第46話 ノルドVS……

 まえがき


 本日二話目です。

 前話を読んでない方はそちらをご覧ください。


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『……』


 観客席に座る人々の顔に恐怖が宿っていた。

 昨日までならば我が国の勇者の活躍ということで盛り上がっていたのだが、もうそんな気分ではない。


 女教皇が起こした惨劇。

 それによって失った大切な人々と信仰心。

 それでもなお、神官に対する恐怖に逆らえず、彼らは渋々この会場にやってきたのだ。


『さぁ始まりました!』

『っ!』


 会場の中央から突如として響く司会者の声に、観客がビクッと身を震わせた。


『いったいどちらが勇者パーティーの戦士として相応しいのか! どちらが世界を救う名誉を享受出来るのか!? 戦士の枠を賭けた戦いが今、始まる!!』


 楽団が音楽を鳴らす。

 盛大なファンファーレが会場を包み込む。それによって恐怖によって固まっていた観客の心も、いくらか和らいだような気がした。


『これから戦士が決まる戦いであってこの会場には様々な国の重鎮がやって来ています! その中には勿論、この方たちもいますよぉ!!』


 司会者の言葉によって、豪華そうな観客席から一人立ち上がる。


『我らが勇者にして世界を救う救世主!! ノエル・アークラヴィンス様です!!』

「あ、あれが勇者様……?」

「男……いや女の人?」

「綺麗な人だ……」

「昨日、寝ずにずっと俺たちを助けてくれた人だ」


 初めてみる勇者の姿に観客は思い思いに抱いた印象を交わす。

 中性的な容姿ではあるが、雰囲気からして女性のイメージを抱く性別不詳の勇者。それが彼らのノエルに対して抱くイメージだ。


 ラックマーク王国では真逆の感想だ。

 中性的ではあるが男性というのが王国民が抱くノエルのイメージ。

 だがこれまでの旅でノエルは自身の本当の性別を受け入れ、初めて恋を抱いた。それによって抱く印象がこうして変わっていったのだ。


『そして勇者様がいるとなれば勿論っ!! この方もいます!』


 司会者がノエルの席からちょうど反対側の方へ手を向ける。


『全てを癒す我らが聖女! サラ・ラルクエルド様です!!』


 ラルクエルド教の神官たちが座る席に聖女がいるのは当然のことだった。

 サラは司会者の言葉と共に、ノエルに倣って席を立つ。


「あれが聖女様か……」

「あの人も昨日俺たちを助けてくれた人だ」

「でも……ラルクエルド姓だ」


 人々の中にはサラに対して感謝を述べる人もいれば、サラシエル女教皇と共通しているラルクエルド姓に怯える人もいた。


「……っ」


 サラはそんな人々の姿を見て、ギュッと杖を握り締める。

 自分に怯えている人々に悲しんだ訳じゃない。

 自分のせいで人々を怯えさせてしまった事を申し訳なく思っていたのだ。


 それでもやれることはやった。

 だからサラは、もう二度とあんな事が起きないよう心の中で誓う。


『特別ゲストの紹介が終わり、ついに選手の紹介へと移ります!!』


 楽団が音楽を奏でる。

 だが、これまでよりかなり地味な音楽だ。


『それでは東コーナー!! 聖女に言い寄る不届き者! 今大会での無様な姿が待ち遠しい! 神託を邪魔するラルクエルド教の神敵、ノルドォ!!』


 全体的に扱いがかなり不公平過ぎる。

 そのあまりな紹介に良識がある人々が顔を顰めた。


 ノルドという人物の詳細は神官が発行した新聞に書かれているため、誰もが把握していた。だがその新聞の内容も神官や女教皇の行いによって信憑性が著しく低くなっている現状、あの新聞の内容を鵜呑みしていいかは分からなくなっていた。


 そうして酷い紹介を受けてなお舞台に上がって来た人物を見た人々は――。


「……あの人が、ノルドなのか」


 筋骨隆々に、人懐こっそうな顔立ち。

 白銀のメイスを背負うその姿を、人々は知っていた。


「一昨日も、昨日もうちの店で食べてくれた人だ」

「悪徳神官を倒したのもあの人だよな?」

「やっぱり、神官の言うことは信用ならねぇ……!」


 名前は知らなくとも、ノルドの人となりは知っていた。

 それはこの国において悪名高いノルドであると知っても、誰もノルドを悪人であると疑わないほどだった。……少なくとも、観客だけは。


「死ねー!!」

「この罰当たりが!!」

「勇者様の婚約者を狙おうだなんて世界を破滅させるつもりかー!!」


 神官席に座る神官共が悪し様にノルドを罵っていく。

 聖女や心ある一部神官が彼らを止めようにも、罵声は鳴り止まない。


 それでもノルドは動じなかった。

 ただこれから戦う相手を見据えるためにジッと待っているだけ。


『それでは主役の登場です!! 西コーナー!! 我が国が誇る親愛なる勇者!! 世界を救い、世界に平和を齎すもう一人の勇者!! 刮目して見よ! 偉大なる女神ラルクエルドが齎した奇跡を!! 勇者ライ・ラルクエルドォォォォォ!!!』


 ノルドの時とは打って変わって豪華な音楽を奏でる楽団。

 ノルドを罵倒していた神官たちの歓声と共に西コーナーからやって来たのは、思い詰めた表情をしていたライ……この二日間ノルドと共にいた少年だった。


「……やっぱり、少年だったか」

「……兄貴が、ノルドなんだ」


 ここで初めて互いの素性が分かったというのに、二人の表情に驚きはなかった。


「薄々、分かってた……あんなに強い兄貴がどうしてこの国に来たのか」


 内心気付いていながらも、ノルドが自分の戦う相手である事実から目を背けたくて気付かないフリをして来たのだ。


 だがそれも、もう終わりだ。

 事実は事実。ずっと目を背けるにも限界があった。

 そして何よりも、心が折れていた。


「兄貴……もう駄目だ。駄目なんだ……生きていくことが」

「……少年?」

「全部奪われて何も残ってない……力も意思も全部おれの物じゃないんだ」


 絶望が、ライの心を握っていた。


「大切な人を守れないおれは……もう生きていたくない」

「っ!」


 ノルドが何かを言おうとした瞬間、司会者が『試合開始!』と叫ぶ。

 もう試合は始まった。事態はもう止まらない。


「おれを倒して、世界を救ってよ兄貴」

「少年……!」

「おれは……いては駄目な人間なんだ」


 そんなことはない、そう言おうとした瞬間、神官席から声が来た。


「何をやっているんだ勇者!! さっさとその男を殺せ!!」

「そうだ! 殺せ! 我らの敵を殺せ!!」

「戦え! 殺せ!」


 一向に戦おうとしないライに痺れを切らしたのか、神官たちが声を荒げる。そんな彼らを見て、ライはノルドに懇願した。


「お願いだ兄貴! 早くおれを殺してくれ!」

「戦いから逃げるな勇者!! 貴様はその男を殺し、世界を平和に導く役目があるのだぞ!」

「嫌だ!! おれはもう終わりにしたい!!」


 神官たちの命令にライは拒否をする。

 この力も、この立場も、この宿命も全て神官の都合で用意された物だ。

 もうお前らの都合通りに動きたくない。そう願って顔を顰めるノルドを見る。もうこの呪縛から解き放ってくれと、あいつらの計画を壊せと願う。


 ――だがその前に。


「ええい戦わないのなら貴様の意思なぞ知らん!!」

「!?」


 神官の一人が発したその言葉にライが目を見開く。


「『戦え!!』」

「っぐ、や、やめ……!」

「どうした少年!?」


 突如として胸を抑えて苦しむライにノルドが駆け寄ろうとする。だがライがノルドに向ける眼差しを見た瞬間、ノルドは思わず立ち止まった。


「『戦え!』」

「『戦え!』」


『戦え!』『戦え!』『戦え!』。

『戦え!』『戦え!』『戦え!』。


 神官たちがライに向けて命令を下す。

 ノルドに対する殺意が、徐々に膨れ上がっていく。


「意思も全部……なるほど、そういうことか……!!」

「あああああああああああ!!!」


 ライに宿るマナが膨れ上がる。

 いや、周囲のマナを吸収して増大していく。


「『炉……心……起、動』!!」

「……これが人工勇者の力」


 吸収したマナがライの身体能力を強化していく。その際に漏れ出たマナが放電に似た現象を起こし、まるでライの体を雷を纏っているように見せていく。


「おぉ! これぞ勇者の力! さぁ皆に見せよ! 勇者の力とやらを!!」

「あ、あああああ!!!」


 紫電が迸る。

 ライの体が消え、ノルドの周囲を紫電が流れていく。


『ノルド!!』


 ノエルとサラの声が聞こえる。ライの姿は最早サラのマナ感知すら置き去りにして、その速さはノエルの動体視力を超えていたからだ。


 誰も捉えることが出来ない雷。

 見えるのはライが移動した後に残る紫電のみ。


 ――それでも。


「……あぁ大丈夫だ」


 その言葉はいったい誰に向けた物なのか。

 ノエルか。それともサラか。


 いや。


「あああああああ!!!!」


 ついにライの紫電を纏った必殺の拳が襲い掛かる。

 ノルドの死角に向けて音速を超えた速度で突撃する。

 それは人間でも、魔獣でも、それどころか穿壊魔竜すら穿つ一撃。


 その一撃を。




 ――片手で受け止めた。




 雷と衝撃が会場中に広がる。

 それでもなおノルドに傷は無く、ライの一撃を手のひらで受け止めていた。微動だにせず、まるで子供のパンチを大人が笑って受け止めるような感じで。


「……え?」


 会場を沈黙が包み込む中、誰かが声を漏れ出す。だが声はたったそれだけで、それ以降は誰も声を発することが出来なかった。


 そんな誰もが混乱する中、ノルドの声だけが会場に響く。


「大丈夫だ」


 静かで、それでいてスッと耳に入る穏やかな声。


「今日は俺は俺を証明しに来た。女神だとか運命だとか、そんな物関係なしにサラを幸せにすると。世界を救ってやると。それをお前らに見せてやる」


 声に、熱が徐々に入っていく。


「こんなふざけた世界も全て変えてやる……!! 勇者でもないこの俺がぁ!! 全てぶん殴って安心させてやらぁ!!」


 ――だから。


「全力で掛かってこい少年!! あいつらが戦えって願うなら! 俺はその願いも意思も全て否定して! あいつらが間違っていることを証明してやる!!」

「あ、あああああ!!」

「俺は――




 ――不可能を可能にする男だぁ!!」

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