第45話 それぞれの戦い

「ついに来ましたわね」


 迎賓として招かれた観客席にて、ヨルアがそう呟く。

 周囲を見れば誰もが知る各国の重鎮が並んでおり、彼らは皆人工勇者計画のお披露目のために招かれた人たちだ。


「この試合で人工勇者が勝てばその有用性を示せて、人工勇者の力欲しさに各国から技術の提供を求められるでしょうね……」


 そう、人工勇者そのものではなく人工勇者を作る技術だ。勇者と言ってもその実態は改造兵士。武力を欲する国ほど人工勇者の技術は垂涎物だろう。

 対するラルクエルド教国側は、技術を提供する代わりに信者の獲得や金銭を得られるだろう。人々を支える宗教の癖して、やってることは闇商人そのものだ。


「でも、姉様がただ傍観するわけないでしょ?」

「当然ですわ、ノエル」


 隣にいたノエルの言葉に、ヨルアがニヤリと口角を上げた。

 そう、彼らの中にはヨルアの協力者がいるのだ。本当ならここには技術を欲する者ばかりしかいないのだが、ヨルアが事前に一部の者を排除し、彼女の協力者をねじ込んでいたのだ。

 いずれも良識のある各国の重鎮。事前に人工勇者の闇を知らされており、彼らはその計画の反対派になっている。


「反対派がいると分かれば、人工勇者の技術を躊躇する人間が出てきますわ」

「そしてこの試合でノルドが勝てば……」

「人工勇者の有用性を示せなくなり、教国側の目論見も一旦はおじゃんになりますわね」


 しかし一旦、という点が実に憎らしい。

 ラックマーク王国で実験が中止になっても本国で実験を続ける彼らだ。きっとこのお披露目計画が潰えても、水面下で他の計画を進める可能性があっても不思議ではない。


「ですがそこからは私の仕事ですわ。ノエルたちには魔王を倒すのに集中しませんと」


 ヨルアの言葉にノエルは笑みを浮かべる。

 お互いそうやって微笑んでいれば、何を思ったのかヨルアは表情を伏せて心配そうな声音でノエルに聞いた。


「……本当に、ノエルはここで良いのですか?」


 ここ、というのは各国の重鎮が座る観客席だろう。

 そんな彼女の言葉にノエルはただ微笑む。


「大丈夫だよ。僕はそのためにここにいるんだから」


 ここには各国の重鎮がやってくる。

 当然ここにはラックマーク王国の重鎮も来るわけで――。


「――ノエル……それに貴様、ヨルアもいたか」


 後ろから、尊大で不愉快な声が響く。

 そこにいたのは、二人にとって因縁の相手。

 二人の実の父、ジークゼッタ・アークラヴィンス公爵がいた。


「奇遇ですねお父様」

「……」

「ふん」


 ジークゼッタがノエルの隣に座る。

 ノエルはただ微笑み、ヨルアは不快そうな顔を隠さずにジークゼッタを見る。そんなヨルアに、ジークゼッタも眉間にシワを寄せて睨み返す。


「てっきりとっくの昔にくたばったと思ったが……とんだ生命力ではないか」


 実の娘に対する言葉ではない。

 だがそんな父の言葉にヨルアは不敵な笑みを浮かべる。


「あら発言に気をつけては如何でしょうか公爵閣下。これでも私は一国の主……貴国に対して抗議をしてもよろしくってよ?」

「……何を馬鹿な」

「本当かどうかは……藪を突いたら分かりますわよ?」

「……っ」


 その結果蛇が出れば困るのはジークゼッタ側だ。

 追放したとはいえ彼女の才覚については父であるジークゼッタも理解していた。だからこそ自信満々に微笑む彼女の言葉に信憑性が生まれる。


 そう、血は繋がっていても立場では既にヨルアの方が上なのだ。

 苦々しく顔を歪ませるジークゼッタに畳み掛けるように、ノエルが微笑んで嗜めるような声音で呟いた。


「お父様も無闇矢鱈と喧嘩を吹っかけては駄目ですよ? 相手がいつも自分の知っている相手だと思わないでください。それが例え姉上であっても……そして僕でも」

「……なんだと?」


 意味深に呟くノエルの言葉にジークゼッタが顔を顰める。


「お父様は何しにここへ?」


 それでもノエルの表情は変わらず、ジークゼッタにはそれが不気味に見えた。


「……教国から勇者のお披露目に関する招待が来たのだ」


 ラックマーク王国はラルクエルド教発祥の地にして勇者と聖女誕生の地でもある。歴史から見ても勇者や聖女が生まれる確率が高く、魔王討伐における中心国家と言えよう。

 それが一大宗教の総本山であるラルクエルド教国であっても、他国が既存の勇者とは別の新しい勇者をお披露目するとあっては、王国が気にしない訳にはいかないのだ。


 だがジークゼッタが気にしているのはそこじゃない。

 彼が気にしてる原因は隣に座るだ。


「貴様が勇者としての務めを果たしていないせいでこうなったのだ……!」

「勇者の務めですか」

「そうだ! 勇者としての威光を周囲に示し! 我がアークラヴィンス公爵家に栄光を齎す! それが我が一族の悲願! 勇者の血を引き継いだ者の定め! それなのに貴様はいったいこれまで何をやってきた!?」


 そう言われてもノエルには心当たりがない。

 旅をして、人を助け、魔人をも倒した。

 十分勇者としての役目を果たしている筈だ。


 そう思っているノエルに、ジークゼッタが唾を飛ばす勢いで責める。


「いつも聞こえてくるのは戦士の話ばかりだ! 神官共から聖女を繋ぎ留めていない堕落した勇者と言われ、使えないと言わんばかりに新しい勇者を用意してくる始末! 貴様、勇者の血を引く我が公爵家に泥を塗るつもりか!?」


 父の言い分にノエルはなるほどと頷いた。

 そして同時に、彼の言葉のあまりの滑稽さについ笑みが溢れてしまう。


「な、何がおかしい!?」

「はは……いえ、随分と勇者の役目を曲解してると思って」

「……何?」

「勇者とは勇気ある者と僕は思っています」


 世界を救う勇気。

 人を助ける勇気。

 数えきれない様々な勇気を持って立ち向かう人。

 それこそが勇者だと、ノエルは言う。


「その持論から考えると僕は十分に勇者をやっていると考えているし、僕よりも勇敢なあの戦士だって勇者と言えます」

「何が、言いたい?」

「他人の評価を気にするのは勇者として失格だなって」

「なんだと!?」


 ノエルの言葉に思わず椅子から立ち上がるジークゼッタ。

 そう、この言葉は彼にとって看過できない言葉の筈だ。一族の悲願として聞かされ、幼少の頃から勇者として訓練しても届かなかった彼にとっては。

 勇者という称号に莫大な価値を付けている彼にとっては、無視できない言葉だ。


 それなのにノエルはその価値観を否定した。


「勇者だって、勿論聖女だってそう。彼らは自分の意思で立ち向かうから勇者と呼ばれた。それなのに他人の意思が入った勇者は果たして本当に勇者なのか」

「貴様……」

「自分の理想を押し付けても理想の勇者にはならないし、なれませんよお父様」


 その瞳に強い意志を宿し、真っ向からジークゼッタを見返すノエル。

 そこには最早、彼が望んだ息子はいなかった。




 ◇




「ここが、目的地な訳ね」

「ワシの予想が正しければな」

「それでは御二方……御武運を」


 ヴィエラとノンナから離れる護衛の人たち。

 何せ、これからの戦いを考えれば勇者パーティー以外の人員は足手纏いだからだ。


「……ここにヴィエナが」


 彼女たちがいるのはこの国が経営する施設……ラルクエルド孤児院。


「……気分が悪くなってくるのう」


 あの後、人工勇者計画に使われる地下施設や女教皇が寝泊りする寝室に行ってもサラシエル女教皇はいなかった。その時点で心当たりは潰えたのだが、そこでノンナが待ったをかけた。


「実験に使われる子供はどこから持ってきたのか。使われた子供はどこにいるのか……それを考えれば自ずと場所も絞り込めた……絞り込めたが」


 絞り込んだ先が最悪と言っていい場所だった。


「……」


 何せライの時点で既に二百四十八号……つまり最低二百四十八人もの子供が犠牲になっていると資料から推測できるのだ。

 それに資料によれば全てが全て、実験に失敗した訳じゃない。

 ヴィエナという成功例を参考にすれば人工勇者が生まれる確率が遥かに上昇する。ならばライよりも前、もしくは後に成功した人工勇者がいても不思議ではない。


「行くわよ」

「うむ……」


 ならば成功した彼らはどこに行ったのか。

 どうしてライだけが人工勇者として表に出れるようになったのか。


 答えはこの場所にあった。


「……これは」


 奥へ辿り着いた先の光景を見て、ノンナが唖然とした。


「……サラシエル」

「あら? ついにここまで辿り着きましたか」


 広い地下空間のその奥にサラシエルがいた。

 傍らには台座に置かれて仰向けで眠っているヴィエナ。


 そして。


 彼女たちを守るように立ちはだかる無数の子供たち。


「……この子供たち全員が」

「そうですよ。この子たちは勇者としての力を持った子ら……ですが」


 そう言って、サラシエルは残念そうに子供たちを見渡す。


「ライくんやこの子ヴィエナ程の出力を望めなかった失敗作です」

「……貴女、ろくな死に方をしないわよ」

「あら、どうしてですか?」

「……はぁ」


 キョトンと首を傾げるサラシエルに、ヴィエラたちはため息を吐きながら武器を構える。

 やはり自分の行いの全てが女神の意思だと、女神のためだと思い込んでいる相手に言葉は通じなかった。


「此奴……本当にタチが悪いのう」


 ノンナの言葉に同意しながら、ヴィエラはその瞳に殺気を込めた。


「これからろくでもない死に方をする相手に色々言うの疲れたわ」





 ----------------------------

 あとがき


 今日は二話同時更新です。

 二話目は20:00に更新します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る