第43話 マナライン接続者

「待って」

「っ!? ヴィエナ!?」


 飛び出そうとしたライをヴィエナが制する。


「大体分かるけど、抑えて」

「でも、あいつは……!!」


 サラシエルの放つ狂気を見て、ライは思い出したのだ。サラシエルこそがライを故郷から連れ出した張本人にして、自身の家族を殺した敵であると。

 だから今もライはサラシエルを殺したくて堪らない。今すぐにでも真っ直ぐ懐へ入り、彼女の命を握り潰したい。


 しかしヴィエナはサラシエルを睨み付けながら冷静にライを諭した。


「迂闊に動いちゃ駄目なんだよ……」

「……あ」


 ヴィエナが周囲を見る。

 そこライは彼女の言いたい事を理解した。


「……人質か……っ!」


 ライの周囲には胸を抑えて苦しむ人々がいたのだ。


「あの人の言う事が本当なら、みんなは人をマナに還らせる技を加減された状態で受けてるんだよ……もし私たちが下手に動けばみんなの命が危ない……!」


 みんなと違い、ライとヴィエナがサラシエルの技を受けても未だに動いていられるのは、人工勇者にされる過程で受けた痛みとマナに対する耐性を持っているに過ぎない。

 だがその二人以外は違うのだ。

 普通はナレアや護衛の人たちのように、過剰なマナの注入によって耐え切れないほどの苦しみを味わい、動くことすらままならない。最早彼らの命はサラシエルの匙加減一つで変わる風前の灯火なのだ。


「そうですよライくん」

「何を……!!」

「あなた方は勇者……神の敵だろうとその者たちを見殺しにしない筈でしょう?」


 白々しく言い放つ彼女に、ライは怒りで拳を握り締めた。


「何が勇者だ……そんな物、誰がなりたいって言った!?」


 ただ普通に過ごしていた。

 豪快に笑う父と、小煩くも温もりを感じた母と一緒に過ごしていただけだ。それなのに何故、いったいどういう理由で壊されなければならない。


「そんなの――」


 サラシエルが答える。

 何を当たり前な事だと、どこかおかしいのだろうと顔をキョトンとさせて――。


「――天命に決まってるじゃないですか」


 反吐が出るような、醜い言葉を発した。


「――っ」


 怒りが、振り切れた。


「っ、ライ!!」

「うああああああ!!!」


 ヴィエナの制止を聞かずに聖術強化を発動して飛び出すライ。膨大なマナを用いている事を証明するように体中から雷のように可視化されるマナが大量に飛び出す。


「やれやれ――」


 まるで聞き分けのない子供を見るようにサラシエルが首を振る。そして彼女の持つ杖が怪しく輝き、苦しみが我慢出来るラインを超える……その瞬間。


「『汝らに風の浮船をイラエスト・カラエ・スカエラ』」


 ライたちがいる周辺の人々が地面から浮いたのだ。それだけじゃない。それによって人々はまるで苦しみから解放されたかのように息をし始めた。


「これは」

「確かにマナライン接続者は強敵ですぅ……が」


 上空から声が聞こえる。

 そこには。


「それは双方地面に触れていればの話ですよねぇ?」


 侍従服を身に纏った女性……シャロンが空中に浮いていた。

 そう、マナライン接続者には世界の下を通るマナラインと接続する関係上、地面に触れていなければならない。そしてマナラインを通じて対象に影響を及ぼすのにも、対象が地面に接触しなければ力は届かないのだ。


「はああああ!!」


 ライが怒りのままにサラシエルへと向かっていく。


「っ、まだ甘いですよ?」


 サラシエルは自身に聖術強化をする。

 その瞬間、彼女の反応速度が上昇しライの姿を捉えた。

 だがその行動を見逃すシャロンではない。


「『汝に風の足場をイラ・カラエ・グラン』!」

「!? 消え、違う!」


 シャロンが聖術を発動したと同時にライの体が突然サラシエルの前から掻き消えたのだ。彼女は一瞬呆けるも、バッと上へと顔を向ける。


「上ですか!」


 シャロンが発動した聖術は空中にいたライの足に風の足場を作成する聖術だ。これによってライは風の足場を利用して彼女の頭上を飛び越えた。


「更にもういっちょ『汝に風の足場をイラ・カラエ・グラン』!」


 再び空中に風の足場が形成される。

 ライはその足場を蹴って真下にいるサラシエルへと襲い掛かる。


「更に足場を追加して加速を……!」

「マナライン接続者の持つ欠点の一つは、接続した瞬間地面から一歩も動けないことですぅ!」


 完全に彼女の反応速度を超えた動きだ。

 そこから守りのための聖術を詠唱しても間に合わない。

 マナラインとの接続を解除し、回避するために一歩でも動いた瞬間護衛全員による無数の聖術が彼女を襲うだろう。


 完全に獲った、そう思った瞬間。


「――『己の土よ動けマナ・グラエ・ムーバ』」


 まるでスライドするように、不動のままサラシエルのいる位置が動いたのだ。


「なっ!?」


 ライが驚愕をすると同時に、サラシエルの命を奪う筈だった攻撃が地面へと激突する。


「く、この……!」

「『止まってください』」

「な!?」


 追撃しに行くライに向かってサラシエルが一言呟く。

 その瞬間、ライの意思とは無関係に動きが完全に止まったのだ。


「聖術じゃないのになんで!?」

「もう終わりにしましょうか」


 混乱するライに、サラシエルがやれやれと言った感じで首を振る。


「ライくんの印には『服従』の聖術陣が施されているんですよ」

「な、何を……」

「私どころか、権限のある神官の言葉ならライくんの行動を自由に動かせるんです」


 サラシエルの言葉にライは絶望を抱いた。

 恐怖によって従順にさせられ、今度は印によって行動の自由すら奪われるその事実に、ライは悔し涙を浮かべる。


「お前らは……いったいどれだけおれから奪えば気が済むんだ……!!」

「あぁよしよし泣かないでください! 大丈夫私がいますよ? ほら『抱き締めてください』」

「ぐ、や、めろ……!」


 抵抗するライだがそれでもサラシエルの言葉に抗えず、彼女を抱き締める。ライを自身の胸に埋めながら彼女は、まるで慰めるようにライの頭を撫でた。


「大丈夫……ライくんの苦しみは神託通りに物事が進み、世界が平和になるまでですよ」

「ふざ、けるなぁ……!!!」

「ライから離れて!!」


 ヴィエナが激昂するように叫ぶ。

 だがサラシエルは勝ち誇るように笑みを浮かべてヴィエナを見た。


「最初からライくんの行動を縛り付ける事が出来ましたが、敢えて戦ったのは私の力を見せ付けるためでした」

「くっ……!」

「貴女が最初から私に着いて来て下されば済んだことなんですよ? この事態を引き起こしたのは……悪いのは貴女なんです」


 ――それでもまだ抵抗を続けるつもりなら。


「やめろ……!」

「いいえ、やめません」


 ライの言葉を彼女が却下する。

 そして。


「『神なる大地の災罰をサラ・グラエスト・アー・マギカ』」


 大地が隆起し、まるで津波のように彼らに襲い掛かる。

 建物すら大地と化しながら、地表の全てが厄災として顕現する。


「に、逃げてくださいぃ!!」


 猛烈な危機感を抱いたシャロンが人々に逃げるよう叫ぶ。

 シャロンが出した風の足場を使いながらサラシエルから逃げようとするも、大地に呑まれて消えて行く。しかもそれだけじゃない。


「あ、あ!? なんだ!? 体が、消えていく!?」


 間一髪大地から逃れたとしても、僅かに触れただけで体がマナへと還る。


「これは……まさかあの技か!?」


 そう、これも大地の一部。

 つまりサラシエルが使う『聖術・教導王の円環』の対象となるのだ。


『うわあああああ!!』

『め、女神様ああああああ!!』

『なんで、どうして俺たちまで!?』


 ヴィエナを守りにきた護衛どころか街の人々すら被害が及んでいた。


「やめろ、やめろおおおお!!!」

「あぁなんて悲しいことでしょう……! ですがこれも試練ということですね!」


 ライが必死に抵抗しようとしてもサラシエルを抱き締める体は一切の変化がない。


「……っ」

「ヴィエナちゃん!!」

「ナレアお姉ちゃん……!」


 このままでは全滅だ。

 いやもう、こんなに被害を出された時点で手遅れだ。


 手遅れだが――。


「――待って」

「おや?」

「ヴィ、エナ……?」


 これ以上人が死ぬところを見たくない。

 そう考えたヴィエナは、諦めた。


 その瞬間、まるで待っていたかのように大地の動きが止まる。


「分かったよ……貴女のところに行く」

「待って……待ってよ!!」


 ヴィエナの言葉にライが抵抗しようとする。

 だが彼の言葉とは裏腹に、事態が進んでいく。


「あぁ良かった……! これでもう誰も傷付くことはありません!」

「よく言うよ……」

「ヴィエナちゃん……」

「ごめんねナレアお姉ちゃん……私の勝手な行動でこんなことになっちゃった」

「違う……違う! 悪いのはあの人じゃない! あの人が来なければこんな事態にならなくて済んだ! 本当なら今でも貴女はあの子と一緒に……!!」

「……ごめんね」


 ナレアの言葉にヴィエナは困ったように笑みを浮かべるだけ。

 そして彼女は、静かにサラシエルの方へと近付いた。


「街を解放して……ライを、離してあげて」

「……いいでしょう。ですが貴女を連れていく間、ライくんには動かないよう命令します」

「あっ……!?」


 ようやく体の自由を取り戻したライ。

 だがその直後に、サラシエルによって体が硬直してしまう。


「待ってよヴィエナ! そいつと行ったらどうなるのか分かってるでしょ!?」

「それでも、これしかみんなを助ける方法がないの」


 覚悟をしたからなのか、最早誰の言葉でさえヴィエナは聞き入れてくれない。それが例え彼女を拾ったナレアでも、惹かれ合ったライの言葉でも。


「ライくん。明日の試合、応援してますよ」

「……っ!!」


 遠ざかっていく二人。

 そして二人がライの視界から消えた瞬間、ライの体に自由が戻る。


「う、うぅ……!! うああああああ!!」


 残ったのは、壊滅した街で己の無力さに嘆く一人の少年だった。

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