第44話 ノルド、証明する

「――……以上のことが中央広場で起こった出来事ですわ」


 絶望とも言えるヨルアの報告にノルドは声も出なかった。

 いや、それ以上に。


「……………………は?」


 ヴィエラは、彼女の報告が頭に入らなかった。

 苦しそうに胸を抑えて、ただ呆けたまま突っ立っていた。

 

「ヴィエナが生きて……拐われた? いったい、何を言って……」


 まるで世界が回っているかのように、視界が定まらない。

 だってそうだろう。妹であるヴィエナはこの手で殺した。彼女を貫いた感触をヴィエラはまだ覚えており、冷たくなった彼女の体を抱き締めた記憶もある。

 その悪夢が今なおヴィエラの頭から離れない。お前の罪であると常に主張してきて、罪悪感によって何度己の頭を潰そうと思ったか。


 年を経てようやく己の罪を受け入れるようになった。

 怒りも心の中に仕舞えるようになった。

 確かにその過去は悪夢ではある。しかしヴィエラはそれを抱えて生きる覚悟を持てるようになったのだ。


 その筈なのに。


 妹が生きていて、また奪われようとしている。

 いったいこれは、なんの冗談だ。


「……御! 姉御!!」

「ノル、ド……?」

「呆けてる場合じゃないだろ!? 今すぐみんなの無事とあとヴィエナの救出も! えーっとどっちから手を付ければいいんだ!?」

「先ずはあなたが落ち着いてくださいませ」


 焦りを見せながらも己のやるべき事を考えるノルドにヴィエラも心なしか冷静になれたような気がした。そんなノルドに内心礼を言って、ヴィエラは目の前の女性に質問をする。


「……街の様子はどうなってるの?」

「中央広場を中心に被害が広がっていますわ。建物は大地と一体化し、大地に飲み込まれた人々は探知聖術を使っても反応なし……恐らくは飲み込まれた時点で、既に」


 遺体探知をしてもその遺体すらマナに還って存在しない有様らしい。


「そんな嘘だろ……!」

「現在はノエルたちが錯乱した人々を落ち着かせるように動いていますわ」

「そうかノエルたちが……それじゃあ神官たちは? それとその惨状を生み出した奴は今どうしてるんだ?」

「神官も救助活動を行なっていますが……一部は静観しているだけで何もしておりませんわ」


 それどころか女教皇の力を褒める神官もいる始末。

 とことんこの国の神官は腐っているようだ。


「そしてヴィエナ様を連れ去ったサラシエルは未だ行方知れず……私が持っている組織を使って全力で彼女たちの行方を探しておりますわ」

「……そう」

「姉御?」


 ヴィエラが静かに返事をする。

 これで知りたいことは分かった。だがここからどう行動すればいいかは分からない。近衛騎士団長だった自分が、まるで見習い兵士のように行動を決められないのだ。


(どうして、私は……?)


 本音で言えば妹を助けに行きたい。

 だがヴィエラはそれを躊躇していた。


(あの子が生きているのよ?)


 本当なら喜ぶべき事態だ。

 死んでいた妹の生存に、姉である自分が喜ぶべきなのだ。

 そう考えて、違和感を抱く。


(……違う)


 妹は死んだんじゃない。自分の手で殺したのだ。

 家族のように接していた子供たちと妹を守れずにこの手に掛けたのだ。


 果たして自分に妹を救う資格なんてあるのか?

 妹の生存を喜ぶ権利なんて自分にあるのか?


 ひょっとしたらヴィエナは自分を殺したヴィエラのことを恨んでいるのはないのかと、その考えが頭から離れない。そのせいで妹と会うのが怖くなり、その一方でまた奪われたらどうしようという気持ちがヴィエラの心を支配する。


 いや、もしかしたら。

 もしかしたら、そう……妹が生きていること事態、嘘なのでは?

 突然ヴィエナの生存を語られても、タチの悪い冗談にしか聞こえないのだ。彼らがグルになって自分を騙そうとしているのかも知れない。


 いったい、自分はどれだけの時間を掛けて妹を殺した事実を……妹が死んだ事実を受け入れられるようになったのだ。彼らの言葉はそれらの時間を無駄にするようなものだ。


(私、私は……)


 思考が、現実逃避をし始める。

 妹と会いたくない理由を探し始める。


 その時。


「姉御!!」

「っ!?」


 ノルドがヴィエラの肩を掴んで真っ直ぐと彼女の目を見つめた。


「助けに行くんだよな……!? ヴィエナのことを、姉御の妹を! 助けに行くんだよな!?」

「……っ!?」


 ノルドの言葉が、事実から目を逸らそうとしているヴィエラの心を貫いた。


「だったら迷ってんじゃねぇ!! あの子は姉御に会いたいからここに来た! アンタに謝りたいから会いたいって言ってたんだよ!!」

「謝る、って……」

「あの時は分からなかったけど姉御の話を聞いて分かった! あの子は自分が妹分たちを殺したことと、姉に自分を殺させたことを謝りたかったんだ!」


 信じられなかった。

 本当なら謝るのは自分の方だとヴィエラは思った。だって彼女らを守れなかったのは自分のせいだと、ヴィエラはずっと自分を責めていたのだ。

 妹がこんな役立たずを憎んでも当然だと思っていた。そんな妹から憎悪の眼差しを向けられるのが怖かったから、躊躇してたのに。


「姉御だって言いたいことがある筈だろ!? お互い言いたいことがあるのにこのまま終わりになってもいいのかよ!?」

「……それは」

「俺の知ってる姉御は! ヴィエラ・パッツェは! どんな相手でも! それが例え魔王でも!  運命でも! 必ず守るって豪語する女なんだよ!!」


 その言葉にヴィエラは目を見開く。

 

「今の姉御ならヴィエナを守れる! 救ってやれる! だから迷うな……! 迷わないでくれ……!! 今度こそ、守りたいものを守りに行けよ!」

「……あ」


 ノルドの言葉にヴィエラは頭を殴られたような気分だった。

 そうだ。自分はいったい何を考えていた。合わせる顔がないと、こちらを見る妹の顔が怖いと思って躊躇していたのか。


 そんなものは自分ではない。

 己が理想とするヴィエラ・パッツェではない。


 自分の妹すら救えないなんて、世界一の盾とは笑わせる。

 そんな体たらくでは魔王と戦っても味方すら守れないだろう。


「……目が覚めたわ」


 悩みなんてものは救ってからでいい。守ってからでいい。


「今度こそあの子を守ってみせる……!」

「姉御……!」


 だからこのチャンスを、もう二度と手放したくない。


「……それではヴィエラ様は私たちと共にヴィエナ様の救出に向かいますわね」

「えぇ!」


 ヨルアの提案にヴィエラが同意する。そんな彼女の様子を見たノルドはホッと安堵をするものの、ノルドはヴィエラに向かって頭を下げた。


「ノルド?」

「姉御すまん……ヴィエナのこと、本当は知ってたんだ。ここに来る途中でヴィエナたちと出会って、そこから姉御の妹だって分かった。でも」

「いいのよ」

「姉御?」

「先に言っても私はきっと信じなかったし、もしかしたら怒ってたのかも知れないわ。タチの悪い冗談はやめて、ってね」


 なんだったら、神官と共にいて気が立っていた時に言われたら拳が飛び出ていたかも知れないとヴィエラは茶化して言う。


「だからこれで良かったのよ。こんな絶好のタイミングで言われたから私は覚悟を持てた」


 ――そう、私はもう大丈夫。


「いたっ」

「だからノルド」


 ノルドの額にデコピンが炸裂する。

 痛がるノルドにヴィエラは挑発するように微笑んで、ノルドに指を差す。


「明日ちゃんと勝ちなさいよ? 私に最高の仕返しを用意してくれるんでしょ?」

「……あぁ!」


 もう誰にも奪わせはしない。

 そんな覚悟をして、彼らは立ち上がった。




 ◇




「おいおい街中がとんでもないことになってるのう」

「……師匠!?」


 翌日の朝。


 人々の混乱が冷めやらない中、ついに試合の時がやってきた。

 ノルドは自身の控え室で武器と防具の調子を確認していたところ、古代都市で別れた老エルフの自称師匠……ナナリア・ノーン・ノイナと出会う。


「言ったじゃろ? 古代都市の手伝いが終わったらこっちに来ると」

「まぁ確かにそう言ってたけど……」


 この旅ですっかり師匠の存在を忘れていたノルドであった。


「しっかしお主……見ない内にとんでもない成長をしたのう」

「……そうかな」

「あぁわしの言葉を信じろ」

「いや信じらんねぇけど」


 ダンディリスムラの件で酷い目に遭ったため、そう簡単に師匠の言葉を信じることが出来ないでいるノルドだった。


「なんじゃい年寄りに厳しいのう……およよ」

「俺でもそれが絶対嘘泣きだって分かるぞ」

「かーっ見ない内に純粋さが消えて悲しいのう!」


 師匠の言葉にノルドはため息を吐く。

 そしてノルドは真剣な目を浮かべて呟いた。


「……もう純粋ではいられないんだよ」

「……ふむ」

「この旅で、俺は色んな人たちと出会った。色んな光景を見てきた。世の中綺麗なもんがあればゲロが出るほど酷いものがあった」


 白銀のメイスを背負い、腰のベルトを強く締める。


「そんな世界で頑張ってる奴らのために、俺は戦うって決めたんだ」

「サラとかいう娘のことはもういいのか?」

「んなわけねぇだろ?」


 ニカっと笑い、ノルドが宣言する。


「今まではサラのために世界を救うって言ってたけど――」


 それだけじゃ幸せになれない。

 幸せになるにはこうするしかない。


「――世界を救って、サラと結ばれた方が全員幸せだろ」


 その姿に、師匠は笑みを浮かべた。


「……はっ! それでこそわしの弟子じゃ」

「……いや弟子じゃねーけど」

「行ってこい小僧。今この場所には世界各国の重鎮が集まっておる。誰もがもう一人の勇者を目当てに見にきておるのじゃ。そんな場所でお主は――」


 ――己を証明して来い。


 そう、師匠が言った。

 その言葉に、ノルドはガツンと両拳を打ち付けて。


「……あぁ!!」


 高らかに己を鼓舞したのだった。

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