第40話 ボーイミーツガール
「伯爵家に帰った頃には、正妻は既に亡くなっていた」
正確な理由はヴィエラでも分からない。
使用人の話によればヴィエナのことが心配で心労が祟ったとか。少なくとも憎き相手であるヴィエラに娘を頼むほどの溺愛ぶりだ。亡くなった理由としてはおかしくないだろう。
もっとも、そのまま生きていて悲惨な出来事に遭遇することを考えれば……いや、どっちもどっちだろうが。
「一方のクソ親父は全く懲りなかった。勇者になったか、ならなかったか。それだけしか頭になくて、家族のこととかどうでも良かったみたいな感じだったわ」
頭に来て彼を半殺しにしたことを今でも後悔していないと言う。
あの人があの時、あの選択をしなければこうならなかったのだから、ヴィエラが怒りを抱いたのは当然のことだった。
「もうあの家に居たくなかったし、近衛騎士として既に自立できていたから私は」
ゾッとするような深く暗い闇のような笑みを浮かべて――。
「――一歩も動けなくしたアイツをお飾りの当主にして、実際の執務を使用人たちに任せたわ。重要な案件のみ私が対応するとして、私は近衛騎士の任に没頭したの」
笑みを浮かべて語る彼女は本当にノルドの知っているヴィエラなのか。
高潔で他者を守り抜く覚悟を持つ彼女と、相反するように怒りと殺意を抱える彼女は果たして同じなのか。
「……姉御」
考えるまでもない。
守れなかったから守りたい。理不尽によって奪われたから理不尽を憎む。どちらも共通しているのは人を思っていること。それがヴィエラの本質なのだ。
ただ大切な仲間の過去を知っただけで、彼女との関係が変わるわけではないのだ。
「明日」
「……え」
「明日、俺が全てを変えてやる」
少年の不幸も。
少女の傷も。
仲間の怒りも。
「アイツらの全部を否定してやる」
神託も、実験も、全て。
その意思を持って、ノルドは目の前の彼女を見る。
「だからさ。ヴィエラの姉御」
「……あなた」
「待っててくれよ。アンタの怒りが吹っ飛ぶぐらいの最高の仕返しって奴を――」
――用意してやる。
「……あ」
怒りというものは癒えないものだ。
ならばどうするかの答えはただ一つ。
――怒りは、発散させることでしか消えないのだ。
それも暗く淀んだ発散ではなく、カラッとした爽快感溢れる方法でしか。
「あなたって……本当に頼もしくなったわね」
「その言葉は明日に取っといてくれよ」
二人がそう話していた時である。
「……ここにいましたか」
「!?」
「……ヨルア? どうしてここに?」
二人の元に現れたのはノエルの姉であるヨルアだ。
「監視から逐一報告を受けているのですわ……ノエルに人工勇者計画のことを任せた矢先にこんな勝手な行動を取るんですから……」
「あなたも相当振り回されてるわね……」
「えぇはい……そういう貴女はヴィエラ・パッツェ様ですね」
「ヴィエラでいいわよ」
そうヴィエラは返すが、ヨルアは気不味げな様子で首を振った。
「いいえ……そういうわけにはいけませんもの」
「……え?」
彼女は険しい眼差しを浮かべながら、二人に言う。
「ヴィエナ様が……サラシエル女教皇に拐われましたわ」
◇
時は少し遡る。
太陽が落ち始め、暗くなる街を歩きながらライは兄貴のことを探していた。
「やっぱり、いないか……」
兄貴と話したいことがあった。言いたいことがあった。それなのにサラシエル女教皇に用事に付き合わされて貴重な自由の日が潰れたのだ。
「これで、もう二度と会えないのかな」
明日、勇者パーティーの戦士を枠を争う試合が始まる。
そこで自分が勝てば勇者パーティーと同行し、この国からいなくなる。そうすれば、もう二度と兄貴と慕ったあの人と会えないのだ。そう考えたら、ライの気分は落ち込んだ。
「……兄貴に、会いたいな」
そう呟いた瞬間である。
ふと、自分の感覚に何か違和感を覚えた。
「っ? ……なんだろう」
違和感が強くなる方面へ歩く。
すると辿り着いたのは人気のない、暗い裏路地だった。
「……」
教国であろうとも裏の道というのはそれだけで危険だ。ライは確かに勇者としての力を持つが、それでもこの違和感を頼りにやってきたこの場所に警戒を抱かせるを得ない。
その時。
「――やっぱり、あれは君だったんだ」
「!?」
後ろから少女のような声が聞こえた。
思わず、振り返りながら彼女から離れるように距離を取る。
するとそこにいたのは――。
「……え」
シルヴァ神官を捕まえた少女神官と同じぐらいの背丈で、自分より年上の少女だ。しかし自身に向けられる彼女の穏やかな微笑みはどこか惹きつける何かがあり、ライはその微笑みから目を逸らすことが出来ない。
そしてふと、胸が高鳴ったような気がした。
「君のお陰でなんだか凄く冴えてる感じがする」
「ま、待って!」
意味不明なことを言って、彼女は表の通りへと走る。そんな彼女に、ライは咄嗟に彼女を追うように走っていった。
「はぁ、はぁ……!」
「おじさーん、肉串を一つ頂戴」
「あいよ! 嬢ちゃんここで見かけないけどどこから来たんだい?」
「ふふ、内緒だよ〜」
そう言って、彼女は肉串を買ってどこかへとまた走っていく。
「見つけた!」
ライも彼女を追うが妙に追いづらい。まるで陽炎のように彼女の気配が揺らめいて、自身の感覚を狂わせてくる、そんな感覚だ。
「今度はどこに……!」
「こっちだよー」
「え!?」
声がした方向を向くと、家の屋根に彼女が立っていた。
美味しそうに肉串を頬張って、ライの事を手招きする。
「登れるでしょ?」
「っ!」
まるで挑発するような物言いにライは顔を顰めた。
地面から屋根までの高さは相当ある。子供でも、大人でも普通に跳躍しただけでは届かない距離だ。しかしライには関係ない。勇者としての素質があるライには。
「――はっ!」
炉心を起動しなくてもライは通常時でも聖術強化を使える。
ライは自身の体を強化して、壁を蹴り上げながら屋根へと辿り着いた。
「ははっ凄い凄い」
「君は……」
聖術強化を使った瞬間、ライはさっきから続く違和感の正体に気付いた。
「マナが、君に向かって集まっている」
「それは君もでしょ?」
「!?」
少女の予想外な発言にライは目を見開いた。
「正確に言えば炉心を起動した君が、だけど」
「炉心のことも……!?」
「君が近くで炉心を起動してくれたお陰で、私は懐かしいその感覚に目が覚めたの」
「目が覚めた、って?」
ライの問いに彼女はただ楽しそうに微笑むだけ。まるで自由を楽しむかのように、屋根の上だというのにくるくると踊って体で表現していた。
「でもきっとまた元の私に戻るんだろうな」
「何を言って……」
「だからさ」
ピタッと踊りを止めて、彼女はライに向かって手を差し出す。
「お互いの少ない自由を……満喫したいと思わない少年?」
「あ……」
ライはこの時、目の前の少女を自分と同じと思ってしまったのだ。
「ヴィエナちゃ〜ん!? ヴィエナちゃんどこ〜!?」
ふと、下の方で誰かを探すエルフの人が見えた。
目の前の少女もそれに気付いたのか、ばつが悪そうな顔を浮かべた。
「あらら……ナレアお姉ちゃんに見つかったら確実にお説教コースだ」
「……ヴィエナって、君の名前?」
「そうだよ〜私の名前はヴィエナ! 君の名前は?」
「……ライ」
ライの名前を聞いたヴィエナは笑みを浮かべて、強引にライの手を掴む。
「お姉ちゃんが言ってた通り、これで私たちは友達だね!」
「え?」
「目一杯遊ぼうよ!」
「うわわ!? ま、待って!?」
彼女に手を引かれ、屋根からジャンプする。
辺りはすっかり暗くなり、聖術陣によって照らされた街の街灯が、二人の少年少女を下から照らし出した。
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あとがき
この状態のヴィエナは体も成長しています。
また年齢で言えば大体五歳差のおねショタです。
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