第41話 短い自由の中で輝く
別の屋根へと着地した二人。
それでもヴィエナはまだライの手放す気配は見せず、どんどん前へと進む。
「おっとっ!?」
「まだまだ行くよ!」
「うわっ!?」
ヴィエナによって屋根のふちまで勢い良く手を引かれるライ。一歩先を行けば地面へと真っ逆さまだが、ヴィエナの歩みが止まる様子はない。
「それっ!」
「っ!」
ヴィエナがジャンプすると同時に、ライは咄嗟に聖術強化を使いジャンプする。二人はまるで重力から解き放たれたかのようにふわりと宙を舞い、屋根と屋根の間を飛び移る。
「凄い凄い!」
別の屋根へと飛び移る度にライは慣れていったのか、どんどん二人の高度が上がっていく。やがて街の街灯すら遠ざかっていき、彼らを照らす光は空を浮かぶ月明かりだけになった。
「思いっきり体を動かせるのって気持ちいいね!」
月光によって照らされるヴィエナの笑顔は、またもやライの心を鷲掴みした。この二日でライは二人の人物に振り回されっぱなしだ。それでもライはそれを心地良いと思ってしまった。
楽しいと、思ったのだ。
「……あっ」
「ほら落ちるよ!」
重力に従い、二人は地面へと落ち始める。しかし二人に恐怖はなく、笑うヴィエナに釣られてライもまたその顔に笑みを浮かべる。
街の人気のないところに降り立った二人。
ヴィエナはライから手を離すと小走りで前へ行く。ライは手から離れた温もりに寂しさを感じて声が漏れ出も、振り返ったヴィエナにライの寂しさは吹き飛んだ。
「ライ、私この街で遊んだことないの! だから案内してよ!」
「……うん!」
今度はライが彼女の手を引く番だった。
兄貴と一緒に回ったこの街の楽しいところ。美味しいところ。綺麗なところ。兄貴から教わった数少ないこの街の綺麗な思い出を頼りにヴィエナを連れていく。
「おいおい楽しそうな姉弟じゃねぇか!」
「バーカちっとも似てねぇじゃねぇか! こいつらはきっとデキてるって奴だよ!」
「かーっ! こいつら子供の内から青春しやがってよぉ!」
「子供でもデキてるのにお前らと来たら……」
『おいやめろ』
ライとヴィエナの組み合わせに街の人々が騒ぐ。
そんな人たちを見て、二人はお互いに笑顔を見せた。
「あー楽しいー!」
「……はぁはぁ……! ……うん、楽しい!」
噴水広場で休憩する二人。常時聖術強化をしているヴィエナと違い、ライはその都度使っているため体に残る疲労に差が出ていた。
「こんなに楽しんだの初めてだよ! ありがとうライ!」
「は、はは……」
ヴィエナの礼に疲れていたライは空返事しか出ない。
しかしふと、彼女の発した言葉にライは違和感を覚えた。
「……初めて?」
「うん、そうだよ! こんな風に思いっきり体を動かしたのも、思いっきり遊んだのも全て初めて!」
「それって……?」
天真爛漫な彼女がこうして遊ぶことが初めてと言う事実にライは困惑を隠せない。だって見るからに毎日楽しそうに過ごす印象がある彼女だ。なのに初めてと言うことはまるで――。
「……ヴィエナは」
口が重い。
それを口にするのが怖い。
それでも、ライは確かめずにいられなかった。
「ヴィエナも、オレと同じ勇者なの?」
「――……」
ライの言葉に彼女はピタッと動きを止めた。まるで時間が止まったかのような反応に、ライは先程発した言葉に後悔を抱いた。
彼女はゆっくりとこちらへと振り向き、そして。
「そうだよ」
「あっ……」
切なげに、微笑んで肯定したのだ。
「やっと見つけた! ヴィエナ……ちゃ、ん?」
そこに、先程ヴィエナを探していたエルフの女性がやってくる。しかしどう言うことなのか、彼女はヴィエナを見つけても、怪訝な顔で困惑し始めたのだ。
「え、ヴィエナちゃん? 目を離した隙にかなり成長してる……?」
「成長……?」
「あーあ見つかっちゃった」
残念そうに肩を竦めるヴィエナに誰もが困惑する。
「本当にヴィエナちゃんなの……?」
「そうだよ。この姿は私が勇者にさせられた日から成長した姿……あの日止まった時がやっと進んだ姿なんだよ」
「いったいどうして今になって……」
「それはね! ここにいるライのお陰なんだよ!」
「え?」
突然話を振られたライは目を丸くする。
そしてナレアは、そこで初めてライの存在を認識した。
「その子は?」
「この国の勇者だよ」
『!?』
ヴィエナのあっけらかんとした言葉にナレアとライは驚愕した。
「あなたが……!? こんな、子供が!?」
「ライが炉心を起動してくれたお陰で私の傷付いた炉心が共鳴したの。それで使えなかった筈の炉心が起動して、私の胸に刻まれている勇者の印が一時的に回復した……マナを正常に取り込めるようになったんだよ!」
相変わらずマナはヴィエナの体に集まっている。だが回復した勇者の印……つまり勇者としての素質が取り込んだマナを制御できるようになったのだ。そのため成長を担っていた体内マナが正常化し、体も本来なるべき姿へと成長したということである。
「だからありがとう、ライ!」
「……あ、うん」
意図しなかった奇跡だ。だから彼女の言葉にライは素直に受け止めることが出来ない。そこでふと、ライは彼女が放った前の言葉を思い出す。
「あっでも……君はさっき、元の私に戻るって」
「うん。あくまで一時的に回復しただけ。本当に偶然が齎してくれた奇跡。暫くすればこの壊れた印も炉心も、時間が経てば元通りになる。ちょうどライぐらいの背丈の子供になるよ」
「おれと、同じぐらいの……」
「そうなれば、私は今の私の記憶を忘れると思う」
ヴィエナの言葉にライはショックを受ける。せっかく知り合ったのに。せっかく楽しい思い出を作ったのに。ライだけが記憶し、彼女だけは記憶を失くす。せっかく正常化したマナが再び制御不全となり、彼女の成長した思考力や記憶力を奪うのだ。
「……初めてなんだろ? 全力で体を動かしたことも、初めて全力で遊んだのも……全部忘れちゃうの?」
「そうだよ。でもまた遊んでくれるよね?」
「……っ!」
ライはその言葉に無意識の内に俯いていた顔をハッと上げる。
「時間が進んだ私に楽しい思い出をありがとう」
「ヴィエナ……」
「時間が止まった私にも楽しい思い出を作って上げて」
永遠の別れなのかもしれないのに彼女の顔に陰りはない。きっと、彼女はこれが分かっているからこそ全力でライと遊んだのだ。
「短い時間だったけど、最高に楽しかった時間だよ!」
「おれも……おれも……!」
同じ境遇。同じ力を持った者同士。
きっと、歯車が違えば逆になったのかも知れないぐらいの近い存在。それでも彼女の生き方はライとは違う遠い存在だった。
近くて遠く、短くも濃い、そんな人。
そんな人に、ライは自分は惹かれていたのだと、理解した。
「……ヴィエナ!」
ライから離れていく彼女に向かって叫び、そして。
「随分、楽しそうですねぇ」
背後から、女性の声が聞こえた。
「……え」
「どうでしたかライくん? この楽しい一時を満喫出来ましたか?」
「……サラシエル、女教皇」
豪華な神官服を身に包み、深淵のような瞳を覗かせる女性サラシエル・ラルクエルドが、この国の頂点が、化け物が、そこにいた。
「っ、逃げて!!」
ライがヴィエナに向けて叫ぶ。
「ライ!」
「駄目ですよ? せっかく見つかったもう一人の勇者を逃すわけないじゃないですか」
サラシエルがヴィエナに手のひらを向ける。
「『
その瞬間、ヴィエナの足元にある土が隆起し、彼女を拘束しようとする。
『彼女を守れ!!』
だが事の様子を困惑するように見ていた観衆の中から一部の人々が飛び出し、ヴィエナを拘束しようとした土を破壊していく。
「護衛の皆さん!」
ナレアが彼らをそう呼ぶ。
どうやらここには自分たち以外にも味方がいるようだ。
「いったい、どうしてここに!?」
サラシエルから距離を取ったライが女教皇にそう叫ぶ。
ライはヴィエナと遊んでいた時も監視の目から逃れ、常に周囲の状況を見て行動していた。女教皇にバレるにしても、流石に早すぎる状況にライは困惑を隠せない。
そんなライに、サラシエル女教皇は心外そうに顔を浮かべる。
「大事な大事なライくんのことを、私は片時も目から離していませんよ?」
「な、にを……」
「あなたの行動はその胸に刻まれている印を通して常に把握していました」
「!?」
隷従させるための苦痛以外にもこの勇者の印に施されていた事実にライは目を見開いた。
「だからびっくりしました! まさかライくんがあの日破棄せざるを得なかった勇者と遊んでいたなんて! あぁこれも女神様の思し召しでしょう!」
「おれの、せいか……!」
「あぁそんな顔をしないでライくん……! これまでの日々は辛かったでしょう、苦しかったでしょう! しかしもう一人勇者が現れたとなればあなたの苦しみは軽減される筈です!」
サラシエルの言葉にライは歯を噛んだ。
「ふざけるな……!」
「ライくん?」
「ようやく手に入れたヴィエナの自由をもう二度と奪わせない!」
「ライ……!」
「あらぁ〜……やっぱり変わりましたねぇライくん」
サラシエルの持つ杖が不気味に光り輝く。
「ねぇライくん。ライくん、ライくんライくんライくんライくんライくん!! あはぁ……! そんなライくんも好きですよぉ……!」
恍惚そうに笑みを浮かべるサラシエルに、ライは鳥肌が立つ。
「いいでしょう」
「っ!」
「ちょっとだけ私も遊んであげましょう」
サラシエルの醸し出す異様な空気に、ライとヴィエナ、ナレア、護衛の人たちが構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます