルドの特異な体質によるものだとしたら辻褄が合うのだ。ノルドの愛の叫びによって接続していたマナが揺らぎ、一時的に接続が切れたとしたら。


「ノルド……君はいったい何者なんだ?」


 そう言って、ノルドに関する謎を抱いたノエルはその表情を恍惚そうに浮かべて、ノルドを見つめた。




 ◇




 掴み、逸らし、受け止めて、弾く。

 最早嵐のように繰り出される拳の弾幕を前にしかし、ノルドの表情は何一つ崩れない。ただ冷静にライの繰り出す攻撃を捌き続けていた。


「なんで、なんで攻撃してこないんだよ!!」


 ライが堪らずそう叫ぶ。そう、ここまでの流れでノルドから攻撃を仕掛ける様子はなく、反撃の気配すらないのだ。


「行けっ! 行けーっ!!」

「反撃してこない今がチャンスだ!!」


 しかしそのことに気付かない神官の連中がライに向かって野次を飛ばす。


「……クソっ」


 あるいは気付いていてもその事実を認めたくないのか。

 ただの人間であるノルドが、最高傑作であるライを圧倒しているその事実を。


「倒せ!」

「殺せ!」

「やるんだ! 私たちに仇なす輩を殺せ!」


 それでも。


「倒せ……倒すのだ……!!」

「何故、倒れないのだ……!」


 次第に外野の声が萎んでいく。


「なんなんだ……なんなんだあいつは!!」


 例え認めたくなくとも、目の前の光景を見ていれば嫌でも気付く。何せ彼らは神官だ。誰もが聖術を扱える『戦える人』なのだ。

 ライの動きはそんな自分たちでも捉えられない人智を超えた動きだった。その動きがいったいどれほどの力があるのか他ならない自分たちも知っていた。


 なのになんだ。


 何故涼しい顔で無傷でいられるんだ。


「これがお前たちが求めていた現実か?」

『!?』


 戦いが始まって初めて、ノルドが声を発した。


「子供を犠牲にして、非道なことをやった末がこれか?」


 ノルドの声に怒りが宿っていく。


「これがお前らの想いだっていうのか!?」

「くっ!?」


 ライの腕を掴み、その怪力でライを投げ飛ばす。

 投げ飛ばされたライは空中でなんとか体勢を立て直して、足を滑らせながらも無事に着地する。


「くだらねぇ!! お前らは間違ってんだよ!!」

「ま、間違いだと!?」


 神官の一人が反応する。


「こんだけやって俺に傷一つ付けられない時点で分かれよ!! 子供たちの想いを無視して! 自分たちの想いだけ押し付けた結果を自覚しやがれ!!」


 ノルドの殺意を宿した眼差しが、未だに観客席に座って傍観している元凶たちへと向けられる。そこで彼らは、自分たちが傍観者ではないという現実を突き付けられたような気がした。


「う、うるさいうるさいうるさい!!」

「勇者よ!! 早くその男を殺せぇ!!」

「う、ぐ……あああああああ!!!!」


 神官たちの命令にライが苦しみだす。

 そしてライの体を中心に膨大な量のマナが集まっていく。それに伴いライのガントレットが光り輝きだす。


「ははははは!! いいぞ! これが我らの勇者の力だ!!」


 そんな光景を見て、観客席で観ていた師匠が目を細める。視線の先はライのガントレットだ。輝いているガントレットを見て、師匠は苛立ち紛れにこう呟いた。


「『収束』、『解放』そして……『死力』の聖術陣か」


 死力を意味する聖術陣の効果はそのままだ。

 限界を超えて、力を引き出す。

 それで死ぬような目に遭ってもお構いなくに、だ。


「外道め……子供の死すら厭わないのか」


 己らの願いのために死力を尽くして叶えて見せろ。

 まるでそのように施したようにしか見えない悪辣な聖術陣だ。事実、神官たちはそう思ってガントレットに施したのだろうが。


「ぐあああああああ!!!」


 膨大なマナがガントレットへと収束されていく。

 そして次に来るのは当然、解放の聖術陣だ。


「逃げて、あ、にきぃ……!!」

「逃げねぇよ。絶対に」

「は、はははは!! 馬鹿だ! そこに馬鹿がおるぞ!!」


 下手しなくともノルドごとノルドの後ろにある観客席すら巻き込む威力だ。先ず間違いなく大勢の人間が死ぬだろう。気付いているのか、気付いていないのか。いや、分かってても彼らは気にしないのだろう。


 さぁ逃げ惑い、情けない姿を見せろと神官の誰もが期待する。


 しかし。


「いいぜ撃ってみろよ」


 その期待を裏切るようにノルドは両手を広げて待ち構えたのだ。


「ど、どこまでも舐め腐りやがって!」

「勇者よ! その愚かな男に鉄槌を下すのです!!」

「く、うああああ……!!」


 ノルドは待ち構え、神官たちは急かす。

 この場で攻撃を抵抗するように抑えているのはただ一人、ライだけだ。


「い、いやだ……!! 兄貴を殺したくない!!」


 他ならぬ自分だからこそ分かる。

 この膨大なマナは確実にノルドの命を奪うのだと。

 それでもノルドは優しい表情でライを見つめていた。


「いいんだ少年。俺を信じろ」

「あ、兄貴……!」

「兄貴と慕われてんなら! 少年の気持ちを裏切るわけにはいかねぇからな!」

「う、ああああああああああ!!!!!!」


 その言葉を最後に、ライはノルドに向けて巨大なマナの紫電を放つ。放ってしまう。


「に、逃げろ!!」


 ノルドの後方の観客席にいた誰かがそう叫ぶ。

 だが今逃げても間に合わないだろう。ノルド諸共自分たちはあの紫電に巻き込まれて死ぬ。誰もがそう思う。


 だが一人。

 その紫電と相対している者一人だけがそう思わなかった。


「さぁ来いよ――」


 広げていた右手をゆっくりと背中へと回す。

 そこにあるのはこれまでの旅で駆け抜けてきた相棒にして、ノルドの想いを乗せてきた白銀の武器。


「――俺はお前らの想いも願いも否定して!! こんな理不尽をぶっ壊してやる!!」


 引き抜く。

 白銀のメイスの先端が空を指し、そして。


「うらあああッ!!」


 振り下ろす。


『あ――』


 時間が止まるような衝撃。

 メイスから放った光が、衝撃と共に紫電すら呑み込み、ライを呑み込み、その後ろの街並みすら一直線に吞み込んでいく。


「……あ、え」


 光が収まるとそこには尻もちをついて呆然とするライの姿。

 それ以外は、がなかった。

 吞み込まれた人も街も一切の変化がなく、ただ今まで通りの光景があった。


「は、はは! なんだあれは! ただのコケ落としではないか!」


 神官の誰もがノルドの放った一撃を気のせいだと断じる。


「さぁ勇者よ! 早くその男を殺すのです!」


 そして神官の一人が今までのようにライに命令する。

 それが、変化の始まりだった。


「……え?」

「? 何をしているのだ! 早く『殺せ』!!」

「あれ、おれは……?」


 命令を受けてもライは先程まで感じた強制力がないことに気付く。ライが自分の体を見渡していくと、流石の神官たちも何が起きているか察し始める。


「ば、馬鹿な……そんな筈は……!?」

「――所詮、お前らの想いも願いもその程度だってことだよ」

「ノ、ノルド……!! 貴様、いったい勇者に何をした!?」


 認めたくない。信じたくない。

 それでも、何も変わらないライの様子に誰もが顔を蒼褪める。


「これが現実だよ」

「そんな馬鹿なことがあるか!! ま、まさか先程の光で勇者の印に施した『従順』の聖術陣が消え去るなんてことが――」

「――これが現実なんだよ!!」

『!?』


 聞き分けのない神官たちにノルドが声を荒げる。

 もう終わりだと。こんな茶番はいらないというように叫ぶ。


「お前らの想いも願いも全部間違ってんだよ! 何が神託だ! 何が平和だ! 子供の意思を無視して何が正当な行いだ!!」


 事実、これまでの戦いで神官たちが勝つと心の底から信じていた勇者が手も足も出ずに圧倒された。挙句に果てに自分たちと勇者を繋ぐ鎖すら消えた。


 全て、そう全てノルドに否定されたのだ。


 だがそれを認められるはずがない。

 何故なら自分たちは、自分たちこそが神の代行者――。


「――お前らはただの犯罪者なんだよ!!」

「……あ」


 その一言によって、神官たちの表情が固まった。

 まるで心の奥底から何かを引っ張り出されたような感覚だった。


「気付いてないなら言ってやるよ。お前らの行いに正当な物なんてなくて、ただ子供を犠牲にしただけだ」


 その言葉にただ神の名の下にと自らの行いを正当化していた神官たちが力なく腰を落とした。


「そして気付いてる奴らぁ!!」

『ッ!?』


 ノルドの怒声に未だ立っていた神官の連中がビクッと体を震えさせる。そんな彼らにノルドは今までにないぐらいの激情を宿した静かな声で呟いた。


「お前ら覚悟しとけ」


 いったい何にとは聞き返せない。

 これから自分は今まで築き上げてきた物全てが消えるという確固とした未来を予感させ、その強欲な心に絶望という感情を宿らせたからだ。


 そんな時。


「……だったら、おれの存在も間違ってるってことだろ」


 神官たちの命令から体の自由を取り戻したライがそう呟く。


「……少年」

「間違った奴らから生まれたおれも、間違ってるんだよな」

「……そうかもな」

「っ! だったら――」

「それで自分を殺せって? 冗談じゃねえ」


 力強く否定したノルドにライが縮こまる。


「確かにあいつらの間違った願いのせいで本来なら必要ない苦しみを味わっただろう。望まない力を手に入れて、自分の意思すら奪われてさ」

「……」

「確かにその力は間違いから生まれたもんだ」


 でも。


「でもな。その力は間違いなく少年の力だ」

「!?」

「意思を持て少年。少年の意思で、その力を思うままに使え」


 その言葉に、ライは無意識に拳を握りしめる。


「使いたいように使え。救いたいものを救え。少年にはもうその意思がある筈だ」

「あ……」


 思い出すのは自分に笑いかけてきた少女の顔。


「さて、改めて少年の口から名前を聞こうじゃないか!」


 ノルドの言葉に、ライは無意識に下げていた顔を上げる。

 そう、今の自分は誰かに縛られる存在じゃない。


 もうライ・ラルクエルドでもない。


 自分の名前は――。


「――ライ。サトナ村のライ……!!」

「じゃあ、ライ」


 両者、構えて。


「その力の試運転と行こうか!!」

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